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2009年12月31日 (木)

新宿線一部不通でダイヤが乱れた09年12月4日午前の西武 池袋線

2009年12月4日(金)は、始発から午前10時頃まで西武新宿線の西武新宿~田無関が不通となりました。新宿線の乗客が池袋線へ流入し混雑、池袋線もダイヤが大幅に乱れました。
所沢発車時点で池袋ゆきは満員となり、途中駅での乗降に手間取っていました。

2009年12月4日 9時18分ころ、石神井公園、中線から発車したメトロ10015Fの各停 池袋ゆき
2009年12月4日 9時18分ころ、石神井公園、中線から発車したメトロ10015Fの各停 池袋ゆき

私が乗車した4508レの準急 新木場ゆきは、6分ほど遅れの7時52分に所沢駅を発車。保谷駅の手前で3分ほど停車、大泉学園駅手前でも一旦 停止したりで、石神井公園駅には約14分遅れの8時21分着でした。最後部の女性専用車両は中止でした。

石神井公園駅の改札口には、バスから降りた新宿線ユーザの皆さんが振替乗車証をもらっていました。

列車の着発を石神井公園駅で見ていると、10~15分ほどの遅れはありましたが、8時50分ころまでは持ちこたえていました。
しかし4772レ(所沢 8時16分発・準急 渋谷ゆき)が約13分遅れて8時52分(所定39分発)に発車、8時54分には上り特急が通過すると、副都心線への乗り入れが中止となりました。そして遅れも大きくなって行きます。
所定で8時52分発の6750レ(各停 渋谷ゆき)は「各停 池袋」表示で9時18分に発車していきました。到着は9時12分でしたが、追い抜かれる2114レ(急行 池袋ゆき)が遅れていたためです。また10連のメトロ10015Fのため、練馬~池袋間は通過と案内されていました。

2009年12月4日 9時27分頃、石神井公園、メトロ7033Fの各停 池袋ゆき。
2009年12月4日 9時27分頃、石神井公園、メトロ7033Fの各停 池袋ゆき。

4206レは続いてやって来て9時18分着でしたが、発車は20分。25分の遅れ。
所定が9時2分発の新木場ゆき準急 4512レは、新木場ゆきのまま9時25分の発車でした。
渋谷ゆきの6608レも池袋ゆきでした。こちらは8連のメトロ7033Fで、所定が9時5分発のところを27分発でした。
そして9時30分に準急 池袋ゆきが発車し、中線には各停 池袋ゆきが到着しました。22分遅れの4208レと5630レと思われます。

2009年12月4日 10時50分頃、練馬高野台、引き上げ線から上りホームへ向かう3003F。
2009年12月4日 10時50分頃、練馬高野台、引き上げ線から上りホームへ向かう3003F。

朝食抜きだったこともあり1時間ほど休憩し、10時40分ころに石神井公園駅へ戻りました。
遠くの練馬高野台駅引き上げ線に3000系が見えました。54M運用の各停 新木場ゆきに乗車し、10時48分に練馬高野台駅へ到着。
引き上げ線にいたのは3003Fでした。10時50分に上りホームへ入ってくると、各停 池袋ゆきとなりました。後部運転台の列車番号設定器(?)の表示は「5638」レでした。保谷10時28分発の各停 池袋ゆきで、練馬高野台駅は所定では10時34分発です。
3003Fは練馬高野台駅を10時53分に発車。保谷駅の電留線へ入るN101系10連の下り回送列車を撮影するため富士見台駅で下車。狙いの下り回送列車は10時56分ころに通過しましたが、見事に各停 清瀬ゆきのメトロ10031Fに邪魔されてしまいました。
この間、上りの各停は少なく、11時12分発となりました。練馬駅に11時15分に到着。

2009年12月4日 11時43分頃、練馬、発車した上り準急の車内から駅構内を撮影。
2009年12月4日 11時43分頃、練馬、発車した上り準急の車内から駅構内を撮影。
右から順に、急行 池袋ゆき、地下鉄直通の上り、乗車している上り準急、ホームに停車中の各停 豊島園ゆき、そしてホームが空くのを待つ下り。写真の奥には、豊島園始発の上り各停もいます。

買い物などして11時30分すぎに練馬駅へ戻りました。
練馬駅に上り列車は少なく、最初の上りは11時43分発の準急 池袋ゆきとなりました。
ところで11時43分ころの練馬駅には、計6本の列車が集っていました。私が乗車した準急 池袋ゆきの他に、2番線は豊島園ゆき各停の20158F、上り急行線は出発信号機が赤で9108Fの急行 池袋ゆきが停止、そして4番ホームにメトロ10031Fの地下鉄直通の上り、豊島園から入線待ちの3000系、下り2番線の場内信号機で停車する30000系2+8連の下り列車、です。

練馬駅を11時43分に発車した準急は順調に走り、池袋駅到着は11時49分でした。そのすぐ後、11時51分には9108Fの急行も到着しました。

12時半ころに乗車した山手線車内の運行情報案内では、池袋線や有楽町線・副都心線のダイヤ乱れはありましたが、西武新宿線についてはまったくなし。
そして12時28分の高田馬場駅には、キッズデザイン賞のヘッドマークを付けた38101Fの各停 上石神井ゆきが止まっていました。定時で運転の5029レと思われます。
とばっちりを受けた池袋線は四苦八苦しているというのに、張本人の新宿線は素知らぬ顔で正常運行。世の中、まま見受けられる事態ではあります。
新宿線が、私が悪いんです、皆さんに申し訳が立ちません、とわざと乱れたダイヤで運転されても、それはそれで迷惑ではありますが。

これで本年の鉄活動を終了といたしますが、来年はより良い年にしたいものです。
このエントリーのダイヤ乱れの原因は信号トラブルですが、人身事故が少しでも減ることを希望します。他人の命は当然ですが、自分の命も粗末にしてはなりません。
私はさらに、引き続き、列車の安全な撮影に励みます。

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2009年12月30日 (水)

西武池袋線N101系10連、平日の武蔵丘早出運用紹介を訂正

2008年6月14日の西武鉄道のダイヤが改正され、平日の池袋線N101系10連運用が4本できました。この内の1本を紹介する「ダイヤ改正後はN101系10連が4本活躍、平日の西武池袋線<その1>」の2142レ・4135レに関する部分を訂正いたしました。
正しくは、4122レ(飯能 13時59分発・準急 池袋ゆき)・4225レ(池袋 15時3分発・準急 小手指ゆき)・小手指~飯能回送、でした。お詫びいたします。

2009年12月29日、秋津~所沢、275F+1303Fの4225レ。
2009年12月29日、秋津~所沢、275F+1303Fの4225レ。

2009年12月29日の観察結果では、3106レに入っていた(<-飯能)275F+1303Fは4122レ・4225レと走り、その次が2152レ(飯能 16時19分発・急行 池袋ゆき)でした。

2009年12月29日、入間市、275F+1303Fの2152レ。
2009年12月29日、入間市、275F+1303Fの2152レ。

実は<その2>(武蔵丘遅出)にも2142レ・4135レが入っており、その後の確認を怠っておりました。
こちらは29日の場合、(<-飯能)271F+1301Fが2510レに入り、2142レ(飯能 13時49分発・急行 池袋ゆき)・4135レ(池袋 14時48分発・準急 飯能ゆき)・4130レ(飯能 15時59分発・準急 池袋ゆき)と走っていました。

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2009年12月29日、石神井公園、271F+1301Fの2510レ。
通勤急行は石神井公園駅で中線着発ですが、2510レは4番ホーム着発でした。

以上、訂正のお詫びとお知らせでした。

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09年12月28日夜も西武4000系が小手指車基から武蔵丘車基へ回送

2009年12月28日(月)の夜、小手指車両基地からおそらく武蔵丘車両基地へ、西武4000系が1本 回送されました。今回はふくろう協定HM付きの4009Fでした。

28日の19時すぎ、小手指車両基地の入り口に4000系が見えましたので、いつもの回送を期待し、今回は仏子駅で待ち伏せ。
下り回送の4009Fは21時20分に中線へ到着。しばらく停車し、後続列車に追い抜かれることもなく22分に飯能方へ発車して行きました。

2009年12月28日 21時22分頃、仏子、中線から下り方へ発車する4009Fの下り回送列車。
2009年12月28日 21時22分頃、仏子、中線から下り方へ発車する4009Fの下り回送列車。

後続の2169レで飯能駅へ行くと、中線の2・3番ホームに4009Fの回送列車が止まっていました。21時32分に下り方へ発車して行きました。

2009年12月28日 21時32分頃、飯能、2・3番ホームから発車した4009Fの下り回送列車。
2009年12月28日 21時32分頃、飯能、2・3番ホームから発車した4009Fの下り回送列車。

4009Fは小手指車両基地で車輪削正を受けていたのだと思いますが、クハ2452とクハ3007にもフラットが発生しているようです。
28日(月)・29日(火)の3108レは二日とも2451F+2091Fでした。二日ともクハ2452に乗車したのですが、フラットによると思われるカタカタ音は、時に重く、時に軽やかに、そして時に消え、という状況でした。カーブや勾配にかかると騒音は減少。それだけ、車輪にかかる重さが変わるのだと思います。輪重抜けで脱線した日比谷線(衝突事故となり死者5名・2000年3月8日)を思い出しました。

