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2009年6月27日 (土)

また大泉学園駅で人身事故の09年6月27日の西武池袋線

2009年6月27日(土)の朝6時11分頃、西武池袋線の大泉学園駅で人身事故があり45分ほど、池袋~飯能間の運転が止まりました。月曜日の22日朝に続いて、今週 2回目の、大泉学園駅での人身事故でした。

2009年6月27日 6時50分頃、清瀬、臨時停車中の急行 池袋ゆき
2009年6月27日 6時50分頃、清瀬、臨時停車中の急行 池袋ゆき

私が乗車していた2106レ(飯能 5時52分発・急行 池袋ゆき)は、西所沢駅に6時13分ころに到着して一旦 運転見合わせとなりました。
所沢駅まで運転するとの案内があり6時30分に発車。2番ホームに西武球場前駅から到着する1243Fの6106レを脇に見ながらの、発車でした。
6時33分に所沢駅へ到着。しばらくすると、2106レはひばりが丘まで各駅に停車、先行列車が詰まっているので清瀬駅で運転を見合わせる、との放送が入り、6時41分に発車しました。
秋津駅に停車した後、清瀬駅1番ホームに6時49分に到着しました。夜間滞泊と思われる、引き上げ線には8連のN2000系、4番ホームには6109Fが止まっていました。到着時、ホームの出発合図器(と言うのか?)が点灯(出発可能を意味する)していましたが、すぐに消えました。

6時57分に運転は再開し、2106レは清瀬駅を7時5分に発車しました。東久留米駅に停車し、ひばりが丘駅に7時10分頃到着。4番ホームに6112Fの準急 池袋ゆきが止まっていました。運用番号「56M」を表示していましたので、元は、6504レ(小手指 6時6分発・各停 新木場ゆき)でしょうか。

すぐにひばりが丘駅を発車した2106レは、練馬駅などで少し脚がにぶったりしましたが(なお練馬駅通過時、1番・4番ホームは空いていました)、ノロノロ運転とはならず、池袋駅の7番ホームへ7時30分に到着しました。
途中、椎名町駅付近で6154Fの下り列車とすれ違いました。6704レ(小手指 5時49分発・各停 渋谷ゆき)を西武・池袋駅へ流した、その折り返しと思われます。

2009年6月27日 7時38分頃、椎名町、踏切をはさんで3列車が停車中
2009年6月27日 7時38分頃、椎名町、踏切をはさんで3列車が停車中。
3列車が停車中。3本目は3000系の後ろに少しだけ見えます。
左側の下り列車(2067F)の運転士が、運転席と反対側の窓から顔を出しています。このあと線路に降りて、一番手前の踏切の右側の鉄道用地内にいたおばあさんを誘導し、踏切から外へ出しました。

池袋駅の3番ホームの発車案内表示器は、2本の「快速急行 小手指ゆき」を表示していましたので、椎名町駅へ戻り、撮影することにしました。
7時35分に池袋駅を発車した2067Fの各停 豊島園ゆきは、椎名町駅に7時37分に到着。私が跨線橋を渡り、上りホームの飯能方へ歩を進めるも、2067Fは発車する様子がなく、上り線では、駅の飯能寄りに2本の列車が縦列停車していました。上り線の出発信号機は青なので。また人身事故かとうんざりしたら、クハ2067から運転士さんが線路に降り、踏切の上り線側へ歩いていきます。すると、おばあさんが、鉄道用地内の端の方から現れてきました。運転士に案内されて、踏切から道路に出たおばあさんはいずこへと姿を消し、その後も小さなすったもんだがありましたが(誰も踏切の非常通報ボタンを押していなかったようです)、2067Fは7時42分に発車して行きました。

椎名町駅では立て続けに上り列車がやって来たり、10分以上も上り各停が来なかったりしましたが、本命の、1本目の快速急行 小手指ゆきは7時59分に通過して行きました。3005Fでした。

2009年6月27日 8時21分頃、椎名町、(<-池袋)1241F+1247Fの快速急行 小手指ゆき。
2009年6月27日 8時21分頃、椎名町、(<-池袋)1241F+1247Fの快速急行 小手指ゆき。

そして8時13分に通過した準急 池袋ゆきの(<-飯能)1247F+1241Fが、2本目の快速急行 小手指ゆきで8時21分に通過して行きました。

2009年6月27日 7時45分頃、椎名町、6112Fの56M運用の下り回送列車。
2009年6月27日 7時45分頃、椎名町、6112Fの56M運用の下り(臨時)回送列車。

