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2009年10月12日 (月)

09年10月上旬の西武線見ただけ、まとめて

2009年10月6日(火)から12日(月・体育の日)までの西武線見ただけ、です。

10月6日は池袋折り返しの清瀬送り込み回送があった模様
10月6日(火)の朝5時51分頃、6157Fの池袋線上り回送列車が所沢駅3番ホームを通過しました。
この日、6時57分ころの清瀬駅4番ホームは空いていました。いつもであれば6000系(副都心線対応)が止まっています。そして7時2分のひばりが丘駅1番ホームに、6057Fの下り回送列車が到着していました。
以前あったような、はるばる池袋駅で折り返して清瀬駅へ送り込みの回送列車だったようです。なお運用番号の表示はありませんでした。

2009年10月6日 5時51分頃、所沢、3番ホームを通過する6157Fの上り回送列車。
2009年10月6日 5時51分頃、所沢、3番ホームを通過する6157Fの上り回送列車。
画面右下に黒い点が入ってしまいました。画像処理ソフト(拡大縮小)操作中に不用意にクリックした結果です。大目に見ていただければと思う次第です。

2457Fはまだ新宿線
個人的に2457Fとはしばらく出会っていませんでしたが、12日(月・体育の日)は(<-西武新宿)2457F+2051Fで5472レ(玉川上水 15時14分発・各停 田無ゆき)などでお会いできました。
2457Fを新宿線へ連れてきた2059Fは、一人 池袋線に再出張したりもありましたが9月下旬には新宿線へ戻り、最近は2413Fと組んで10連代走に入っているようです(後述)。

091012kodaira
2009年10月12日、小平、2457F+2051Fの5472レ。

狭山ヶ丘駅夜間滞泊、6日と8日はなし、など
10月6日(火)の21時すぎと7日(水)の5時35分頃、ともに狭山ヶ丘駅の側線は空いていました。通常ならば10連が留置されています。夜間滞泊がなかったようです。
8日(木)も、ありませんでした。
狭山ヶ丘駅の夜間滞泊は大抵 9000系ですが、10日(土)と11日(日)は(<-飯能)32103F+38015Fでした。

2413F+2059Fなどが新宿線10両固定編成の代走
10月6日(火)の2606レが(<-西武新宿)2413F+2059Fでした。また8日(木)の5607レもこの編成でした。
ほかに(<-西武新宿)285F+1309Fも10両固定編成の代走に入っていました。

1303Fが池袋線3000系運用を代走
いつもは3000系の5208レが、10月8日(木)は1303Fでした。

各停 飯能ゆきが久しぶりに黄帯のメトロ7000系
10月9日(金)の6607レ(新木場 6時0分発・各停 飯能ゆき)がメトロ7017Fでした。52S運用ながら最近はメトロ10000系または7000系(副都心線対応車)の10連ばかりの列車です。
前日8日(木)は、午前中は台風でダイヤが乱れましたし、夜も地下鉄線内のダイヤは乱れていましたので、影響を受けたのでしょう。8日夜は、4707レらしきメトロ10004Fの準急 小手指ゆきが所沢で運転打ち切り(駅の案内放送は「本日に限り所沢止まり」)、3405レらしきメトロ10007Fの快速 飯能ゆきは所沢駅21時3分発(8分遅れ)でした。本来は2171レの前に所沢駅へ到着の4709レもいませんでした。
新聞によると、朝の振替輸送の出場をフリーパスとしたため、出場記録がパスモ定期券に付かず、夕方の駅入場時に駅員の操作が必要となり混雑したそうです。夜のダイヤ乱れはこちらが原因でしょうか?

三連休の快速急行 西武秩父ゆき
10月10日(土)は、1001レが1301F、1003レが1303Fでした。そして1106レは1303F。
11日(日)は、1001レが1301F、1003レは3009Fでした。
12日(月・体育の日)は、1001レが1301Fで1003レは3011Fでした。

元加治駅周辺で不審者?
タイトルはまったくの憶測です。
10月11日(日)の18時29分頃、仏子~元加治間の入間川橋梁の元加治方に停車していた上り列車が警笛を鳴らし発車して行きました。
また12日の朝6時38分頃、10006Fの下り回送列車が元加治駅に停車し6時40分に発車して行きました。上り列車はこの後 2分ほど遅れていました。

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コメント

駅のフルカラー案内板の通勤急行を見た事がないのですが、写真upしていただけないでしょうか?