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車体更新工事を終えた西武2077Fが三色LEDで営業運転復帰

車体更新工事が終わり2009年12月15日に東急車輌から戻ってきた西武N2000系8両固定編成の2077Fが、前面と側面の行き先・種別表示が従来の三色LEDのまま、新宿線で営業運転に就いていました。

2009年12月29日、西武柳沢、2077Fの5351レ。
2009年12月29日、西武柳沢、2077Fの5351レ。

12月29日(火)は5351レ、30日(水・土休日ダイヤ)は2103レ(西武新宿 10時2分発・急行 西武遊園地ゆき)などに入っていました。

2009年12月30日、高田馬場~下落合、2077Fの2634レ。
2009年12月30日、高田馬場~下落合、2077Fの2634レ。

ブログ"クロフネ航海手帳"さんの「【西武】新2000系2077F試運転」によると2077Fの試運転は12月20日(日)だったそうです。
25日(金)の夜には私も2077Fの回送列車を目撃していました。

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西武N2000系2連の2457Fが09年12月末は新宿線

西武101系さんから「09年12月23日、最近の西武線」へ、12月23日(水)の西武拝島線・玉川上水車両基地にN2000系2連がいたとのコメントをいただきました。
そのN2000系2連かどうかは不明ですが、2009年12月29日(火)の新宿線 4807レ(西武新宿 10時40分発・準急 新所沢ゆき)に2457Fが入っていました。いつもは池袋線で走っているN2000系2連です。

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2009年12月29日、所沢、2457F+2093Fの4807レ。

4807レの編成は(<-西武新宿)2457F+2093Fというものでした。夜は2093Fが単独で5146レに入っていました。
2457Fは9月にも、新宿線へ来ています

なおブログ"西武ネット"さんの「2077Fが新宿線で営業運転復帰&2457F再び新宿線へ貸し出し」によると、前日の28日(月)は2457F+2077Fという編成で新宿線を走っていたそうです。

ついでに。
12月29日の新宿線 2331レ(西武新宿 18時35分発・急行 拝島ゆき)は(<-西武新宿)2511F+2407F+2527Fという4+2+4連でした。

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2009年12月29日、東大和市、2511F+2407F+2527Fの2331レ。

この編成、拝島到着後は5912レ(拝島 19時34分発・各停 小平ゆき)となり、小平からは上り回送となったようです。20時3分の花小金井駅を通過していきました。
2000系・N2000系の4+2+4連は、拝島・西武遊園地の分割併合の関係でたまに見ますが、個人的には久しぶりでした。

2457Fですが、24日早朝の狭山ヶ丘駅側線に(<-飯能)2457F+2087Fという編成で留置されていた気がしないでもありません。暗かったため、2457Fについてはあまり自信がありません。
ところで、12月22日(火)の2504レ(飯能 7時7分発・通勤急行 池袋ゆき)は(<-飯能)2457F+2063Fとメモしておりました。ただ、その前運用の4103レは2461F+2063Fとメモしており、飯能または小手指で組み替えていたりはしないと思いますが、念のため。
23日(水)も2461F+2063Fとメモしております(狭山ヶ丘駅の前夜からの夜間滞泊)。21日も2461F+2063Fでした
22日の2504レ以外で2457Fを最後にメモしたのは12月17日(木)の4867レ(2457F+2063F)でした。

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2009年12月27日 (日)

09年12月27日の都電に日の丸なし、ほか

2009年12月27日(日)の都電荒川線は正面に日の丸の掲出はありませんでした。
25日の日の丸 都電を紹介するエントリーで、都電が「プチ右翼街宣車」化したのでは、という趣旨のコメントをいただきましたので、念のため確認してきました。その後 東京都交通局へお尋ねしたところ、25日の日の丸は「天皇陛下御在位二十年東京都慶祝の集い」のためだったそうです(1月9日 20時10分追記)。

2009年12月27日、鬼子母神前~学習院下、早稲田ゆきの9002。
2009年12月27日、鬼子母神前~学習院下、早稲田ゆきの9002。

27日の西武池袋線では(<-飯能)275F+1303Fが4309レなどで走っていました。26日(土)も4135レや2170レがN101系2+8連でした。

2009年12月27日、秋津、3304レの275F+1303F。
2009年12月27日、秋津、3304レの275F+1303F。

27日の池袋線は他に、5220レもN101系でした。1301Fではないかと思われますが、番号は未確認。

新宿線は26日・27日ともに5337レなどが1311F、5265レなどが(<-本川越)1251F+1253Fでした。

2009年12月27日、高田馬場~下落合、5816レの1253F+1251F。
2009年12月27日、高田馬場~下落合、5816レの1253F+1251F。

新宿線の2077Fや38106F・N2000系2連(存在自体未確認)、池袋線の38107Fの営業運転は26日・27日ともに見かけませんでした。
38107Fは、22日(火)の夜は未確認ですが、23日(水・休日)日中は小手指車両基地で見かけませんでした。24日からは再び3番線のもっとも飯能寄りに戻り、27日夕方も止まっていました。

障害者は死んでしまえ、とも聞こえるご意見をブログに綴る御仁が市長となるご時世となりました。
そこで、都電が「プチ右翼街宣車」になってもおかしくない、と念のため確認しに行ってきたわけですが、そこまで世の中は壊れておらず。
でも、25日の日の丸 掲出の理由は分かりません。

なお阿久根市でなぜか市長をやっているような人(「障害者は死んでしまえ」な人)が出てくると困るので「社会の剪定」は必須である、とお考えの方はいるでしょうか。
あの御仁、人を指導する立場には置くべきでありません。ただ、ブログで書くくらいは、構わないと思います。世の中、いろいろな人がいると分かります。思想信条の自由は大切ですね。
問題のブログにコメントやトラックバックができません。メールは送れるようですが、腰が引けてますね。
いずれにしても、思想信条に忠実に過激な行動に走らないよう、お願いしたいと思います。

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西武、土休日2本目の小平発・玉川上水ゆきは8連

西武拝島線の土休日に2本設定されている、小平発・玉川上水ゆき各停の2本目、5953レ(小平 11時4分発・各停 玉川上水ゆき)は8両編成でした。
2009年12月27日(日)の場合、6044レ(西武遊園地 10時41分発・各停 小平ゆき)で小平駅 3番ホームへ少し遅れて10時54分に到着した2059Fが引き上げ線に入り、折り返し5953レとなっていました。
2059Fは、2103レ(西武新宿 10時2分発・急行 西武遊園地ゆき)だったと思われます。

2009年12月27日、小平、引き上げ線から1番ホームへ入る「各停 玉川上水」の2059F。
2009年12月27日、小平、引き上げ線から1番ホームへ入る「各停 玉川上水」の2059F。

2059Fはこの後、5026レ(上石神井 13時2分発・各停 西武新宿ゆき)に入っていました。
5953レ~5256レ~5017レ~5026レと走っていたのでしょう。

また6037レ(小平 10時46分発・各停 西武遊園地ゆき)も2081Fと、8連でした。2081Fは、引き上げ線から小平駅1番ホームへ入り6037レとなっておりましたので、2101レ(西武新宿 9時38分発・急行 西武遊園地ゆき)~6042レ(西武遊園地 10時20分発・各停 小平ゆき)~6037レなのでしょう。

2009年12月27日 11時4分頃、小平、3番ホームに到着した拝島線・上り回送の2533F。
2009年12月27日 11時4分頃、小平、3番ホームに到着した拝島線・上り回送の2533F。

小平駅3番ホームに11時4分、2533Fの上り回送列車が到着し、引き上げ線に入りました。
6039レ(小平 11時24分発・各停 西武遊園地ゆき)に入るのでしょう。


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2009年12月25日 (金)

09年12月25日朝の都電荒川線は、なぜか日の丸を掲出

2009年12月25日(金)朝の都電荒川線は、車両正面に日の丸を掲出していました。
理由は、私には思い浮かびません。池袋で開催された「天皇陛下御在位二十年東京都慶祝の集い」に伴う措置だったそうです。

091225gakusyu
2009年12月25日 8時48分頃、学習院下~面影橋、なぜか日の丸を掲出の早稲田ゆき。
左の三ノ輪橋ゆきも日の丸を掲出しています。

お昼の、高田馬場駅前の都バスに日の丸はなかったと思います。

(1月9日 20時10分)掲出の理由を追記。

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09年12月25日までの西武線の電車たちなど

2009年12月25日(金)までの、最近の西武線の電車たちなど、です。

2077Fが三色LEDのまま営業運転に入ったようです
12月25日(金)の20時28分、所沢駅2番ホームを2077Fの新宿線 上り回送列車が通過しました。
車体更新されたN2000系には珍しく、前面と側面の行き先・種別表示は赤字の「回送」でした。
車体更新工事を終え、12月15日に東急車両から戻ってきた2077Fですが、LEDは三色のままで、まだ交換されていないようでした。

