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2011年3月30日 (水)

明日が最後の、2011年3月の西武池袋線・節電ダイヤ

明日 2011年3月31日(木)が最後となる模様の、西武池袋線の節電ダイヤです。
西武線はとりあえずこのままで良いので、スーパーに450g入りヨーグルトが戻ってくれたほうが嬉しいのにな、と思いつつ。

飯能始発の池袋ゆき準急、4952レと4304レ
飯能始発の池袋ゆき準急で、変わった列車番号が2本ありました。
元加治駅発が5時31分の準急 池袋ゆきが4952レ、同5時53分発が4304レでした。いずれも、小手指から飯能へ回送された車両が走る列車です。
元加治駅発 5時6分の始発は4102レ、5時23分発は4104レ、5時31分発は4106レと、ノーマルです。

小竹向原発・練馬ゆきが2本あるようです
新桜台駅のホーム掲示によると、同駅 23時44分発と0時17分発は練馬ゆきでした。

2011年3月30日 18時53分頃、新桜台、6113Fの各停 小竹向原ゆき。
2011年3月30日 18時53分頃、新桜台、6113Fの各停 小竹向原ゆき。

なお小竹向原止まりの西武の列車は、同駅 2番ホームに到着し、池袋方に引き上げられて、折り返し3番ホーム発の練馬高野台ゆきとなっていました。
3月28日(月)に見たときは、線内運転のみの有楽町線に東武の50073F(05T運用)と50074F(01T運用)が走っていました。西武のM運用は設定されていないと思いますが、東武との直通も中止となっており、震災以来 メトロ線内にこの2本が取り残されていた、わけではないと思いますが。

2011年3月28日 18時30分頃、小竹向原、東武50074Fの各停 和光市ゆき。
2011年3月28日 18時30分頃、小竹向原、東武50074Fの各停 和光市ゆき。

早朝の清瀬駅界隈
清瀬駅では2番ホームと引き上げ線に夜間滞泊しているようです。
2番ホームの車両は6時20分頃に清瀬駅を発ち、ひばりが丘 4番ホームへ6時24分頃に到着。4304レに追い抜かれた後で、保谷駅まで回送されて、同駅始発の各停となっていると思われます。

2011年3月28日 6時24分頃、ひばりが丘、4番ホームへ入る2087Fの上り回送。
2011年3月28日 6時24分頃、ひばりが丘、4番ホームへ入る2087Fの上り回送。
1番ホームには列車が入っていないようで、レールは錆びついていました。

空いた2番ホームへは6時22分頃に、池袋から各停 清瀬ゆきが入ります。3000系の場合が多いようです。折り返し、6時36分発の各停 池袋ゆき(5802レ)となります。
引き上げ線の車両は、清瀬駅6時56分発の各停 池袋ゆきになっているのでは、と想像しております.
練馬駅を6時42分頃に通過する下り回送列車も気になります。

2011年3月30日 6時22分頃、清瀬、2番ホームに到着する3011Fの各停。
2011年3月30日 6時22分頃、清瀬、2番ホームに到着する3011Fの各停。
2番ホームだけ、ホーム上の乗車位置目標が新デザインに変わっています。
石神井公園駅の4番ホームもこのタイプに変わっていました。

2501Fの方向幕が交換された模様
今朝の豊島線は2501Fでした。これまで、豊島線に入ったときは白幕で運転されていましたが、今朝はきちんと「練馬」ゆきと表示されていました。

2011年3月30日 6時54分頃、練馬、豊島園から到着する2501Fの練馬ゆき。
2011年3月30日 6時54分頃、練馬、豊島園から到着する2501Fの練馬ゆき。

3月30日(水)の夕方、4月1日(金)から通常ダイヤへ復帰すると西武鉄道からアナウンスがありました。
ただし4月1日以降も、秩父鉄道直通は再開せず、土休日の日中は一部 運休が続きます。特急も平日はすべて運休、土休日も新宿線は一部運休です。(土休日 日中の一部運休を4月1日 21時50分追記)


東京電力の福島第一原子力発電所が立地する福島県双葉町の皆さんが埼玉県に集団避難し、さいたまスーパーアリーナに滞在していました。アリーナにはボランティアの皆さんも集まったようですが、東京電力の社員の子弟がメインだったりすると嫌だな、と思ったりしました。
そもそも双葉町は原発と引き換えに様々な財政支援を受けており、現状は、ある意味、自業自得です。だからと言って、死んじまえ、というわけにもいきませんし、ユダヤ人のように差別するのは言語同断なわけで、原発からの電気で日本人は恩恵を受けてきたわけですし、困ったときはお互い様ということで、しばらくは埼玉県でゆっくりしていっていただきたいとは思いますが、東京電力の人たちは特に、是が非でも、双葉町の人たちを助けたいだろうな、とふと思ったりした次第です。5号機・6号機はまだ、望みがあるようですし。

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2011年3月27日 (日)

11年3月27日、最近の西武線、土休日でも平日ダイヤ?

