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2009年8月 8日 (土)

09年8月7日、最近の西武池袋線 見ただけ

10102Fが新宿線から来ています
2009年8月6日(木)の西武池袋線 2レが10102Fでした。新宿線の編成です。
3日(月)の新宿線 106レは10102Fでした。
下の写真は、10102Fの7日(金)の6レです。

2009年8月7日、所沢、10102Fの6レ。
2009年8月7日、所沢、10102Fの6レ。

9101Fが検査を終え運用に復帰の模様
8月6日(木)の朝5時40分頃、小手指車両基地2番線のもっとも飯能よりに9101Fが止まっていました。台車がきれいでした。検査が終わったものと思われます。
8日(土)に、久しぶりに見た気がする新宿線の2057Fも台車が綺麗でした。
下の写真は7日の2104レに入った9101Fです。

2009年8月7日、所沢、9101Fの2104レ。
2009年8月7日、所沢、9101Fの2104レ。

清瀬駅の夜間滞泊
8月4日(火)から7日(金)まで、4204レの次に4ドア車8連の上り回送列車が所沢駅3番ホームを通過しました。
そして6時55分ころの清瀬駅は引き上げ線に6000系(副都心線対応車)が留置され、いつもは6000系(副都心線対応車)がいる4番ホームは空でした。

なお8日(土)の朝6時30分頃も、清瀬駅の引き上げ線にはパンタグラフがたたまれた6107Fがいました。プリキュアHM付きの編成です。4206レが(<-飯能)1247F+1243Fでしたので、スカートなしのN101系と、変な時間に変なところにいるプリキュアHM6000系の一瞬の並びが見られたと思われますが、私は4206レの直前の急行に乗車していたので、後の祭でした。
なおライオンズクラシックHMの6115Fも朝の地上線 優等列車運用に入っていましたので、こちらとの並びも見れたかもしれません。

また、6日(木)の所沢駅3番ホーム6時20分ころの上り回送列車は20158Fでしたが、この編成はその後 5419レ(池袋 7時19分発・各停 豊島園ゆき)に入っていました。

7日の西武球場前発・各停 清瀬ゆきは雷に乗れず
8月7日は夕方に雨が降るという、レールに錆が浮くには良い条件と思われるなか、西武球場前駅が最寄りの西武ドームでプロ野球・ナイター試合(ライオンズ対ホークス)が開催されていましたので、各停 清瀬ゆきがふたたび雷に乗ると期待して、西武球場前駅に行きました。
所要で、西武球場前駅への到着は21時半ころとなってしまいました。
試合終了は21時10分頃だったようで、私が着いたときは混雑のピークは過ぎていました。ただ普段の平日ナイターにくらべると、遅くまで、乗客がパラパラと入場しており、22時になって寂寥感を感じることはありませんでした。子供さんが多かったからかもしれません、が。試合の観客は17,476人でした。
問題の各停 清瀬ゆきは(<-西武球場前)2465F+2069Fで、5番ホームを定刻の22時16分に発車しました。さすがにガラガラでした。
最後部の車輪で火花がチラチラしただけで、雷とはならず少々 残念でしたが、車両にとっては火花などないほうが良いのでしょう。

2009年8月7日、西武球場前、発車した2465F+2069Fの各停 清瀬ゆき。
2009年8月7日、西武球場前、発車した2465F+2069Fの各停 清瀬ゆき。

狭山線の線内折り返し
8月6日(木)と7日(金)の朝5時40分頃、西所沢駅2番ホーム(狭山線)の発車案内表示は先発・次発ともに4両・4ドアでした。2517Fが運用に入っていたようです。
5日(水)は4両・3ドアでしたし、8日(土)は6105レが1245Fでした。

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コメント

●ちょっと(だいぶ!?)前の話
「国鉄と一体化の駅・拝島」

 このたび改修工事によってJRと改札口が分離されてしまった拝島駅。ここも以前は一つの跨線橋によって西武と青梅線、五日市線、八高線が一体化していました。
 拝島線のうち玉川上水から当駅まではもっとも後に出来、歴史が浅いだけに、当時の国鉄とは分離して当然。しかし、国鉄の跨線橋がそのまま拝島線ホームまで伸び、更に西武側の駅舎までつないで、完全に一つの駅として発足しました。
 こうなった理由はわかりませんが、当駅は最近まで貨車の留置が盛んで、そのための側線が多く、橋上駅ではなかったことから、とりあえず跨線橋でつないでおいて、橋上化は将来の懸案ということにしたのではないでしょうか。実際、このたび橋上化が実現されたわけですが。

 また貨車の話となりますが、拝島は古くはさまざまな車扱の貨車があり、のちには奥多摩や秩父方面からの石灰石専用列車(もちろん帰りは返空)、八高線倉賀野からの石油専用列車、さらには横田基地への米軍用となっているタキ3000の専用列車などがひしめき、貨車によって隣のホームが見えないのが当たり前でした。
 機関車も以前はED16、のちにはEF64(旧型のち新型)、またDD51は必ず見られました。しかし、青梅線の奥多摩工業の石灰石輸送が廃止されてからは八高線の貨物と米軍のだけとなり、八高線の貨車も本数が減ったうえに当駅に長く止まることはなく、以前は必ず数両はいた恐ろしく状態の悪い米軍のタキ群(車体の表記は米軍式のもので、これはまったく正確ではありませんが、ただ大きく「100045」といった数字が書かれただけ)も当駅での留置はやめたようで、現在では貨車を目にすることがほとんどありません。
 ちなみに、米軍の輸送用線路が拝島線のホームの手前でクロスしていますが、この部分は米軍の土地になっているとか。どこぞのサイトでそんなことが書かれていて、真偽のほどは分かりませんが、西武側の駅舎の前を米軍用の専用線が通っている異様な光景は鉄道趣味以外のサイトでも紹介されています。

投稿: 縁有外史 | 2009年8月 9日 (日) 14時43分

縁有外史さん、こんばんは。

拝島駅も面白い構造でした。拝島線開通後すぐの駅改良工事が予定されていたりはしなかったのでしょうか?

米軍の燃料輸送はまだ続いているようですね。西武も、自衛隊入間基地の燃料輸送をやってあげれば良いのに、と思ったり。環境にやさしい国防、ダメでしょうか?

パトリオットミサイルの輸送も、東京メトロと共同でぜひ受注してほしい、と思います。敵の目を欺くためでも良いので、防衛省の皆様、いかがでしょうか?

憲法は自衛隊を容認していない、と思いつつ、趣味的にはそういったことがあると嬉しいのです。

投稿: 鈴木やす | 2009年8月 9日 (日) 20時58分

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