6112Fが営業運転に復帰
副都心線対応改造工事を終え玉川上水車両基地から出てきた6112Fですが、12月21日(月)の6442レ(清瀬 18時42分発・各停 新木場ゆき)に入っていました。
車内 側扉上の鴨居の表示器は、横スクロールの三色LEDのままでした。

有楽町線の発煙事故と練馬駅信号トラブルの24日夜の池袋線
12月24日(木)は、17時39分ころに有楽町線 辰巳駅で発煙事故、また20時半ころではないかと思うのですが西武池袋線 練馬駅で信号トラブルがあり、池袋線のダイヤは乱れました。なお練馬駅の信号トラブルは、25日朝の元加治駅の掲示と西武鉄道ウェッブサイトで告知を見ただけで、所沢駅や池袋駅に掲示はありませんでした。
24日夜は、何も知らず20時前に西武・池袋駅へ入りました。発車案内に表示されている発車時刻は10分ほど前の時刻。所定 19時38分発の2161レは19時51分発、同19時43分発の4871レは19時55分発でした。また19時55分に、メトロ7004F(副都心線乗り入れ可能な10連)の上り列車(乗客あり)が「準急 飯能」表示で3・4番ホームへ入って来ました。

2009年12月24日20時38分頃、西所沢、5分ほど遅れていた2178レの(<-飯能)287F+1303F
2009年12月24日20時38分頃、西所沢、5分ほど遅れていた2178レの(<-飯能)287F+1303F
4869レの小手指からの折り返しの上り回送列車はほぼ定時で番号は確認できませんでしたがN101系2+4+4連でした。25日夜は275F+1239F+1241Fが小手指遅出の運用に入っていました。

2163レは、ひばりが丘駅を14分遅れの20時19分に発車。西所沢駅にはおよそ12分遅れの20時30分着でした。
西所沢駅1番ホームには回送表示(56M運用)の6115Fが止まっていましたが、33分、西武球場前方へ発車して行ってしまいました。まったくの想定外。よっぽど有楽町線はひどいんだな、とその時は思いましたが、練馬駅で信号トラブルがあったそうですから、こちらが原因かと。さらに地下鉄乗り入れ編成を収容するためではないか、と想像する次第です。

2009年12月24日 20時33分、西所沢、1番ホームの6115F回送列車が西武球場前方へ発車。
2009年12月24日 20時33分、西所沢、1番ホームの6115F回送列車が西武球場前方へ発車。

深追いはせず、20時44分に西所沢駅を発車したメトロ7004Fの快速 飯能ゆき(47S運用)に乗車。
列車番号は確認しませんでしたが、所定では西所沢駅20時29分発の3403レ(新木場 19時15分発・快速 飯能ゆき)を池袋始発で運転したと思われます。

2009年12月25日、8時34分頃、副都心線 池袋、西武12M運用に入ったメトロ10009Fの通勤急行 和光市ゆき。
2009年12月25日、8時34分頃、副都心線 池袋、西武12M運用に入ったメトロ10009Fの通勤急行 和光市ゆき。

25日朝は、小手指車両基地にメトロ10000系が4本見えました。通過する列車からの観察ですので、正確な数は不明ですが、いつもは1本だけです。前の晩にメトロ線内へ帰れなかったメトロ車が多かったことは確か。
所沢駅を5時半から6時50分まで通る上り列車に、これらメトロ車が入ってくることはありませんでしたが、西武12M運用を代走しているメトロ10009Fを副都心線・池袋駅で見かけました。この運用は西武車の、武蔵丘出庫だったと思います。
なお副都心線・池袋駅を8時36分に発車したメトロ7028Fの各停 渋谷ゆきは、池袋到着後 停車位置を修正との駅放送が流れました。停車してから動かずに扉が開いた感じを受けましたが、念のため。

ところで今朝、某駅のメトロ係員に、辰巳駅の発煙事故の原因をお尋ねしたら、不明、とのことでした。原因だけでなく、事故があったこと自体をご存じない駅員さんもいました、が。
また9月にあった千川駅の発煙事故の原因もご存じなく、少々 不安を覚えました。
24日夕方は、日比谷線でも車両故障のため運転が一時 止まっていますし、「輸送の生命は安全である」を実践していただきたいと思います。

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2009年12月23日 (水)

09年12月23日、最近の西武線

2009年12月23日(水・休日)の、最近の西武線です。

池袋線の2063F
西武N2000系8両固定編成で唯一 幕表示で残っている2063Fは、12月18日(金)は単独で5417レに入っていましたが、20日(日)からは飯能方に2461Fを連結し優等列車に入っています。
21日(月)は2104レ、22日(火)は4103レや2504レ(飯能 7時7分発・通勤急行 池袋ゆき)でした。そして狭山ヶ丘駅に夜間帯泊でした。
23日は8時2分に狭山ヶ丘駅を上り回送で発車し、隣の小手指駅から4210レ(小手指 8時11分発・準急 池袋ゆき)でした。

2009年12月22日、池袋~椎名町、2063F+2461Fの通勤急行 池袋ゆき(2504レ)。
2009年12月22日、池袋~椎名町、2063F+2461F(?)の通勤急行 池袋ゆき(2504レ)。

2009年12月23日 8時ころ、狭山ヶ丘、側線で出番を待つ2063F+2461F。
2009年12月23日 8時ころ、狭山ヶ丘、側線で出番を待つ2063F+2461F(左)。

新宿線、2001F+2401Fが10両固定編成代走
12月22日(火)は、(<-西武新宿)2001F+2401Fが4603レでした。いつもは10両固定編成の列車。
この編成、いつものように4251レ(西武新宿 8時22分発・準急 玉川上水ゆき)に入りました。

2009年12月22日、高田馬場~下落合、2401F+2001Fの準急 玉川上水ゆき(4251レ)。
2009年12月22日、高田馬場~下落合、2401F+2001Fの準急 玉川上水ゆき(4251レ)。

土休日の新宿線N101系
土休日の新宿線はN101系8連の運用が2本あるようですが、12月23日(水・休日)は、5346レが1309F、5265レが(<-西武新宿)1253F+1251Fでした。301系2本が続いていたので、久しぶりのN101系4+4連でした。

2009年12月23日、小川、1251F+1253Fの5265レ。
2009年12月23日、小川、1251F+1253Fの5265レ。
最近は、小川駅でタイヤ臭が漂うことはありません。

12月5(土)・6(日)は、5346レの運用はN101系でしたが、5265レの方はN2000系や3000系でした
翌週も、12日(土)は5346レの運用は1309Fでしたが5265レの方は2081Fでした。13日(日)は逆に、5346レの方が20153Fで5265レの方が1311Fでした。
19日(土)と20日(日)は、5346レが1311Fで5265レが1309Fでした。

土休日の西武秩父ゆき快速急行
12月12日(土)は1001レが1303F、1003レが3011Fでした。13日(日)は1001レが1303F、1003レが3001Fでした。
19日(土)は1001レが3005F、1003レが1303Fでした。20日(日)は人身事故で一部 ダイヤが乱れていましたが、1001レは3001F、1003レが3009Fで、定時の運転でした。
そして23日は1001レが1301Fで1003レが3000系だったかもしれません。

北辰の梟HMが健在の4000系
2008年10月25日から、西武4000系の4021Fと4023Fが「北辰の梟」ヘッドマークをつけて運転されていますが、まだ外されていません。
写真は12月23日の1002レです。(<-飯能)4003F+4023Fで、先頭車はヘッドマーク付きのクハ4024です。

2009年12月23日、元加治、4023F+4003Fの1002レ。
2009年12月23日、元加治、4023F+4003Fの1002レ。

今年も西武鉄道は、合格祈願の記念切符を販売します。23日から発売の「祈合格 昇り行き乗車券」です。今朝、池袋駅に貼ってあったポスターで私は発売を知りました。11時ころ、池袋駅1階コンコースで販売していましたが、担当者は楽しそうに団欒されていました。お暇だったようです。
この切符を使うためには一度 西武秩父へ落ちる必要があるため、でしょうか?
来年は「落ちる」記念乗車券を発売し、みんなで西武秩父へ「落ち」て、秩父神社でその乗車券を燃やす神事を行う、という企画はどうだろうか、と妄想が浮かんできたりしました。
いずれにしても、池袋や西武新宿より西武秩父が標高は上ですし(きっと)、どちらに落ちたり昇ったりするものではありませんね。

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2009年12月20日 (日)