2011年3月27日(日)と、最近の西武線のお話をまとめて。

平日ダイヤと土休日ダイヤはほとんど同じ

2011年3月27日 9時46分頃、富士見台、6109Fの各停 小竹向原ゆき。
2011年3月27日 9時46分頃、富士見台、6109Fの各停 小竹向原ゆき。
6109Fが04M運用、6107Fが02M運用に入っていました。

駅のホームに掲示されている時刻表によると、3月31日までの平日と土休日は、ほとんど同じ運転ダイヤでした。平日は終電が遅いなど、深夜時間帯が少し違うだけ。
輸送力が過剰なのか、日曜日の朝7時ころ池袋駅に到着する列車は閑散としていました。福島第一原発事故を怖れてみんな逃げ出したのかな、と思っていたら、10時ころは結構 込んでいた次第です。
また、小平駅から西武遊園地駅への直通運転が深夜に設定されていました。平日は、小平 23時31分発・0時1分発・0時18分発の3本。土休日は3本目が0時14分発です。
なお、掲示されている平日の時刻表は3月31日までとなっているので、4月1日(金)からは変わるのかもしれません。

東長崎駅で夜間滞泊あり
6時40分すぎに練馬駅の急行線を下りの回送列車が通過するので出所を3月25日(金)に探したところ、東長崎駅 4番ホーム(上り副本線)で8連が夜間滞泊していました。
25日は2075Fでした。6時38分に、下り方へ発車して行きました。

3月22日(火)は2063F、24日(木)は2071F、27日(日)は38109Fでした。いずれも練馬駅を6時42分頃に通過。

2011年3月24日 6時42分頃、練馬、急行線を走る2071Fの下り回送。
2011年3月24日 6時42分頃、練馬、急行線を走る2071Fの下り回送。
左端は、引き上げ線に入った豊島線用の1241F。
2011年3月25日 6時38分頃、東長崎、上りホームから発車した2075Fの下り回送列車。
2011年3月25日 6時38分頃、東長崎、上りホームから発車した2075Fの下り回送列車。

保谷駅の電留線に車両が入っているところは見ていません。朝 5時40分頃もすべて空。
清瀬駅では、引き上げ線と2番ホームで4ドア車8連が夜間滞泊しているようです。
所沢駅の電留線は、午前6時半ころは4ドア車8連が1本います。夜間滞泊でしょう。午前9時前には消えています。

夜間の小手指~飯能間の下り回送列車
節電ダイヤでは、元加治駅を発車する最後の上り列車 3本が各停となっています。その送り込みなのか不明ですが、夜間に8連の下り回送列車が小手指~飯能間を走っています。
3月24日(木)の19時43分頃、入間市駅を20153Fの下り回送列車が通過しました。26日(土) 19時50分の元加治駅では2075Fの下り回送列車が通過。
25日(金)の20時47分頃の元加治駅では、3000系の下り回送列車が通過。
なお元加治駅の下りの最初の列車は、10連の回送です。入間市駅を5時18分頃に通過します。飯能で折り返し準急 池袋ゆきとなり、練馬駅には6時14分頃にやって来ます。

2011年3月24日 19時43分頃、入間市、20153Fの下り回送列車。
2011年3月24日 19時43分頃、入間市、20153Fの下り回送列車。
左側の特急ホームは照明が消されている上、停電で周囲の商店の照明などもないため、真っ暗でした。ホームの屋根の間からは、いつもならばマンションの明かりも見えますが、この日は真っ暗でした。
停電は19時56分頃に終わりました。

飯能始発の準急の列番が4300台?
3月23日(水)に乗車した、元加治駅 5時53分発の準急 池袋ゆきの列車番号が4304レでした。池袋~飯能間の準急の列車番号は4100台なので、もしかすると勘違いかもしれませんが。
後部の運転室内の列車番号設定器(?)で見たのですが、乗務員さんが個別に設定するものではないようです。

301系が拝島線、各停 小平ゆきなど
3月27日(日)は、拝島線に1301Fが入っていました。小平14時11分発の各停 玉川上水ゆきや、萩山 15時3分の各停 拝島ゆきなどで見ました。
1311Fは新宿線で、新宿~新所沢の各停に入っていました。14時11分頃、小平駅の1・2番ホームで両者が並びました。

2011年3月27日 14時38分頃、小川、1301Fの各停 小平ゆき。
2011年3月27日 14時38分頃、小川、1301Fの各停 小平ゆき。

池袋駅と狭山ヶ丘駅、留置車両の交代
池袋駅電留線の椎名町駅方には、3月25日(金)の朝まで3011Fが留置されていました。しかし夜は2083Fの留置に変わっていました。2083Fは、27日お昼も同じ場所に止まっていました。
3月18日(金)の16時ころは、池袋駅の電留線は2本とも空いていましたが、19日(土)の9時半頃には、椎名町方の電留線に3011Fが入っていました。その後 1週間ほど、3011Fは動かなかったようです。
なお25日夜は、3011Fは小手指車両基地の中央に止まっていました。
また先週は、7番ホーム側の電留線に車両が入っているところは見ませんでした。

一方、狭山ヶ丘駅の側線は、3月19日(土)の16時半頃は空いていましたが、20日(日)の朝7時すぎは6117Fが止まっていました。そしてこちらも1週間近く、6117Fが止まっていました。26日(土)朝8時半ころも6117Fでした。
しかし26日夜19時半頃は6157Fに変わっていました。27日(日)の16時すぎも6157Fがいました。

