« 曼珠沙華観賞客輸送で賑わう09年9月21日の西武・飯能 界隈 | トップページ | いろいろあった、09年9月24日~26日の西武線 »

2009年9月23日 (水)

09年9月23日、東武スペーシアの車体広告の京急車など

2009年9月23日(水・秋分の日)は所用で千葉県へ出かけましたが、その道すがら珍しい電車たちに出会えました。

東武スペーシアが描かれた京急600系
京浜急行600系の605Fが、東武スペーシアの車体広告車両となっていました。写真は1416Hの普通 三崎口ゆきです(泉岳寺から快特)。

2009年9月23日、京成立石、京急605Fの普通 三崎口ゆき(1416H)。
2009年9月23日、京成立石、京急605Fの普通 三崎口ゆき(1416H)。

2009年9月23日、京成立石、側面に車体広告の東武スペーシアが描かれた京急605F。
2009年9月23日、京成立石、側面に車体広告の東武スペーシアが描かれた京急605F。

赤電塗装の京成 3324F
京成電鉄の創立100周年を記念する行事の一環で赤電塗装となった3324Fは千葉線の運用に入っていました。写真は京成津田沼駅で発車を待つ同編成です。
青電塗装やファイアーオレンジ塗装の車両とは出会えませんでした。

2009年9月2日、京成津田沼、発車を待つ赤電塗装の3324F。
2009年9月2日、京成津田沼、発車を待つ赤電塗装の3324F。

8両編成の普通が京成 上野にもあるのですね
京成上野へ入る普通列車は6両編成ばかりと思い込んでいましたが、892レ(京成高砂 8時43分発・普通 上野ゆき)は8両固定編成の3441Fでした。ちょっと感動。
折り返しは特急 成田ゆきの9A17レでした。

2009年9月23日、日暮里、892レの3441F。
2009年9月23日、日暮里、892レの3441F。

2009年9月23日、東中山、9A17レの3441F。
2009年9月23日、東中山、9A17レの3441F。

国の「山手線」、命名100周年記念列車
JR東日本・山手線で明治製菓とタイアップした茶色のE231系電車と出会いました。「山手線」という線名100周年を記念したイベントです。
Wikipediaの「山手線」の項によると、1901年8月8日に日本鉄道が品川線と豊島線を統合し山手線とした、とありました。
日本鉄道が国に買収された後の1909年10月12日に線路名称が制定された(全国的な措置の一環)ともありますから、今回の「100周年」はこちらにちなんでいるのでしょう。
なお「"の"の字運転」開始は1919年、環状運転開始は1925年です。


2009年9月23日 8時35分頃、池袋、茶色の山手線。
2009年9月23日 8時35分頃、池袋、茶色の山手線。

「全国交通安全運動」HM付き東武50001F
8時35分頃の東武東上線 池袋駅に「全国交通安全運動」ヘッドマーク(ステッカー)が付いた50001Fが停車していました。

2009年9月23日、池袋、「全国交通安全運動」HM付きの50001F。
2009年9月23日、池袋、「全国交通安全運動」HM付きの50001F。

西武 新宿線で活躍の2457F
池袋線から新宿線へ移った西武N2000系2両固定編成の2457Fですが、(<-西武新宿)2457F+2015Fという編成で2661レ(西武新宿 16時1分発・急行 本川越ゆき)に入っていました。19日と同じ組成です。

090923toko
2009年9月23日、所沢、2457F+2015Fの2661レ。

なお新宿線が本来の職場の2059F(8両固定編成)は相変わらず池袋線におり、5222レ(小手指 16時31分発・各停 池袋ゆき)などで見かけました。

|

« 曼珠沙華観賞客輸送で賑わう09年9月21日の西武・飯能 界隈 | トップページ | いろいろあった、09年9月24日~26日の西武線 »

コメント

 各路線の記事、楽しく拝見しました。京成の「赤電」はなつかしいです。山手線の「茶」は車両そのものが最新でなつかしくもなんともありません。横だけ見ていると阪急電車のように思えます。20年ぐらい前まではイベント列車として旧国電を走らせていましたが、いつしかそれが無くなり、ウグイス色の103系を走らせてほしいという願いもかなわず、今はこのようなものしかできないというのは悲しい気がします。

●昔の記事より(つづき)

★西武鉄道ニュース
③西武鉄道緩急車新造
 老朽化したワフおよびトフに変わり、所沢工場においてワフ101形を新造した。2段リンク付荷重1t自重9.5tで室内に石油ストーブ2基、床下に蓄電池箱を持つ国鉄直通認可車両で、塗色はブルーである。貨物列車の編成は、E851形×2+ワフ101形+FC+ワフ101形である。

ついでに同じ号にこんな記事が

★あわれ101系
 去る10月30日、総武本線複々線工事中の船橋-津田沼間で、工事用クレーン車が架線ポールに接触、折れたポールに折悪しく進行してきた下り電車が衝突、電車は1両目が大破・脱線し、多数の重軽傷者をだした。脱線したクモハ101-60は、事故現場で車体を3つに分割され、500mほど離れた国鉄用地に運ばれ、放置されている。
(11.1 船橋市 狩野利夫)

投稿: 縁有外史 | 2009年9月24日 (木) 05時59分

縁有外史さん、こんばんは。

ポールと接触したという101系ですが、クハ101-60で、事故は1969年10月30日に発生、津田沼~船橋間でショベルカーに衝突、と鉄ピク No.724(101系電車特集号)にありました。

事故車は1969年12月25日付で廃車となっています。その前後の番号の車両は1985年の廃車です。

ご紹介の記事は、鉄ピクの読者短信あたりでしょうか?