09年12月20日早朝に人身事故で西武・池袋線の一部区間が不通

2009年12月20日(日)の朝 6時17分頃、西武池袋線・狭山ヶ丘~武蔵藤沢間で人身事故があり、6時50分頃まで小手指~飯能間の運転が止まりました。

2009年12月20日、7時5分頃、元加治駅の上りホームの発車案内。
2009年12月20日、7時5分頃、元加治駅の上りホームの発車案内。

元加治駅には、7時になっても電車はやって来る気配なし。
7時4分になって下り特急 ちちぶ号(おそらく61レ)、6分に10104Fの上り特急 むさし号(おそらく6レ)が通過。ともに40分ほどの遅れと思われます。
そしてホームの発車案内を見ると、上り列車は2本とも狭山ヶ丘ゆき。
やって来た、運転再開後初の乗車可能な上り列車は2091Fの準急 池袋ゆき(8連)でした。「ジュンキュウ / サヤマガオカ / 4102」という表示が、後部運転台の列車番号設定器(?)にありました。

4102レに乗車。元加治駅を7時9分に発車でした。およそ44分遅れ。
武蔵藤沢駅の池袋方の踏切の下り線側道路では、警官や西武の職員の方々が現場検証をやっているように見えました。

2009年12月20日 7時31分頃、狭山ヶ丘、到着する2063Fほかの準急 池袋ゆき。
2009年12月20日 7時31分頃、狭山ヶ丘、到着する2063Fほかの準急 池袋ゆき。

狭山ヶ丘駅で下車すると、ホーム発車案内は発車時刻を表示。4102レを7時16分発・各停 池袋ゆきと表示していました(所定では存在しません)。
その後は、7時25分発・準急 池袋ゆき(4106レ)と7時46分発・急行 池袋ゆき(2114レ)を表示していました。3604レ(飯能 7時17分発・快速 渋谷ゆき)と1102レ(飯能 7時14分発・快速急行 池袋ゆき)は運休でした。
4106レはおよそ7分遅れ、7時32分発でした。(<-飯能)2461F+2063F。

西武秩父ゆきの快速急行 1001レと1003レは定時で運転されていました。1001レが3001F、1003レが3009Fでした。
また地下鉄直通の3604レは、飯能~小手指間は運休で、小手指始発でした。6117Fの12M運用。所沢駅を定時の運転。
1104レ(飯能 7時43分発・快速急行 池袋ゆき)は運休でした。

2009年12月20日 8時50分頃、飯能、側線で留置の6115F。
2009年12月20日 8時50分頃、飯能、側線で留置の6115F。

8時35分ころに飯能駅へ着くと、1番ホームの南側、ホームのない留置線に6115Fが止まっていました。
この6115Fは、元加治駅を9時25分に回送で池袋方へ通過していきましたが、運用番号は「12M」に見えました。朝の3604レの6117Fも「12M」運用でした。

2009年12月20日、飯能、発車した4023F+4003Fの各停 三峰口・長瀞ゆき(1005レ?)。
2009年12月20日、飯能、発車した4023F+4003Fの各停 三峰口・長瀞ゆき(1005レ?)。

送り込みの1102レと1104レが運休でしたので、秩父鉄道直通の快速急行 1005レと1007レは飯能始発で運転でした。
1005レは武蔵丘車両基地から回送で飯能駅 2・3番ホームへ8時42分に到着。折り返し、定刻の8時50分に発車して行きました。(<-飯能)4023F+4003Fでした。種別表示は「各停」でした。
1007レも同様に、武蔵丘車両基地から回送で2・3番ホームへ9時12分に到着。編成は (<-飯能)4007F+4005Fでした。こちらは「快速急行」表示でした。発車は見ていません。
なお列車番号は運転台で確認し忘れております、念のため。

今回は、運転再開後の列車にそれらしい列車番号を割り振り、強制定時運転に入ったようです。運転再開後のダイヤの乱れは小さかったと思われます。

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2009年12月19日 (土)

09年12月18日、西武線の電車 見ただけ

2009年12月18日(金)の西武線の電車たちです。

N101系10連は異状なし
池袋線のN101系10連は、武蔵丘・小手指ともに遅出だった模様で、2159レが(<-飯能)271F+1301F、4869レが(<-飯能)287F+1241F+1239Fでした。
新宿線は、朝は2604レが(<-西武新宿)1311F+281F、4806レが(<-西武新宿)277F+1253F+1251Fでした。夜は277F+1253F+1251Fが運用に入り4644レでした。

1309Fなどが新宿線の3000系運用を代走
新宿線の朝の5806レは(<-西武新宿)2517F+2525Fでした。夜は5841レが1309Fでした。ともに、いつもは3000系の列車です。
なお池袋線の1303Fは20時すぎ、小手指車両基地で留置でした。

所沢駅・朝 6時21分ころの国分寺線用の6連回送
所沢駅を6時21分ころに通過する新宿線の上り回送列車が(<-西武新宿)295F+1249Fでした。17日(木)もこの編成。16日(水)は未確認で、15日(火)は2049F、14日(月)は2031Fでした。

2009年12月18日 6時22分頃、所沢、通過する1249F+295Fの新宿線 上り回送列車。
2009年12月18日 6時22分頃、所沢、通過する1249F+295Fの新宿線 上り回送列車。

夜の4000系回送列車
小手指車両基地からおそらく武蔵丘車両基地への4000系の回送がありました。今回は、ふくろう協定ヘッドマーク付きの4009Fでした。運転時刻はいつものとおりで、3405レの後、入間市駅通過は21時16分でした。

2009年12月18日 21時16分頃、入間市、4009Fの下り回送列車。
2009年12月18日 21時16分頃、入間市、4009Fの下り回送列車。

増備の30000系8連2本は運用入りはまだ?
朝晩、通過する列車から観察していると、38107Fは12月15日(火)朝までは小手指車両基地の3番線のもっとも飯能よりにいました。15日(火)夜は2番線のもっとも飯能寄りへ移動し、19日(土)午後も同じ場所にいました。
N101系2+2+4連が組成された時は、朝のラッシュが終わった直後に小手指~池袋を各停で1往復する運用だけに入っていたようですが、38107Fはどうでしょうか?
新宿線へ行った38106Fの営業運転も見ていません。

池袋線の10108Fが新宿線にいました
いつもは池袋線で走っている特急車 10108Fが新宿線の104レで走っていました。


清瀬駅の夜間帯泊は通常どおりだったようで、6時57分ころの清瀬駅4番ホームに6110Fがいました。所沢駅を通過する、いつもはない回送列車もありませんでした。


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09年12月19日、切符売場が変わった西武池袋線 元加治駅

2009年12月19日午後の、西武池袋線・元加治駅の切符売場です。

2009年12月19日、元加治、新しい切符売場。
2009年12月19日、元加治、新しい切符売場。

券売機が左側に移動しました。この部分、前日の朝だったかシャッターがおりていました。券売機を隠せるようです。
昨日まで券売機があった右側には、時刻表と、他社線を含む運賃案内図が掲示されています。
なおこの切符売場の裏側の駅事務室内も工事をしているようで、仕切りが外から見えます。

2009年12月19日、元加治、改札口を外側から。
2009年12月19日、元加治、改札口を外側から。

上の写真は改札口の外側から撮影です。右手奥の覆いの中では、新しいトイレの工事をしています。
切符売場はまだ仮設な雰囲気です。今後さらに工事があり、すっきりとすると思います。

エレベーターの工事も進んでいます。昇降路のガラス張りの壁が見えるようになりました。カゴがどうなっているのか、気になります。
ネットで囲われよく分かりませんので写真は省略。

本日は、どうも疲れがたまり、早めに帰宅したので元加治駅の写真を撮れました。やけに寒いですが、冬とは本来 こういうものなのでしょう。


09年11月22日朝、バリアフリー化工事中の西武・元加治駅」へ。
10年1月3日の西武池袋線・元加治駅」へ。

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2009年12月17日 (木)

09年12月17日の西武N101系、見ただけ

2009年12月17日(木)の西武N101系見ただけ、です。

最初に見たのは池袋線の5107レ(池袋 5時15分発・各停 飯能ゆき)の1303Fでした。3000系の運用を代走です。
次が、新宿線のいつもの2604レ(本川越 5時33分発・急行 西武新宿ゆき)の(<-西武新宿)1311F+281Fでした。
そして池袋線の4204レ(小手指 6時11分発・準急 池袋ゆき)が(<-飯能)287F+1241F+1239Fでした。

2009年12月17日、所沢、1239F+1241F+287Fの4204レ。
2009年12月17日、所沢、1239F+1241F+287Fの4204レ。

6時21分ころに所沢駅 2番ホームを通過する国分寺線用の新宿線 上り回送列車は(<-西武新宿)295F+1249Fでした。
そしていつもの新宿線 4806レ(新所沢 6時35分発・準急 西武新宿ゆき)が(<-西武新宿)277F+1253F+1251Fでした。

2009年12月17日、所沢、277F+1253F+1251Fの4806レ。
2009年12月17日、所沢、277F+1253F+1251Fの4806レ。

夜はまず、5681レ(池袋 18時6分発・各停 保谷ゆき)が1303Fでした。
朝の4204レの編成は夜は2155レに入ることが多いですが、本日の2155レは6157Fでした。287F+1241F+1239Fは代わりに2164レ(飯能 17時48分発・急行 池袋ゆき)でした。池袋から折り返し2259レ(池袋 18時48分発・急行 小手指ゆき)となり、小手指車両基地へ入庫した模様です。19時半ころの小手指車両基地飯能方にN101系2+4+4連が見えました。
武蔵丘出庫はいつものように遅出だった模様で、(<-飯能)271F+1301Fが2166レ~2159レ(池袋 19時8分発・急行 飯能ゆき)に入っていました。