271F+1303Fが小手指車両基地にいました
これまでメトロ10000系がいた、小手指車両基地の道路側の飯能寄りに271Fが見えました。おそらく271F+1303Fでしょう。その隣には、おそらく24日(木)朝から動いていない287F+1309Fらしき編成も止まっていました。
なお281F+285FらしきN101系2+2連は、3番線の中央・飯能よりからしばらく動いていないかもしれません。

車内広告が復活、消費者金融とポイント+3%
昨日だったか、30000系のスマイルビジョンを何気なく見ていたら、珍しく、OLのお姉さんが写っていました。消費者金融の広告でした。
車内の天井肩にも同じ会社の広告が。
車内広告にはしばらく、消費者金融から過払い金を取り戻します、という法律事務所か何かの広告が目立っていました。消費者金融のティッシュ配りが街頭から消えて久しくもあります。
しかし、大震災もありましたし、そろそろ、消費者金融が復活の時を迎えているのでしょうか?
なお空きが目立った中吊り広告ですが、西武デパートの「ポイント+3%」の広告が各車に4・5枚掲出されるようになりました。それでも2列ほどは空いているようです。
数日前に乗車した山手線も中吊り広告は少なかったです。

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2011年3月26日 (土)

11年3月26日に東急車輌から戻った西武 2091F

2011年3月26日 14時22分頃、石川町、西武 2091Fの甲種輸送列車。
2011年3月26日 14時22分頃、石川町、西武 2091Fの甲種輸送列車。

想定外の津波が原因で福島第一原子力発電所の外部電源や非常用発電機が使用不能となったということですが、3月25日の朝日新聞朝刊・科学面によると、千年ほど前に仙台平野を今回のような大津波が襲ったと、1990年には東北電力の調査で分かっていたそうです。869年の貞観(じょうかん)津波です。
2009年には、古い原発の耐震性を再検討する経済産業省の専門家会合で専門家が、今回のような大津波は過去にもあったと、強く指摘していた。とのお話も。
いくら技術を改良しても、人がそれを正しく使いこなさなければ、豚に真珠、馬の耳に念仏。人間はそれほど賢くないのも真実。戦争をなくせないんですから。


というようなことを思いつつ、2011年3月26日(土)に実施された、西武 2091Fの、東急車輌から西武・小手指車両基地への甲種鉄道車両輸送を見てきました。
「etrain.jp」で公表されていた輸送スケジュールは、逗子 13時44分発・新鶴見信号場 15時9分発=16時9分発・新秋津 16時51分着でした。3月15日(火)に予定されていた輸送です。大震災後の混乱で延期となっていました。

まずは、根岸線の石川町駅で撮影。14時22分に通過。DE11-2001の牽引でした。JR東日本のDE11形はたまに高田馬場駅を通過していきますが、JR貨物の側面スカート付きのDE11形は初めて見ました。

2011年3月26日 14時22分頃、石川町、DE11-2001+西武2091F。
2011年3月26日 14時22分頃、石川町、DE11-2001+西武2091F。

次は府中本町駅で。16時45分ころの通過でした。私は、引き上げ線からホームに入る武蔵野線の電車に被られて撮影できませんでした。

ちょっと寄り道して、新秋津駅に私が着いたのは17時40分頃。
EF65-1101と西武 263F、そして2091Fが側線に止まっていました。EF65-1101は17時55分に西船橋方へ発車していきました。

(<-飯能)263F+2091Fは所沢駅6番線に19時2分頃到着。こちらの到着も、5番ホームの下り列車の発車とかぶさり撮影できませんでした。停車位置も、5番ホームの先端に近かったです。
しばらく停車するようだったので、私は帰宅しました。

2011年3月26日 19時5分頃、所沢、6番ホームに到着した2091F+263F。
2011年3月26日 19時5分頃、所沢、6番ホームに到着した2091F+263F。

263Fは、朝8時半頃には小手指車両基地の入り口に止まっていました。


話は変わります。
下の写真は新秋津駅のJR東日本のパンフレット置き場。3月12日のダイヤ改正で南武線に快速列車運転開始のパンフレットがあります。
この快速列車、本日は運転されていませんでした。節電のためと思われます。当分、運転されることはないのでしょう。しかし池袋駅では、このパンフレット、先週あたり(節電ダイヤが始まって以降)から目にするようになった、と認識しております。
なお南武線の快速列車は4月からの運転開始と、震災前から告知されていた気もします。がしましたが、勘違いでした。鉄道雑誌等で確認しました。(26日 22時50分修正)