なお、56M運用の準急 池袋ゆきで西武・池袋へ到着した6112Fは、折り返しは回送でした。椎名町駅通過は7時45分でした。

2071Fの各停 池袋ゆきで、8時29分に再び池袋駅へ到着しました。7番ホームに到着した2071Fは、折り返し5423レの各停 豊島園ゆきになっていました。およそ40分の遅れとなるでしょうか。
なお発車案内は8時19分発の3103レ(快速 飯能ゆき)から時刻が表示されていましたが、深い意味があるかは不明です。

2009年6月27日 12時10分頃、西所沢、左が1番ホームに停車中の1241F+1247Fの上り回送列車。
2009年6月27日 12時10分頃、西所沢、左が1番ホームに停車中の1241F+1247Fの上り回送列車。
右は発車した、本川越始発の各停 西武球場前ゆき38101F。

朝は快速急行 小手指ゆきだった1247F+1241Fは、西武球場前駅から各停で西所沢駅1番ホームへ12時9分に到着。12時13分に回送で、池袋方へ発車して行きました。

清瀬駅で夜間滞泊だった6109Fは、12時20分ころは小手指車両基地の飯能寄りに止まっていました。清瀬始発の新木場ゆき(6402レ)に通常ならば入るところです。6402レが運休のため、小手指車両基地へ収容されたのかもしれません。

夕方は飯能駅に、ちょっと見に行って来ました。
1002レと1004レは、秩父鉄道からの直通ではなく西武秩父始発、とは運転士さんのお話でした。1002レは(<-飯能)4005F+4021Fでした。4021Fはまだ北辰の梟HM付きです。
また、どこからか回送でやって来たメトロ7018Fが、16時37分発の3636レ(快速 渋谷ゆき、おそらく21S)となりました。
また下り回送(運用番号92M)で16時38分に到着した7010Fは、16時47分発の4404レ(準急 新木場ゆき、33S運用)になっていました。一方で、33S運用で16時36分に到着したメトロ10016F(到着時の表示はなぜか「快速 小手指ゆき」でしたが3267レでしょう)は回送(運用番号06M)となり、16時45分に池袋方へ発車して行きました。
6月14日(日)の場合、3267レと4404レはともにメトロ10005Fでしたので、本日はダイヤ混乱で車両交換が発生したのかもしれません(14日も27日もデーゲームの野球ダイヤ)。乗務員さんも少々 迷われていました。

2009年6月27日 16時36分頃、飯能、2・3番ホームに到着するメトロ10016Fの3267レ(たぶん)。
2009年6月27日 16時36分頃、飯能、2・3番ホームに到着するメトロ10016Fの3267レ(たぶん、33S運用)。
前面・側面ともに「快速 小手指」で到着しました。到着するとすぐに「回送」に変わりました。

駅の構造上、大泉学園駅の人身事故の多発はやむを得ないところではあります。カーブしてますし、曲線区間がちょうど橋上駅舎の下となり薄暗く、朝の上り列車や夕方の下り列車の場合は特に、直前まで太陽に向かって走っているわけで、運転士にとっては嫌な場所だと思います。
西武鉄道の2009年度設備投資計画に、注意喚起の放送装置設置が入っていました。しかし、上り線・下り線両側に駅員を配置するのが一番だと思いますが、いかがでしょうか。

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コメント

こんばんは。

最近多いですよね、人身事故。恐らく自殺と思われますが、今の世の中、生きていくのもいやになる方が多くなるのだと思います。この不景気のなかでは。
自身アップトリムのボーナスも微減してしまいましたし・・・。

大泉学園のようなカーブのあるホームでは、基本駅員がどちらのにも配置されていると思うのですが。

投稿: アップトリム | 2009年6月28日 (日) 23時55分

アップトリムさん、こんばんは。

夕方の大泉学園駅は、平日でも係員はお一人のようです。

ボーナスが少し減った程度で自殺する人はいないと思います。

椎名町駅のおばあさんも、よく分からんかったです。警察に説教してもらった方がよい気もするのですが、...。

翌朝の同じ時間帯、警察官が椎1踏み切りをメジャーで計っていました。私が見えたから逃げたわけではないと思いますが、チラッと見えただけで、それでおしまいでした(現場検証の最後を目撃?)。

投稿: 鈴木やす | 2009年6月29日 (月) 22時54分

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