2009年12月17日、西所沢、1243Fの6205レ。
2009年12月17日、西所沢、1243Fの6205レ。

狭山線の6205レ(西所沢 19時25分発・各停 西武球場前ゆき)は1243Fでした。

夜の新宿線 N101系10連(2665レなど)は未チェックです。

271F+1301Fは前日 16日(水)も小手指車両基地を早出で、4204レに入っていましたが(実際は4109レで確認)、夜は2155レに入り武蔵丘入庫でした。
また16日夜の狭山線は1243Fと1245Fが運用に入っていました。17日も同じと思われます。

なお16日夜も清瀬駅の夜間帯泊がなかった模様です。17日朝の所沢駅を、5時52分に6111F、6時19分に2065Fの、ともに池袋線 上り回送列車が通過しました。

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2009年12月16日 (水)

一部区間が5時間以上不通になった09年12月4日朝の西武新宿線

2009年12月4日(金)は始発から午前10時ころまで、西武新宿線の西武新宿~田無間が不通となりました。信号保安装置の故障が原因です。
8時前まで所沢駅で観察していた内容をまとめてみます。乗客が集中した池袋線もダイヤが乱れていましたが、こちらについてはまた後日

2009年12月4日 6時35分頃、所沢、1309F+281Fの各停 本川越ゆき(左)と20106Fの急行 田無ゆき。
2009年12月4日 6時35分頃、所沢、1309F+281Fの各停 本川越ゆき(左)と20106Fの急行 田無ゆき。

所沢駅5時46分発の急行(2802レ)は田無ゆきで20102Fでした。
いつもは20000系8連の5時47分発各停 本川越ゆき(5603レ)は20106Fでした。
ホームの発車案内の2段目は時に、のんきに秩父夜祭PRを流していました。新宿線のダイヤ乱れを案内すべきところですが、担当部署も混乱していたのだと思います。

5時56分発の急行 西武新宿ゆき(2604レ)も田無ゆき。いつものようにN101系10連の(<-西武新宿)1309F+281Fでした。
次の6時4分発 急行 西武新宿ゆき(2804レ)も田無ゆきで、いつものようなN2000系(2000系)4+6連の(<-西武新宿)2521F+2029Fでした。両編成ともに側面表示は「急行」だけでした。
6時5分着の5605レ(各停 本川越ゆき)は少し遅れ、6時7分着でした。いつもはN2000系(2000系)2+8漣ですが、この日は20152Fでした。発車は定時の6時9分。
所定が6時13分着の2606レも遅れて、6時18分ころの到着。急行 田無ゆきでした。いつもは4ドア車10両固定編成の列車ですが、(<-西武新宿)2511F+2013Fでした。
5804レは定時で、6時20分ころの着発。2085Fの各停 田無ゆきでした。
国分寺線用の6連の上り回送列車はほぼ定時の6時22分に通過。(<-西武新宿)295F+1253Fでした。
所定では6時25分発の4804レは準急 田無ゆきで少し遅れて到着。(<-西武新宿)2531F+2021Fでした。

所定では6時24分発の4601レ(準急 本川越ゆき)は6時28分頃到着。2802レで上って行った20102Fでした。
また5607レ(所定 6時35分発・各停 本川越ゆき)が281F+1309Fで6時34分頃到着。
4603レ(所定 6時42分着)は6時45分頃に着発。2521F+2029Fでした。

2009年12月4日 6時52分頃、所沢、2053F+2517Fの準急 所沢ゆき。
2009年12月4日 6時52分頃、所沢、2053F+2517Fの準急 所沢ゆき。

一方 上り列車は、5806レ(所定 6時32分発・各停)は運休でした。次の上り列車は2608レ(所定 6時35分発・急行)が田無ゆきで6時35分頃。5603レで下って行った20106Fでした。
所定で6時41分発の4806レも運休。西武園線用4連の上り回送列車はいつものように6時41分頃 通過。2535Fでした。
2610レ(所定 6時45分発・急行)は20105Fの田無ゆき急行で、1分ほど遅れての到着でした。20105Fは初登場でした。
次の4808レ(所定 6時53分発)はほぼ定時で、(<-西武新宿)2517F+2053Fでした。この編成も初登場。田無ゆき。
6時58分に、いつものように国分寺線用の2051Fの上り回送列車が通過。
そして7時5分に20152Fの急行 田無ゆき(2612レ)が着発しました。

2009年12月4日 7時5分頃、所沢、到着する20152Fの急行 田無ゆき。
2009年12月4日 7時5分頃、所沢、到着する20152Fの急行 田無ゆき。

下り列車は、所定で6時52分発の5609レが遅れ、2511F+2013Fで6時55分着でした。再登場の編成。
続いて2085Fの4605レ(所定 6時59分発)が7時0分に着発。こちらも再登場の編成。
7時7分に2531F+2021Fの急行 本川越ゆきが到着。4804レで上って行った編成が、2601レで戻って来ました。

2009年12月4日 7時36分頃、所沢、281F+1309Fの準急 田無ゆき。
2009年12月4日 7時36分頃、所沢、281F+1309Fの準急 田無ゆき。
前の列車と間隔が20分ほど開いていました。池袋線も運転間隔が開いていたようです。

以降は、上りは準急 田無ゆきが、7時16分(20102F)、7時36分(1309F+281F)、7時40分(2521F+2029F)、7時46分(2511F+2013F)、でした。
7時51分着は2085Fの各停 田無ゆきだったようです。

下りは急行 川越ゆきが、7時20分(20106F)、7時25分(20105F)、7時40分(2517F+2053F)でした。
7時45分は準急 川越ゆきの20152Fでした。

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2009年12月15日 (火)

09年12月15日の西武線などの電車たちとスマイルビジョンの感想

2009年12月15日(火)は東急車輌から西武 2077Fが戻る甲種鉄道車両輸送の予定がありましたが、最新の『鉄道ダイヤ情報』誌によると運転時刻が1時間以上 繰り上がった模様で、私は出会うことはありませんでした。

所沢駅を通過する池袋線・朝の上り回送がプラス2本
清瀬駅の夜間帯泊がなかったようで、6111Fの上り回送列車が5時51分、2069Fの上り回送が6時20分に、それぞれ通過しました。いつもはない、回送列車です。
先日、保谷駅の飯能方に渡り線が新設されましたが(架線があるかは不明)、7時1分のひばりが丘駅1番ホームに6111Fの下り回送列車がいましたので、これまでと同様に池袋まで行って折り返してきたのかもしれません。

池袋線のN101系10連、武蔵丘出庫は早出で小手指入庫の模様
久しぶりに池袋線の3106レ(飯能 6時1分発)がN101系10連でした。編成は(<-飯能)271F+1301Fです。夜は2261レ(池袋 19時18分発・急行 小手指ゆき)でしたので、小手指入庫と思われます。
なお小手指出庫はいつものように遅出だった模様で、4869レ(池袋 19時13分発・通勤準急 小手指ゆき)が(<-飯能)287F+1241F+1239Fでした。
どちらも、昨日も遅出で走っていた編成です。

2009年12月15日、所沢、271F+1301Fの3106レ。
2009年12月15日、所沢、271F+1301Fの3106レ。

新宿線 5806レはN2000系4+4連
いつもは3000系の新宿線 5806レ(新所沢 6時27分発・各停 西武新宿ゆき)が(<-西武新宿)2517F+2525Fでした。

日中の新宿線にN101系2+8連
新宿線の4619レ(西武新宿 12時10分発・準急 本川越ゆき)がN101系2+8漣でした。甲種輸送で空振りに、高田馬場駅近くの踏切で待っていると、3322レ(拝島 15時10分発・快速 西武新宿ゆき)が(<-西武新宿)281F+1311Fでやって来ました。折り返しは2649レ(西武新宿 16時2分発・急行 本川越ゆき)でした。

2009年12月15日、高田馬場~下落合、3322レの281F+1311F。
2009年12月15日、高田馬場~下落合、3322レの281F+1311F。

いつもの新宿線 N101系10連、1本は4+2+4から2+4+4へ
朝のN101系は異状なしで、2604レ(本川越 5時33分発・急行 西武新宿ゆき)が(<-西武新宿)1251F+277F+1253F、4806レ(新所沢 6時35分発・準急 西武新宿ゆき)は(<-西武新宿)1309F+285Fでした。
前日の4806レは(<-西武新宿)1253F+295F+1249Fでした。また本日夜の4644レ(本川越 19時22分発・準急 西武新宿ゆき)は(<-西武新宿)277F+1253F+1251Fでした。

2009年12月14日、所沢、1253F+295F+1249Fの4806レ。
2009年12月14日、所沢、1253F+295F+1249Fの4806レ。

JR根岸線で見かけた209系は1本だけ
1時間も前に2077Fの甲種輸送列車が通過していたとは知らずに、根岸線 山手駅で撮影していましたが、E233系ばかりで、209系は1本だけしか来ませんでした。