2011年3月26日 17時半頃、新秋津、駅構内のパンフレット置き場。
2011年3月26日 17時半頃、新秋津、駅構内のパンフレット置き場。

ところで16時半すぎの府中本町駅2・3番ホームの南端には、私を含め15名ほどが待っていました。皆さん被られてしまったわけですが、それを見て、駅員が「あいつら、2時間半も待っていたのに、バカだよな、南武線の乗客も笑っていたよ、あいつらバカだって」などと、乗客に笑って話していました。
カメラを首から下げた私が、ちょっとそれはひどいんじゃないの、と話しかけても、「あいつらバカだよなー」とのこと。「あいつらバカ」で脳味噌は一色でした。
一緒に話していた乗客(カップル or 兄妹)にも、あんたらひどいんじゃないの、と話すと、私らはバカにしていない、バカにしていたのは駅員、とのこと。駅員と一緒に笑っていると、私には見えましたが。
人心は荒廃しています。
そのため、この駅員さんもイジメられて鬱屈していたんでしょう、ヘンでした。
鉄道ファンをバカにする鉄道職員は今に始まったことではないかもしれませんが。

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2011年3月23日 (水)

11年3月23日の西武線は1241Fが豊島線に

2011年3月23日(水)は、福島第一原子力発電所からの放射性物質の影響がとうとう東京の水道水に出てしまいました(乳児だけ)が、西武線でも節電ダイヤは続いています。

豊島線に1241F
朝の豊島線 線内折り返しが1241Fでした。夜も1241Fが走っていました。

2011年3月23日 18時52分頃、練馬、左が豊島線の上りの1241F。
2011年3月23日 18時52分頃、練馬、左が豊島線の上りの1241F。
右は38109Fの各停 小手指ゆき。

狭山線、朝は2501F・夜は2503F
西所沢 6時20分発の各停 西武球場前ゆきは2501Fでしたが、夜 19時42分に西武球場前駅から西所沢駅へ到着した各停は2503Fでした。

32102F+38104Fも入った飯能発の各停 小手指ゆき
19時50分頃に小手指駅1番ホームへ到着した上り各停 小手指ゆきが(<-飯能)32102F+38104Fでした。
32102Fがしばらく運用から離脱し、38104Fの単独運用が続いていました。昨日は32102F+38105Fという異例の組成もあったわけですが、元の組成に戻ったわけです。
下の写真は入間市 20時18分頃の各停 小手指ゆきです。6109Fでした。

2011年3月23日 20時18分頃、入間市、6109Fの各停 小手指ゆき。
2011年3月23日 20時18分頃、入間市、6109Fの各停 小手指ゆき。

お昼の新宿線
お昼の12時24分に高田馬場~下落合間を通過した各停 上石神井ゆきが(<-西武新宿)2015F+2413Fでした。これまで2+6連は大抵 2連が西武新宿方でしたが、先日は(同)2029F+2401Fもありましたし、変化が生じつつあるようです。

2011年3月23日 12時24分頃、高田馬場~下落合、2015F+2413Fの各停 上石神井ゆき。
2011年3月23日 12時24分頃、高田馬場~下落合、2015F+2413Fの各停 上石神井ゆき。

前日 22日は1311Fだった、12時34分頃の各停 新所沢ゆきは、本日は(同)2509F+2525Fでした。

池袋線、朝の混雑は前日と同じ
本日も、6分遅れの7時13分に練馬駅を発車した各停 池袋ゆきに乗車しました。ギュウギュウ詰めで、池袋駅到着は7時27分でした。
18時ころの池袋駅もいつもより人の密度が濃く、非現業からの応援と思われる方々も見られました。
列車本数自体は少ないので乗務員さんは休みが多くなっているのかもしれませんが、駅員さんは大変そうです。ひどい混雑に、ラッシュ時の乗務員さんも神経を磨り減らしていることと思います。

N101系も雪に染まった夜の小手指車両基地
20時前の小手指駅では雪が降っていました。車両基地に留置されている車両はうっすらと雪化粧。N101系2+8連が建屋の横、N101系2+2連は基地中央にいました。
しかし、入間市駅では雨も雪も降っていませんでした。

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2011年3月22日 (火)

節電ダイヤの決定版(?)、11年3月22日の西武線

西武有楽町線を含む全線で運転が再開した2011年3月22日(火)の西武線です。
駅の掲示によると本日の運転ダイヤが平日はしばらく続くようです。3月19日(土)からの3連休のダイヤ(20分サイクル)が基本となっているようです。

練馬高野台~小竹向原の区間運転が始まる
所沢駅に掲示されていた時刻表によると、早朝 5時30分発の1本だけ各停 小竹向原ゆきが設定されていました。今朝は6113Fで04M運用でした。

2011年3月22日 5時30分頃、所沢、6113Fの各停 小竹向原ゆき。
2011年3月22日 5時30分頃、所沢、6113Fの各停 小竹向原ゆき。

また練馬高野台駅 6時23分発の各停 小竹向原ゆきも設定されていました。列車番号は6582レ。今朝は6114Fで、02M運用でした。

2011年3月22日 6時23分頃、練馬高野台、引き上げ線から上りホームへ入る6114Fの各停 小竹向原ゆき。
2011年3月22日 6時23分頃、練馬高野台
引き上げ線から上りホームへ入る6114Fの各停 小竹向原ゆき。