投稿: | 2009年10月13日 (火) 00時37分

subway多摩湖線の話[3]
 多摩湖鉄道はまず国分寺から萩山まで開業しました。ただし、萩山は今の位置より国分寺寄り、現在の萩山駅へ進入するためのカーブが始まる付近です。
 つづいて旧西武鉄道村山線の小平駅の手前までの支線を敷設しましたが、当時は対抗意識があったとみえ、わざと駅を一体化せず、しかもこちらこそが本家、本当の小平だ、という意味で「本小平」と名づけました。読みは「もとこだいら」ですが、これも「もともとこちらが小平だ」といった大胆不敵な意味です。
 ちなみに、本川越ですが、これはもとは川越だったのが、のちに国鉄川越線が敷設された時に国鉄に取られてしまったために、本当の川越=本川越としたものです。このような例は各地にあります。探してみて下さい。

 さて、開業時には次のようにたくさんの駅がありました。
  国分寺
  東国分寺
  桜 堤[さくらづつみ]
  商大予科前
  小平学園
  厚生村[こうせいむら]
  青梅街道
  萩 山
 これだけ駅が多かったのは、ガソリンカーの単行運転といった軽便鉄道のような形態をとったためで、駅というよりも停留所といったほうがよいような感じです。今もある青梅街道が昔日の雰囲気を伝えており、単式(片式)ホームに小屋のような小さな駅舎は、大私鉄としては(特に都内にあるものとしては)まずあり得ないものです。 つづく
 *余談 これをつづったあと、確認ボタンを押して文章を確かめたまではよかったものの、送信ボタンを押さないまま閉じてしまい、すべてパーとなってしまいました。そこで、時間が切迫しているなか、あわてて再度つづりました。

投稿: 縁有外史 | 2009年10月13日 (火) 06時15分

subway多摩湖線の話[4]
 ちょっと現在の話になりますが、多摩湖線には国分寺-一橋学園間のたった1区間だけの運用が数本あります。ダイヤ改正のたびに少しずつ減らされて、今では平日の朝に往復6本あるだけとなっていますが、以前は休日や夕方にもありました。
 たしかに一橋学園での乗降客はけっこうありますが、わざわざ1区間だけの折り返しを設けるほどではありません。むしろ、全列車とも萩山までとしたほうが便利です。つまり、いまひとつ目的、存在意義がはっきりしない不思議な運用ですが、以前に比べてごくわずかとなったことから、必要性がなくなってきたのは確かです。

 これは思うに、一橋学園は堤氏がめざしながらごく一部しか形成できなかった一大学園都市のための、一種の特別列車、特別ダイヤのなごりではないかと思うのです。現在のように20メートル車4両編成という堂々たる電車だと、1区間はあっという間ですが、ガソリンカー1両単行時代には、国分寺から小平学園までは時間もかかり、当時の感覚としては立派な道中です。こういった戦前からのこの路線の精神を伝えるために、特別に設定させたものが今に至るまで続いている、と勝手に推測しています。もはや実際の利用状況等から存在意義がほとんどなくなっているにもかかわらず、なおも残しているのは、よほど特殊な意思が働いているとしか思えないのですが、いかがですか?

投稿: 縁有外史 | 2009年10月13日 (火) 21時52分

下記コメントがありましたので、削除しました。いつものようにURLは伏字にしています。

なお削除するだけで良い、という方がいらっしゃいましたらコメントをいただければと思います。

***** 引用 ここから *****
昨日会った女の子、「舐 めまくりたい!!!!!」って言ってたから
よほどし ゃ ぶ り た いんだな(^^;って思ってたら
全身余すとこなく舐 めてきてビックリしたよー( ´д)
さすがに鼻舐 められた時は臭かったけど、
寝てるだけで7 万 ゲ ッ ト出来たし全然問題ありましぇんなwwwwww

http://yyyyyyy.XXXXX.pppp/ssssss/

投稿: これなんて魔法?www | 2009年10月13日 (火) 16時41分
***** 引用 ここまで *****

お金は、楽して儲からないということで、ご苦労様でした。

投稿: 鈴木やす | 2009年10月13日 (火) 22時06分

名無しの権兵衛さん、こんばんは。

「通勤急行」は黄色地に黒文字です。以前に撮影しましたがすでにハードディスクから探し出すことはできませんので、今後 撮影できたら掲載いたします。

投稿: 鈴木やす | 2009年10月13日 (火) 22時12分

縁有外史さん、こんばんは。

多摩湖(南)線で一橋学園折り返しがある時間帯、一橋学園~萩山間は15分間隔となります、平日朝ラッシュというのにです。

縁有外史さんがご想像のような歴史的な理由ではなく、やはり輸送需要に対応したダイヤなのではないかと思います。

一橋学園駅周辺と国分寺駅の間は自転車やバイクでも大した距離はなく、電車を使ってもらうためには頻発する必要があるのかもしれません。一橋学園~萩山間はそれに比べると殿様商売が可能、との判断があるのかもしれません。

投稿: 鈴木やす | 2009年10月13日 (火) 22時20分

縁有外史様の記事について。
旧聞の内容に失礼いたします。多摩湖線には国分寺-一橋学園間折り返しは1966(昭和41)年の小平学園と一橋大学駅の統合と本町信号場の開設時に設定された物です。本町信号場での交換が出来ることで列車密度を2倍出来ることから設定が可能になりました。当時のラッシュ時の上りは20m車二両で萩山発車時から混んでおり、一橋学園折り返しを設定することで 輸送力の増加と 統合による不便を補う利便性を確保して住民の納得を得た形です。多摩湖線が17m三両編成になるのは70年代でずっと後のことです。 近年は20m4両編成で輸送力に余裕があることから折り返しに設定が減っている物と考えられます。又開業時には商大予科前や厚生村などは存在していません。ご確認をお願い致します。萩山生

投稿: 萩山生 | 2011年8月26日 (金) 20時25分

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