念のため、と思ってみてみたら、No.233みたいですね。古本屋さんで購入しておりました。

山手線の茶色の電車はそれまでも何度か目にしていました。おっしゃるように、阪急電車みたいですね。

投稿: 鈴木やす | 2009年9月24日 (木) 22時15分

鈴木さんへ
 おっしゃる通りの号です。この号は西武に関する古い時代の詳細な資料が11ページにわたって掲載されていますね。興味ある方で持っていない方も多いと思うので紹介してもよいと思いますが、各私鉄についての別冊が繰り返し出されていることだし、西武については前回のからだいぶたっているので、あと数年もしたらまた最新の動向を加えたものが出るでしょうから、それに譲ることにしましょう。ただ、ちょっと取り上げてみたいものや補足が必要なのがあるので、それについては雑記として取り上げます。
 雑誌は年々紙も製版技術も向上し、なによりも写真が鮮明になりました。厚みも増し、話題も豊富。しかし、私は古いものほど惹かれます。ひとことでは理由は言えませんが、たとえば貨車好きにとっては、そこに貨車がある、ということ。今ももちろんありますが、種類の多さだけでなく、ちょっとした駅ならかならずいた。その雰囲気が伝わってきます。西武の貨車新造の記事にしても、今ではその貨車が消えてしまい、もう見られなくなった。厳しい現実は受け止めなければなりませんが、こういう記事を見るとわくわしてきます。通風車だの家畜車だのといったものに触れようとするには、もうこういった過去の本や写真しかないわけで、新しい号にも時折載りますが、回顧モノといった扱いで、たとえば古い号で新しい電車を紹介する写真で、その電車の横に黒い貨車や旧国電がごく当たり前に止まっている姿というのは、今では不可能なこと。こういったことから、古い号に軍配を挙げたくなってしまいます。

投稿: 縁有外史 | 2009年9月25日 (金) 06時02分

こんばんは。

いつものように、下記コメントが付いていましたので削除しました。URLは伏字にしています。

*** 引用、ここから ****
ちょwwっうぇっうぇうぇうぇwwwwwwww

なんかノリで遊んでたらその日にラ ブ ホにGOしたんだがwwwww
てか女が行きたがったみたいなwwwwww
朝までずっとチ ソ ポしゃぶってて超 ど 淫 乱なメスですた。。。

・・・おかげでちょっと皮がふやけたわwwwwwwwwwww

http://XXXX.XXXXXX.net/ZZZZ/

投稿: おおおおぉぉぉぉおおお!!!! | 2009年9月26日 (土) 14時44分
*** 引用、ここまで ****

しばらくしたら、元・JR西日本会長の井手正敬氏を批判するエントリーを立てますので(明日かも)、ちゃんと読んでくださいね。
   > "おおおおぉぉぉぉおおお!!!!"さん

投稿: 鈴木やす | 2009年9月26日 (土) 21時55分

縁有外史さん、こんばんは。

鉄道ピクトリアルは過去記事をテーマ別にまとめた特別号を出していますが、あれは如何でしょうか?
西武が出ることはないだろうな、と思いますが。

古い号は広告も面白いですね(先日 1件ご紹介いただきました)。

投稿: 鈴木やす | 2009年9月26日 (土) 21時58分

はじめまして。
過去の記事ですが、書き込みさせていただきます。京成線の8連普通は主に高砂~都営浅草線西馬込・京急線方面がほとんどですが、上野口・宗吾参道~成田空港・芝山千代田間にも少なからず存在しています。上野口に関しては入出庫も兼ねていますが、下り列車の中には高砂から快速成田行きや佐倉行きに変わるものがあります。とはいえ、上野口での8連は2002年に押上~高砂間と北総線区間を除き廃止された急行の名残をこうした形で継続させている運用でもあります。

現在では見られなくなりましたが、エアポート快特が成田⇔羽田両空港を結んでいたときは京急・都営車による普通上野行きがありました。

あと僕はブログを運営していますので、お時間のある時にどうぞ足を運んでみてください。相互リンクも大歓迎です。

投稿: A80&481 | 2010年4月29日 (木) 09時42分

「A80&481」さん、こんばんは。

ご返事が遅れ、申し訳ありません。

上野発で高砂から快速があったとは知りませんでした。

今はどうか知りませんが以前は、京急車が上野に入る運用もあったようですね。

「たきわ交通局」さんに西武のお話は少ないようなので相互リンクはいたしませんが(すみません)、RSSで更新はチェックさせていただきます。

今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: | 2010年5月 2日 (日) 21時54分

「2010年5月 2日 (日) 21時54分」のコメントの投稿者は鈴木やすです。
 >A80&481さん

失礼いたしました。

投稿: 鈴木やす | 2010年5月 2日 (日) 21時55分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/194427/46291697

この記事へのトラックバック一覧です: 09年9月23日、東武スペーシアの車体広告の京急車など:

« 曼珠沙華観賞客輸送で賑わう09年9月21日の西武・飯能 界隈 | トップページ | いろいろあった、09年9月24日~26日の西武線 »