小竹向原~練馬高野台間の各停が基本 30分ごとに設定されているようです。

拝島線と豊島線・狭山線では直通運転中止が継続
今朝の豊島線は前日と同様に2503Fが単独で、線内を折り返していました。池袋直通はないようです。
狭山線も朝は(<-西武球場前)281F+285Fが入っていました。5時23分頃、西所沢駅2番ホームに停車。285Fだけ車内が明るかったです。この編成、夜は小手指車両基地の入り口に留置されていました。1241Fも近くにいたので、夜の狭山線は2501Fが入っていたかもしれません。未確認です。
拝島線も同様に、小平での打ち切りが続き、西武新宿との直通運転は中止されています。
国分寺線も、新所沢や本川越への直通は中止されていると思われます。入出庫を兼ねて1・2本設定されているかもしれませんが。

32102Fが池袋線に復帰、32102F+38105Fも
前日 3月21日の15時7分頃、(<-飯能)32102F(?)+38105Fの下り回送列車が西所沢駅3番ホームを通過しました。32102Fは見間違いかと思いましたが、今朝、所沢駅を5時53分頃に発車した準急 池袋ゆきが(<-飯能)32102F+38105Fでした。これまで、30000系の2連と8連の組み合わせは固定されており、このような組成は初めてかもしれません。

2011年3月22日 6時49分頃、練馬、右が32102F+38105Fの準急 小手指ゆき。
2011年3月22日 6時49分頃、練馬、右が32102F+38105Fの準急 小手指ゆき。

32102Fとこれまでコンビを組んでいた38104Fは今朝は単独で、所沢駅 5時37分発の各停でした。
なお夜は、38105Fが単独運用となり、所沢駅19時19分発の各停でした。32102Fや38104F・32103Fは未確認です。

2011年3月22日 19時19分頃、所沢、発車した38105Fの各停 池袋ゆき。
2011年3月22日 19時19分頃、所沢、発車した38105Fの各停 池袋ゆき。

飯能発・小手指ゆきの各停が夜に4本
元加治駅に掲示されていた時刻表によると、19時13分から20時13分まで20分ごとに各停 小手指ゆきが設定されていました。19時53分発は9107Fでした。20時13分についても下の写真のように10連です。

2011年3月22日 20時前、元加治、上りホームの発車案内。
2011年3月22日 20時前、元加治、上りホームの発車案内。

早朝の池袋線 運転状況
各駅に時刻表も掲示され、それなりの運転本数も確保された池袋線を、6時半頃から練馬駅で見ていました。
7時に近くなると混雑は激しくなり、6時57分発と表示されていた各停 池袋ゆきが到着したのは7時3分でした。発車したのは7時6分と9分遅れ。その前の準急 池袋ゆきは6時56分に発車しましたが、6時52分発が所定でした。
練馬駅を6分遅れの7時13分に発車した各停は、乗車率 200%を越えていたでしょうか、ギュウギュウ詰めでした。池袋駅に7時26分に到着。
その直後、池袋駅7番ホームへ7時27分に到着した準急(32101F+38103F)もかなりの混雑で、ホームで倒れた乗客もいたようでした。

N101系
新宿線では1311Fの各停運用を見ました。高田馬場 12時33分発の各停 新所沢ゆきと、東村山 19時2分発の各停 新所沢ゆき(乗客同士のトラブルということで9分ほどの遅れ)でした。
池袋線では、N101系の営業運転は見かけませんでした。

夜の小平駅は暗く、東村山駅は明るかったです
19時前の小平駅は薄暗かったです。蛍光灯が一つおきに消えていました。一方、エスカレーターは動いていました。
その後に降りた東村山駅ホームは、真昼のような明るさでした。蛍光灯がすべて点いていました。その代わりかどうか、エスカレーターは使用禁止となっていました。


本日、高田馬場のコンビニに菓子パンは潤沢にありました。
スーパーには行きませんでしたが、先週はまったく見かけなかった450g入りのヨーグルトが早く復活してほしいと思います。リーマンショック前(?)は500g入りだった商品です。
本当の被災地に比べたら贅沢を言っているのでしょうが、...、この程度で贅沢となってしまう現状を思うにつけ、東京は、そして今の日本は災害に弱いんでしょうね。

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2011年3月21日 (月)

11年3月21日の西武線、節電ダイヤでN101系が頑張っていました

ようやく所沢のスーパーで菓子パンが買えて感動した、2011年3月21日(月・休日)の西武線です。
東京電力の計画停電のため夕方は小手指以遠の運転が一時休止と朝はアナウンスされていましたが、計画停電が中止となったため終日 全線で運転されています。

池袋線のN101系10連が運用入り
池袋線で(<-飯能)271F+1303FのN101系10連が終日 走っていました。

2011年3月21日 14時45分頃、所沢、発車した271F+1303Fの準急 池袋ゆき。
2011年3月21日 14時45分頃、所沢、発車した271F+1303Fの準急 池袋ゆき。
節電のためホームの照明がありませんでした。暗かったです。
池袋駅でも、JRや東京地下鉄は地下通路の照明を落としているので薄暗いです。ヨーロッパではあまり珍しくない風景です。

目撃したのは、西所沢駅7時42分の準急 池袋ゆき、練馬駅 10時30分の準急 池袋ゆき、所沢駅 14時45分の準急 池袋ゆき、仏子~元加治間 16時44分の上り列車。