2009年12月15日、JR根岸線 山手、クハ209-65ほかの快速 大宮ゆき。
2009年12月15日、JR根岸線 山手、クハ209-65ほかの快速 大宮ゆき。

自然環境保護並みに人権保護はいかがでしょうか?
091215kazi 今月の西武鉄道のイメージポスターは、同社による自然保護活動をPRするものです。武蔵丘車両基地の近くの「飯能・西武の森」で植林を進めているビデオが、30000系のスマイルビジョンでも流れていました。
車内で動画を見ていて思ったのは、どうして人権保護には無関心なのだろう、でした。言わずと知れた、西武グループのプリンスホテルが日教組の使用を拒否した件です。
「駅シェルパサービス」で西武鉄道と提携関係にある書店・リブロは、商品の内容に関わらず販売するという非常に民主的な企業です。
リブロは金がすべてだけど、西武グループはそこまで堕落していない、と考えることも可能ですが、リブロが売りたがる商品と、プリンスホテルが結果的に支援した方々の主義主張が似通っているのは偶然でしょうか?
私企業が人権保護活動にまで力を注がねばならないようでは、世も末、かもしれませんが。
そう言えば、「西武グループ企業倫理規範」には"人権の尊重"という項目がありました、ね。

変更後の2077Fの甲種輸送スケジュールは、逗子発 12時43分、大船 12時57分、桜木町 13時25分、新鶴見(信) 14時35分着・50分発、新秋津着 15時29分と、『とれいん』誌のサイト(etrain.jp)にありました。当日の12月15日更新となっています。(12月16日 20時35分追記)

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2009年12月14日 (月)

西武モハ10312の車体裾にステッカーを剥がした跡(?)あり

2009年12月9日(水)の午前中に気づいたのですが、西武新宿線を走る特急車10000系のモハ10312は、車体中央の裾に、ステッカーを剥がしたような跡があります。
本川越方を向いて右側の側面に、編成内のこの車両だけです。
写真は14日(月)朝に撮影したものです。

2009年12月14日、西武 モハ10312の側面。左側が西武新宿方。
2009年12月14日、西武 モハ10312の側面。左側が西武新宿方。

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2009年12月13日 (日)

09年12月3日夜の秩父夜祭見物客輸送の西武線

2009年12月3日(木)の夜は秩父市内で秩父夜祭が開催され、西武池袋・秩父線は臨時ダイヤで運転されました。前年からダイヤ改正がありませんので、ざっと見た感じ、臨時列車のダイヤは前年と同じだったようです。
今年は天候が悪く、乗客は多くはありませんでした。
この日は、柄にもなく残業などしてしまい、私は21時前に飯能駅に到着。西武秩父へ行くことなく、上りの最終列車まで観察することにしました。

まず、2・3番ホームから(<-飯能)4007F+4009Fの各停 西武秩父ゆきが20時54分に発車。

そして21時13分、西武秩父 20時15分発の急行 池袋ゆきが2・3番ホームへ到着しました。2069Fでした。折り返し、21時17分に池袋へ発車して行きました。
2069Fは下り回送で23時18分に飯能駅 4番線へ戻ってくると、武蔵丘車両基地方へ23時24分に発車して行きました。

2009年12月3日 21時13分頃、飯能、2・3番ホームに到着の西武秩父始発・急行 池袋ゆき2069F。
2009年12月3日 21時13分頃、飯能、2・3番ホームに到着の西武秩父始発・急行 池袋ゆき2069F。

続いて、西武秩父 20時35分発の各停 飯能ゆきで2063Fが21時20分に到着(定刻)。折り返し、西武秩父ゆき各停となり21時23分に発車して行きました。

西武秩父 20時55分発の快速急行 池袋ゆきは21時41分に到着。(<-飯能)1239F+1243Fでした。21時48分に池袋へ発車して行きましたが、21時43分発の急行が先発する事もあり空いていました(編成中央はチラホラ立ち客もいましたが)。

2009年12月3日、21時45分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ1239F+1243Fの快速急行 池袋ゆき
2009年12月3日、21時45分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ1239F+1243Fの快速急行 池袋ゆき

西武秩父から次に到着したのは、同駅21時5分発の(<-飯能)4005F+4011Fの各停で、21時57分着でした(2・3番ホーム)。
各停 西武秩父ゆきで22時5分に折り返して行きました。

次いで、西武秩父 21時33分発の2079Fの各停 飯能ゆきが22時26分に2・3番ホームへ到着。折り返し、22時33分に西武秩父ゆき各停で発車して行きました。

2009年12月3日 22時32分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ2079Fの各停 西武秩父ゆき。
2009年12月3日 22時32分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ2079Fの各停 西武秩父ゆき。
左の10000系は、西武秩父から到着する上り特急 むさし号の10004F。

次は、西武秩父 22時3分発の各停 池袋ゆきで3011Fでした(2・3番ホーム)。22時51分に到着し、22時56分の発車でした。

2009年12月3日 22時51分、飯能、西武秩父から到着した3011Fの各停 池袋ゆき。
2009年12月3日 22時51分、飯能、西武秩父から到着した3011Fの各停 池袋ゆき。
それなりに乗客は多かったです。

そして(<-飯能)4007F+4009Fが23時10分、各停で西武秩父から戻って来ました(秩父 22時20分発、飯能 2・3番ホーム着)。各停 西武秩父ゆきで23時16分に折り返して行きました。

西武秩父(20時15分発)から池袋へ急行で走った2069Fが23時18分に下り回送で4番ホームへ到着し23時24分に下り方へ出発すると、入れ替わりに2063Fが西武秩父(22時40分発)から4番ホームへ各停で戻って来ました。23時30分の到着でした。
2063Fは回送で池袋方へ23時34分に発車して行きました。

2009年12月3日 23時18分、飯能、4番ホームに到着した2063Fの西武秩父始発・各停 飯能ゆき。
2009年12月3日 23時18分、飯能、4番ホームに到着した2063Fの西武秩父始発・各停 飯能ゆき。

秩父夜祭輸送には無関係ですが、(<-飯能)4013F+4015Fの上り回送列車が2・3番ホームへ23時37分に到着。折り返し、5081レの各停 吾野ゆきとして23時48分に発車して行きました。
5081レの発車直前に、4番ホームへ西武秩父(22時55分発)から到着したのは1303Fの各停 所沢ゆきでした。23時47分着・23時50分発でした。

2009年12月3日 23時47分頃、飯能、左が4番ホームに到着した1303Fの各停 所沢ゆき。
2009年12月3日 23時47分頃、飯能、左が4番ホームに到着した1303Fの各停 所沢ゆき。
右は4013Fほかの5081レ(各停 吾野ゆき)。

続いて2071Fの各停 所沢ゆきが西武秩父(23時15分発)から0時10分に2・3番ホームへ到着。0時12分に発車して行きました。
そして次に西武秩父から到着したのが、(<-飯能)4005F+4011Fの各停 所沢ゆきでした。西武秩父発は23時35分で、飯能駅 2・3番ホームへ0時29分着でした。0時35分に所沢へ発車。
飯能から池袋方へ4000系の各停など聞いたことがありませんでしたので、この列車に元加治まで私は乗車しました。

2009年12月4日 0時30分頃、飯能、発車を待つ4011Fほかの各停 所沢ゆき。
2009年12月4日 0時30分頃、飯能、発車を待つ4011Fほかの各停 所沢ゆき。

4000系を元加治で下車。
今回の夜祭輸送で最後の臨時列車となる、西武秩父 0時0分発の各停 所沢ゆきは元加治駅でチェック。2079Fでした。0時53分着でした。

このエントリーでは割愛しましたが、特急列車も多数増発され、西武秩父ゆきや所沢ゆきのむさし号が見られました。
私がいた時間帯、特急ホーム(5番ホーム)に特急が入るときはほぼ確実に隣の4番ホームにも列車がおり、まともに写真を撮れませんでした。

ふくろう協定HMの4009Fと4011Fは、(<-飯能)4005F+4011Fと4007F+4009Fに分かれて運用に入っていました。この日がHM掲出の最終日でした。

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2009年12月12日 (土)

副都心線対応改造が終わった西武6112Fの出場試運転に遭遇

2009年12月12日(土)、西武新宿線の3313レ(西武新宿 14時20分発・快速 拝島ゆき)に乗車中の14時37分、武蔵関~東伏見間で6112Fの上り試運転列車とすれ違いました。
小平駅で待つこと1時間、15時36分に6112Fの試運転列車が戻って来ました。2番ホームに停車し1分ほどで本川越方へ発車して行きました。

2009年12月12日 15時36分頃、小平、到着する6112Fの下り試運転列車。
2009年12月12日 15時36分頃、小平、到着する6112Fの下り試運転列車。