一方、前日 20日午後は小手指車両基地の2番線・もっとも飯能よりに止まっていた(<-飯能)287F+1309Fは、21日朝は道路側のもっとも飯能よりに移動していました。15時半頃は同じ場所にいましたが、287Fと1309Fが分離しているように見えました。

狭山線に281F+285F
西所沢駅 7時58分発の各停 西武球場前ゆきは1241Fでした。前日と変わらず。
発車後の2番ホームの発車案内は、8時24分発・44分発ともに4両3ドアと表示していたので車両交換はないと判断し西所沢駅を離れたのですが、午後の狭山線にいたのは(<-西武球場前)281F+285Fでした。

2011年3月21日 15時20分頃、西所沢、到着する285F+281Fの各停 西所沢ゆき。
2011年3月21日 15時20分頃、西所沢、到着する285F+281Fの各停 西所沢ゆき。

281F+285Fは、前日 20日15時すぎは小手指車基の道路側の飯能よりに止まっていました。本日朝7時前は同車基の入り口に留置されていたので、怪しい、とは思ったのですが、2501Fもいたので油断しました。

豊島線は2503F、行き先・種別表示も
練馬駅を9時29分に発車した豊島園ゆきの各停は2503Fでした。前日までの2501Fと異なり、行き先・種別表示も正しく掲出されていました。

2011年3月21日 10時18分頃、練馬、豊島園から到着する2501Fの各停。
2011年3月21日 10時18分頃、練馬、豊島園から到着する2501Fの各停。
「各停 練馬」表示は新鮮でした。

練馬駅2番ホーム柱の「4両編成最◯部」の掲示は紙で隠されていました。
ところで練馬駅のホームに上がる階段の部分の、ホーム屋根から雨漏りがしていました。地震の影響なのか、雨の日はいつもこうなのかは不明です。

新宿線の準急、すべて10連化?
3月19日(土)は2095Fだった、高田馬場駅12時23分着の準急 西武新宿ゆきや東伏見 13時10分の準急 本川越ゆきが、20日(日)は6101Fで、21日(月・休日)は20102Fでした。
同様に所沢 14時49分着の準急 本川越ゆきは、19日は38106Fでした(乗客トラブルで遅れのため実際は東村山 14時55分)。しかし21日は20108Fでした。
ということで、19日は一部が8連だった西武新宿~本川越間を直通する準急はすべて10連となったたのかもしれません。

2011年3月21日 14時9分頃、所沢、2019F+2513Fの準急 本川越ゆき。
2011年3月21日 14時9分頃、所沢、2019F+2513Fの準急 本川越ゆき。
組成順序が6+4連となっており、多くはないパターンでした。

新宿線の301系2本は各停、3000系が拝島線に
午後、新宿線の1301Fと1311Fはともに、西武新宿~新所沢間の各停運用に入っていました。
また小川駅を13時18分に発車した拝島線の各停 小平ゆきが3009Fでした。節電ダイヤで小平が終着となっている拝島線の列車ですが、3000系は初めてでした。

多摩湖線と国分寺線・西武園線
お昼の13時6分頃に萩山駅で交換した多摩湖線の列車は、国分寺ゆきが1261Fで、西武遊園地ゆきが1257Fでした。
国分寺線は、東村山駅 13時23分着が2025F、13時44分着が3007Fでした。
西武園線は2509F。3月19日(土)の午後は2521F、3月20日(日)午後は2509Fでした。20分ごとの運転です。

2011年3月21日 13時6分頃、萩山、西武遊園地から到着する1261Fの国分寺ゆき。
2011年3月21日 13時6分頃、萩山、西武遊園地から到着する1261Fの国分寺ゆき。
電留線のN2000系4連2本は前日から動いていないことでしょう。

4ドア車を3ドア車と誤表示
西所沢駅 7時49分の各停 池袋ゆきを、4番ホームの発車案内表示器は3ドアと表示していました。実際に来たのは4ドア車の20152Fでした。
たまにはこういうこともあります。

メトロ副都心線・池袋駅、改札口を一つ閉鎖
東京地下鉄は副都心線・池袋駅の改札口のうち、和光市寄りの一ヶ所を閉鎖しています。
人員不足のため閉鎖と掲示されていました。

感想
保存料が入っているとは言っても菓子パンの保存期間はたかが知れていますし、買いだめ疲れも出てきたことと思いますが、冷静な買い物をお願いしたいと思います。
カップ麺についても同様。

二酸化炭素の排出ゼロは原子力発電のメリットですが、電力会社にとって最大の魅力は、発電価格費用が安いことです。(4月5日 22時5分修正)
今回の福島第一原子力発電所のトラブルを機に、安全対策や事故補償準備などにお金をかけて、原子力発電を高コスト体質に変えていくことが必要だと思います。
原子力発電には当然、使用済み核燃料の処理・保存も含みます。

駅や電車内の照明を消して節電しても、N101系を大活躍させては努力は帳消しではないかと思いますが、電力が復旧しても、照明(電気)はこまめに消したいものです。

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2011年3月20日 (日)