6112Fは拝島線の玉川上水車両基地で副都心線乗り入れ用の改造工事を終え、前面FRPが白くなっていました。台車は汚れていましたが、新品の機器箱が床下に設置(追加?)されていました。前面と側面の行き先・種別表示は、他の編成と同様にフルカラーLEDになっています。車内は未確認です。
池袋線の小手指車両基地へ入ったと思われますが、17時前の小手指車両基地は暗く、分かりませんでした。

今回と同じ、副都心線乗り入れ改造を終えた6157Fの出場試運転を2008年11月29日(土)に見かけていますが、その時と、ダイヤは同じだったようです。

「西武6000系スマイルビジョン好き」さんから、次の副都心線対応改造は6113Fとのコメントをいただいていますが、本日は、3306レ(所沢 16時45分発・快速 池袋ゆき)に備えてと思われますが、所沢駅の電留線で見かけました。

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2009年12月10日 (木)

09年12月10日、最近の西武線を中心にまとめて

西武 クハ2067の側面表示が復活
側面の行き先・種別表示がしばらく消えていた池袋線のクハ2067ですが、12月7日(月)は正常に表示されていました。

西武6102Fが復帰
2009年12月9日(水)の西武新宿線 4603レが6102Fでした。検査から出場したようです。ブログ"クロフネ航海手帳"さんの「【西武】6000系6102F出場試運転」によると、前日 8日に出場試運転があったそうです。

2009年12月10日、高田馬場~下落合、6102Fの4624レ。
2009年12月10日、高田馬場~下落合、6102Fの4624レ。

西武38104Fが単独で運用入り
12月10日(木)の朝 6時4分頃、所沢駅を38104Fの池袋線上り回送列車が通過しました。いつものように、この後は5607レで見かけました。
いつもコンビを組んでいた32102Fは、38107Fと一緒に試験かなと思っていたところ、夜は(<-飯能)32102F+38104Fに再び戻り3113レでした。

2009年12月10日、石神井公園、38104Fの5607レ。
2009年12月10日、石神井公園、38104Fの5607レ。

38107Fらしき編成は、10日の早朝・夜ともに小手指車両基地の3番線のもっとも飯能寄りに止まっていました。

メトロ7005Fが10連で副都心線乗り入れ車に
12月9日の池袋線4515レがメトロ7005Fでした。副都心線乗り入れ対応となっていましたが、10両編成でした。7001F・7018Fなどに次いで3本目5本目の、7000系副都心線対応10連です。ほかに7004Fと7010Fも10連の副都心線乗り入れ編成になっている、とのコメントをいただいております。(2009年12月14日 21時15分追記)

2009年12月9日、練馬高野台~石神井公園、メトロ7005Fの4515レ。
2009年12月9日、練馬高野台~石神井公園、メトロ7005Fの4515レ。

メトロ7000(Y)系の各停 飯能ゆき
12月7日(月)の池袋線6507レ(新木場 6時0分発・各停 飯能ゆき)が、有楽町線専用のメトロ7000系でした。おそらく7022Fでした。
久しぶりに、黄色帯の7000系の普通 飯能ゆきでした。
すれ違っただけなので、写真はなしです。

前夜のダイヤ乱れで西武運用を代走のメトロ10000系
12月9日(水)は、22時45分頃に池袋線の東長崎~江古田間の踏切内で男性が電車に跳ねられ即死する人身事故があり、45分ほど運転が止まったそうです。
その影響と思われますが10日(木)朝の4502レ(58M運用)が、代走のメトロ10026Fでした。

2009年12月10日、石神井公園、メトロ10026Fの4502レ。
2009年12月10日、石神井公園、メトロ10026Fの4502レ。

新宿線の3000系運用を2005Fが代走
12月8日(火)の新宿線5806レと10日(木)の5841レが2005Fでした。いつもは3000系の列車です。

「修学旅行」列車に遭遇
12月9日(水)の15時51分頃、JR高田馬場駅の山手貨物線を「修学旅行」表示の183系が新宿方へ通過しました。

2009年12月9日 15時51分頃、高田馬場、183系の「修学旅行」列車。
2009年12月9日 15時51分頃、高田馬場、183系の「修学旅行」列車。

西武 N101系にも話題がありますが、また後日。

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2009年12月 9日 (水)

ATS-Pなし急カーブは多くとも「日勤教育」はJR西日本だけでは?

2回に渡りJR西日本の福知山線列車脱線事故の経営幹部の責任を考えて来ましたが、2回目の「山崎氏の判断が完璧でなかったからあのような重大事故が発生」はちょっと厳しいかな、と思っておりました。
完璧な人などいませんから。

ATS-Pなどない時代から鉄道の急カーブは少なくなく、高速運転の路線もありました。京急に乗っていると、高速で急カーブに突っ込んでいくのでこちらが怖くなるほどです。しかし、速度超過が原因の事故はわずかです。
強いて言えば、1996年の函館本線の貨物列車脱線事故でしょうか。時速60km制限のカーブに時速120km近い速度で進入し、貨車がすべて脱線し斜面から落ちた、という事故です。旅客列車ならば福知山線事故を上回る死傷者が出たことでしょう。
死傷者が出なかったからでしょう、福知山線の列車脱線事故の時とは異なり、急カーブ区間に速度照査機能のある保安装置の設置を国が鉄道各社に求める、という事態にはなりませんでした。
神戸地方検察庁によると、当時 JR西日本の社長だった井手 正敬氏も、この事故を大して気にも止めなかったようです。
それとも、JR貨物の事故だったから? 「だってあそこ、三流だよ」とか?

閑話休題。
ウィキペディアの「日本の鉄道事故(1950年から1999年)」によると、函館本線で貨物列車が3回、急カーブを高速で通過しての脱線しています。1回目は飲酒運転の居眠り、2回目と3回目は夜明け前の眠たくなる時間帯の居眠りです。脱線箇所も近くです。線路条件が特殊なのでしょう。
これ以外、戦後にこのような事故は発生していないようです。しかしJR西日本の福知山線で発生しました。

JR西日本の特殊要因が疑われますが、思い浮かぶのがJR西日本の「日勤教育」です。
ミスをした運転士に作文書かせたり草取りさせたり、だったと記憶しています。
わざとミスした人には効果的ですね、おそらく。
しかし、運転技術が稚拙な人が、作文や草取りで上達するとは思えません。運転技術を指導できるベテランがいなかったのか、またはそのようなベテランに適切な指導をさせていなかったわけです。

JRの発足時、思想(所属労組)による採用差別をしています。JRになってからも昇進などで差別しています。
優秀な人材が指導に当たる体制をとれなかったのか、とらなかったのか?。

JR福知山線の列車脱線事故は、ATS-Pが設置されているか、または、JR西日本の社内体制が適切であれば発生しませんでした。
そして神戸地方検察庁はATS-Pだけに注目しました。

ATS-Pがあっても、レールがずれていたり、ボルトが緩んでいれば列車は脱線します。
JR西日本は社内風土の改革を標榜しているようですが、「患部」を見誤っていては心許(もと)ない。

(12月9日 22時追記)
JR西日本は井出氏との絶縁を宣言しました。ご本人は馬耳東風のようですが、JR西日本は変わりつつあるのかもしれません。
神戸地検は患部(と幹部)を見誤ったまま終わりとなるようです。わざと、かもしれませんね。いわゆる「国策捜査」。
組合差別については、JR貨物が、差別していた国労と和解したとの報道が以前にありました。JR西日本については知りません。


(1回目)「尼崎事故でJR西日本の歴代社長に責任なし? 捜査機関はあなたですよ、地検さん
(2回目)「そこまで言うなら、JR西・山崎鉄道事業本部長(当時)も赦してあげない?

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2009年12月 8日 (火)

そこまで言うなら、JR西・山崎鉄道事業本部長(当時)も赦してあげない?

(12月9日20時10分)タイトルの「許し」を「赦し」に修正しました。

JR西日本・福知山線列車脱線事故で唯一刑事責任を問われているのが山崎 正夫氏です。
鉄道事業本部長時代、事故現場を急カーブへ変更したにも関わらず速度照査機能があるATS-Pの設置を見送ったことが起訴の理由です。

事故を契機に、速度制限のある区間に速度照査機能を持った保安装置の設置が進みましたが、逆に言えば、事故現場と同様な危険性を山崎氏と同様に放置していた責任者は少なくなかった訳です。
また山崎氏は、福知山線以外の他線区でのATS-P設置を優先させた訳ですが、これにより、他線区での重大事故発生が防止されていたのかもしれません。福知山線を優先させていたら、例えば、東海道線で三重衝突事故が発生していた、かも、しれない、ということですね。

事故調査委員会の情報漏洩など、山崎氏の人格が高潔とは言えませんが、それほど極悪非道でしょうか?
起訴を免れている歴代社長3名に比べて、彼の責任がより重大とは私は思いません。

事故直前、乗客が遅れの苦情を車掌に言い募っていた、その対応で車掌は忙しかった、との報道もありました。事故後、JR西日本職員への暴行・暴言が多発したとも言われています。
感情的な大衆の批判に迎合した神戸地検が、「具体的な証拠」を簡単に得られる山崎氏をスケープゴートにしたと、私には見えます。

なお山崎氏の判断が完璧でなかったからあのような重大事故が発生しました。
その責任は歴代の社長3名と同様に重く、刑事責任を問われて当然と私は思います。歴代社長3名の刑事責任追求は、検察のお仕事であります。地検にこそ日勤教育が必要です。

あのような重大事故の刑事責任が社長に及ばないのであれば、JR西日本が鉄道事業でいかなる素晴らしい業績をあげようともその責任はすべて鉄道事業本部長に帰するはずです。
社長は道義的責任を負うだけ、となるのでしょう。役員賞与のアップはなし、ですね、当然。

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2009年12月 7日 (月)

尼崎事故でJR西日本の歴代社長に責任なし? 捜査機関はあなたですよ、地検さん

2005年4月のJR福知山線列車脱線事故について、神戸地方検察庁は2009年12月4日、JR西日本の歴代の社長3名を嫌疑不十分で不起訴としました。
業務上過失致死死傷罪で神戸第一検察審査会は起訴相当としたため、神戸地検は1ヶ月半かけて再捜査し、3名からも事情を聴いた結果、とのことです。

4日の発表で会見した山根 英嗣・次席検事は「歴代社長3人に法廷で話してほしいという遺族らの気持ちはわかる。だが、検察は『起訴=有罪』という意気込みで処分を決め、信頼を得てきた」と話したそうです。朝日新聞(12月5日・朝刊)によると、具体的な証拠がないと刑事責任は問えない、との判断なようです。

不起訴と読んで怒りを感じていた私も、検事さんにそう言われると、そうなのか、検事さんも色々 大変なんだな、と思ったりしてしまいます。

乗務員は色々と手当がある、事故を起こした若い運転士は、運転業務から外され手当が減るのを嫌って事故直前のミスを気にしていた、という報道もありました。
JR西日本では、乗務員でなければ人でない、というほど駅員さんなどの待遇が悪いのかな、と思ったりもしました。
事故列車の車掌は40歳台だったと思います。中堅のはずです。ミス連発の後輩を適切に指導することはできませんでした。
二人が所属する労働組合が異なっていたようでもあります。映画『沈まぬ太陽』で日航が話題になりましたが、労組の内ゲバ騒ぎのあった国鉄、その後進のJRがこの面で負けているとはとても思えません。
日勤教育もありました。
そのような訳ですので、「具体的な証拠」を遺族に要求したりせず、自分たちで見つけなさいね、と私は山根 英嗣氏に教え諭(さと)してあげたい、と思い直した次第です。

あれだけの大事故を起こした企業の社長に責任がないならば、社長のお仕事は何でしょうか?
また1996年12月の函館線脱線事故の原因が制限速度を超過して急カーブを通過しようとしたこと、と社長が知り得なかったことも不起訴の理由となっています。以前も書きましたが、おかしな話です。
それから、事故の遺族は話を聞きたいだけではなくて、3名に罪を償ってほしいのだと私は思います。

今回不起訴となった3名は次の通りです。

井手 正敬(まさたか)氏
事故現場のカーブを急カーブに変更する工事の時の社長。
南谷 昌二郎氏
井出氏の後任の社長。
垣内 剛(たけし)氏
事故当時の社長。

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2009年12月 6日 (日)

09年12月5日・6日の土日は西武新宿線にN101系が3本

2009年12月5日(土)と6日(日)は西武新宿線にN101系が3本、運用に入っていました。1311Fと(<-西武新宿)1249F+1251Fの8連が2本と、(<-西武新宿)1309F+281Fの10連1本です。

2009年12月5日、中井、1311Fの5258レ。
2009年12月5日、中井、1311Fの5258レ。

1311Fは、5日(土)は5258レ、6日(日)は5810レでした。5日はいつものN101系運用ですが、6日は代走と思われます。
なお1311Fは、秩父夜祭輸送があった3日は池袋線で走っていました。5521レに入っていました。2日夜には小手指車両基地に入っていたようです。
4日(金)夜は(<-西武新宿)1311F+285Fで新宿線の2665レでした。N101系10連が定番の列車です。

2009年12月5日、中井、1251F+1249Fの3311レ。
2009年12月5日、中井、1251F+1249Fの3311レ。

1249F+1251Fは、5日(土)は3320レなど、6日(日)は5346レなどでした。5日は4ドア車の代走と思われます。6日は、5日の1311Fが入っていた運用でした。

2009年12月6日、小平、281F+1309Fの2311レ。
2009年12月6日、小平、281F+1309Fの2311レ。

1309F+281Fは、5日(土)は3310レ、6日は4623レなどで見かけました。こちらも4ドア車の代走でしょう。

通常の土休日のN101系は8連2本が、5258レや5346レなどの運用と、5816レや5265レの運用に入ります。前者は1311F(5日)や1249F+1251F(6日)が担当していましたが、後者は、5日は(<-西武新宿)2533F+2507F、6日は3015Fでした。
なお3015Fは、5日(土)は急行 西武遊園地ゆきの2103レに入っていました。
38106Fには出会いませんでした。

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2009年12月 4日 (金)

09年12月4日の西武、4000系の各停 所沢ゆきとN101系急行 田無ゆき

秩父夜祭の臨時列車ダイヤ観察で寝不足なので、2009年12月4日の西武線の話題を簡単に。

12月3日(木)は秩父夜祭の観光客輸送で西武池袋線・秩父線は特別ダイヤで運転されました。西武秩父 3日23時35分発の各停 所沢ゆきは4000系で運転。(<-飯能)4005F+4011Fでした。
写真は元加治駅に停車する同列車です(12月4日 0時38分頃)。

2009年12月4日 0時38分ころ、元加治、4011F+4005Fの各停 所沢ゆき。
2009年12月4日 0時38分ころ、元加治、4011F+4005Fの各停 所沢ゆき。

4011Fは「ふくろう協定」の秩父市のヘッドマークが付いた編成です。掲出は3日までとアナウンスされていますが、誤差の範囲と言うことで。

そして新宿線では12月4日午前3時20分頃、上石神井駅構内の信号制御装置の整流器が4つすべて故障し、井荻~武蔵関駅間の信号機が赤となり、踏切遮断機も下りたままとなるトラブルが発生。10時すぎまで、西武新宿~田無間の運転が止まりました。
所沢駅の新宿線は始発から、上りはすべて田無ゆきでした。写真は2604レの急行 田無ゆきの(<-西武新宿)1309F+281Fです。

2009年12月4日 5時54分ころ、所沢、1309F+281Fの急行 田無ゆき。
2009年12月4日 5時54分ころ、所沢、1309F+281Fの急行 田無ゆき。

明日の夜は生活の糧を得るための徹夜なので、詳細は後日にまとめます。

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2009年12月 1日 (火)

09年12月1日に西武線で見かけた、ちょっと変わった電車たち

2009年12月1日(火)の西武線は、車両の運用はノーマルだったのですが、変わった車両がありました。

まずは、前面の種別表示幕がないクハ1309が先頭の2604レです。蛍光灯がむき出しでよく見えました。編成は(<-西武新宿)1309F+281Fでした。
クハ1310の種別幕は正常でした(白幕でしたが)。編成の順序を入れ替えればこのような少々 情けない姿は避けられたと思われますが、夜中に盗まれたりしたのでしょうか?

2009年12月1日、所沢、前面の種別表示幕がないクハ1309が先頭の急行 西武新宿ゆき(2604レ)。
2009年12月1日、所沢、前面の種別表示幕がないクハ1309が先頭の急行 西武新宿ゆき(2604レ)。

続いて、ピカピカのメトロ10033Fの4583レです。
メトロ10000系の増備は続々と進んでおり、10034Fがすでに11月下旬に東京メトロへ到着しているようです。

2009年12月1日、所沢、メトロ10033Fの4583レ。
2009年12月1日、所沢、メトロ10033Fの4583レ。

N101系10連は、池袋線・新宿線ともにいつもの通りでした。
新宿線の朝は、2604レが上記の1309F+281F、4806レが(<-西武新宿)1251F+277F+1249F、夜は1251F+277F+1249Fが2812レでした。
この4+2+4連は、前日 11月30日(月)の晩も4644レに入っていました。朝は、(<-西武新宿)277F+1249F+1251Fで2604レでした。(<-西武新宿)1309F+281Fは4806レでした。

12月1日の池袋線のN101系10連は、朝は遅出だった模様で見かけず、夜は2166レが(<-飯能)271F+1301F、4869レとなる上り回送列車が287F+1303Fでした。前日と同じです。

11月29日(日)に西武鉄道にやって来た38107Fは小手指車両基地にいました。30日(月)の夜と12月1日早朝は2番線のもっとも飯能より、1日夜は2番線の中央にいました。
新宿線へ行った模様の38106Fはまだ見かけませんが、38101Fと38102Fは新宿線で運用に入っていました。38101Fはまだ、「キッズデザイン賞」のヘッドマークを付けています。

2009年12月1日、所沢、38101Fの5603レ。
2009年12月1日、所沢、38101Fの5603レ。


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