11年3月19・20日の西武新宿線も節電ダイヤ、おまけでDE11

2011年3月19日(土)・20日(日)の西武新宿線です。こちらも節電のための特別ダイヤです。

新宿線、基本は20分サイクル
日中の新宿線は20分サイクルで、西武新宿~本川越直通の準急と、新所沢止まり・上石神井止まりの各停が1本ずつ走っていました。
準急は10連が基本ですが、19日は8連も走っていました。2本を目撃。そのうち1本は20日は10連でした(別の1本は21日に10連を確認)。(21日 20時25分追記)

2011年3月19日 15時2分頃、東村山、2451F+2013Fの各停 新所沢ゆき。
2011年3月19日 15時2分頃、東村山、2451F+2013Fの各停 新所沢ゆき。

3月19日(土)午後は1301Fと1311Fが新所沢止まりの各停運用に入っていました。
20日(日)は1301Fを上り各停で目撃。

拝島線、20分サイクルで玉川上水止まりと拝島止まり
拝島線も20分サイクルで、小平~玉川上水間と小平~拝島間の各停が交互に走っていました。

2011年3月19日 13時43分頃、小平、1番ホームへ引き上げ線から入る2059Fの各停 玉川上水ゆき。
2011年3月19日 13時43分頃、小平
1番ホームへ引き上げ線から入る2059Fの各停 玉川上水ゆき。
2011年3月19日 14時14分、小平、2401F+2029Fの各停 拝島ゆきが引き上げ線から1番ホームへ。
2011年3月19日 14時14分、小平
2401F+2029Fの各停 拝島ゆきが引き上げ線から1番ホームへ。

多摩湖線、国分寺~西武遊園地間直通が20分ごと
多摩湖線は国分寺~西武遊園地間をワンマン車のN101系4連が直通していました。運転間隔は20分。萩山駅で交換します。
萩山駅に掲示されていた時刻表によると、朝夕は国分寺~萩山間の区間運転がプラスされます。
3月20日(日)の日中は1247Fと1261Fが走っていました。
萩山駅の電留線にはN2000系4連が2本留置されていました。小平~西武遊園地間を走っていた車両でしょうか。

2011年3月20日 12時25分頃、萩山、西武遊園地から到着する1247Fの国分寺ゆき。
2011年3月20日 12時25分頃、萩山、西武遊園地から到着する1247Fの国分寺ゆき。
左端に、電留線に留置されるN2000系4連2本が見えます。
なおこの1247F国分寺ゆきと萩山駅で交換する西武遊園地ゆきは少し遅れていたので、到着を待たずに1247Fは発車しました。国分寺方で、1247Fと1261Fの並びが見られたことでしょう。

国分寺線も20分間隔
国分寺線も20分間隔での運転でした。3月19日午後は3005Fと2045F、20日午後は2025Fと2045Fが走っていました。小川駅で上下列車の交換はなかったので、鷹の台駅で交換しているようです。

2011年3月20日 13時31分、東村山、2045Fの各停 国分寺ゆき。
2011年3月20日 13時31分、東村山、2045Fの各停 国分寺ゆき。

西武園線も20分間隔
西武園線も20分間隔です。いつものように4連が折り返し。東村山駅では国分寺線の列車と並びます。
(3月21日 20時25分追記)

おまけ、高田馬場駅を11時22分頃にDE11の南行・単機回送
3月19日(土)の11時22分頃、目白駅の山手貨物線をDE11-1029の単機回送が通過しました。南行でした。

2011年3月19日 11時22分頃、目白、DE11-1029の南行の単機回送。
2011年3月19日 11時22分頃、目白、DE11-1029の南行の単機回送。

20日(日)は、11時すぎに北行のコンテナ貨物列車も通過していました。
少しずつ、こちらも復興が進んでいるようです。
ところで、大地震前日の3月10日に成田線であったコキ200形の脱線事故が気になります。

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11年3月19日・20日の西武池袋線は節電のため間引き運転

2011年3月19日(土)と20日(日)の西武池袋線です。節電のため間引き運転でした。二日とも同じダイヤと思われます。

池袋~飯能間、基本は20分サイクル
池袋線・池袋~飯能間は20分サイクル。特急と地下鉄直通はなしです。
池袋~飯能間を直通する準急(10連)の間に池袋~小手指間と池袋~保谷間の各停が1本ずつ走るパターンでした。
練馬駅のホームに掲示されていた時刻表では、30分ごとの練馬高野台どまり各停が記されていましたが、実際は走っていませんでした。
準急は6000系や9000系・30000系が充当されていました。
朝夕の混雑時は、運転サイクルが10分ごとになったり、小手指止まりの準急があったりします。

110320kazi
2011年3月19日 6時42分頃、元加治、6112Fの準急 池袋ゆき。
久しぶりに元加治駅に10連の列車がやって来たので、復興を感じましたが、平日になったらまた8連ばかりに戻るのかもしれません。
ちなみにこの列車は女性運転士さんでした。それとは無関係ですが、クハ6112の床下からはたまに、変な音が出ていました。

豊島線は、20分ごとに4連が線内折り返しのみ
豊島線は終日 20分サイクルで、4連1本が線内折り返しでした(早朝・深夜はまた別の動きがあるかもしれませんが)。
3月19日(土)・20日(日)ともに2501Fが充当されていました。行き先・種別表示は前面・側面ともに白幕のまま。

2011年3月19日 9時38分頃、練馬、豊島園から到着する2501Fの各停 練馬ゆき。
2011年3月19日 9時38分頃、練馬
豊島園から到着する2501Fの各停 練馬ゆき。

練馬駅は、ホーム柱の「4両編成最前部」・「4両編成最後部」掲示は残っています。しかし線路内の、4連用の停車位置目標は撤去されており、8連の位置に頭を揃えて停車していました。大きな掲示とはズレています。

2011年3月19日 10時26分頃、練馬、2501Fの各停 豊島園ゆき。
2011年3月19日 10時26分頃、練馬、2501Fの各停 豊島園ゆき。
「4両編成最後部」より前に停車した2501Fです。

狭山線も、20分ごとに4連1本が線内折り返し
狭山線も20分サイクルで、4連1本が線内折り返しです。3月19日(土)は(<-西武球場前)2457F+2455F、20日(日)は1241Fでした。
西所沢駅に掲示の時刻表によると、8時台は2本だけで、7時58分発から8時24分発まで間隔が開いています。この時に車両の入れ替えがあるのかどうか?

2011年3月19日 16時20分頃、西所沢、西武球場前から到着した2457Fほか。
2011年3月19日 16時20分頃、西所沢、西武球場前から到着した2457Fほか。
減便したせいかもしれませんが、乗客はそれなりに多かったです。
2011年3月20日 14時45分頃、西所沢、発車を待つ1241Fの西武球場前ゆき。
2011年3月20日 14時45分頃、西所沢、発車を待つ1241Fの西武球場前ゆき。

秩父線は4000系4連が40分ごと?
3月20日(日)午後に飯能駅へ行くと、2・3番ホームは先発が回送、次発が15時55分発の各停 西武秩父ゆきとなっていました。
15時40分頃に駅に戻ると、4015Fが2・3番ホームに到着していました。15時42分に下り方へ回送で発車して行きました。
そして15時50分に4011Fの上り回送が2・3番ホームへ到着し、折り返し各停 西武秩父ゆきで15時55分に発車して行きました。

2011年3月20日 15時50分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ4011F。
2011年3月20日 15時50分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ4011F。
2011年3月20日 15時55分頃、飯能、発車した4011Fの各停 西武秩父ゆき。
2011年3月20日 15時55分頃、飯能、発車した4011Fの各停 西武秩父ゆき。

4011F発車後の2・3番ホームの発車案内は、16時35分発と17時13分発の各停 西武秩父ゆき4両2ドアでした。
飯能~西武秩父間は4000系4連が40分ごとの運転でしょうか。

駅での滞泊など
池袋駅の電留線は、椎名町方に3011Fが止まっています。3月19日(土)の午前8時前と11時、そして20日(日)の午前8時すぎなど。7番ホーム方は空でした。
保谷駅の電留線は空。早朝・深夜は埋まっているのでしょう。
清瀬駅は、19日午前7時すぎは4番ホームに6158Fだけ、20日午前7時半頃はなしだったと思います。なお6158Fは、20日は運用入りし、7時半頃に秋津~清瀬間ですれ違いました。準急 飯能ゆきでした。
所沢駅は、19日午前7時すぎは9104F、16時ころは空いていました。20日午前7時半頃と14時半ころも空でした。なお9104Fは、19日16時27分頃の小手指駅1番ホームに、同駅始発の準急 池袋ゆきで止まっていました。
狭山ヶ丘駅側線は、19日16時半頃は空でしたが、20日午前7時すぎと15時すぎは6117Fが止まっていました。
飯能駅の5番ホーム(特急ホーム)には10111Fが留置されていました。白幕で、パンタグラフもたたまれていました。
小手指車両基地にはメトロ10000系(10連)が1本、留置されています。19日の朝以来、20日15時すぎも、飯能方に6000系にはさまれて止まっていました。(<-飯能)287F+1309Fも2番線の飯能よりに留置が続いています。

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2011年3月19日 (土)

少しずつ改善、11年3月18日の西武線 特別ダイヤ

今 話題の東京電力 福島第一原子力発電所の3号機は、プルサーマル発電を実施していたそうです。核燃料は最新型のプルトニウム=ウラン混合酸化物(MOX)です。あまりマスコミでは伝えられていない事実かと。
自衛隊や消防の皆さんのご努力で大惨事には至らないことを期待しております。

3月18日朝の池袋線の運転状況
2011年3月18日(金)の朝6時ころの元加治駅は、15分間に2本のペースで8連の各停 池袋ゆきが設定されていました。下りの各停 飯能ゆきも同じペース。

2011年3月18日 6時7分ころ、元加治、2089Fの各停 池袋ゆき。
2011年3月18日 6時7分ころ、元加治、2089Fの各停 池袋ゆき。
2011年3月18日 6時14分ころ、元加治、2085Fの各停 池袋ゆき。
2011年3月18日 6時14分ころ、元加治、2085Fの各停 池袋ゆき。

乗車したのは、元加治駅 6時15分発の各停 池袋ゆき。2085Fでした。6時1分に各停 飯能ゆきで元加治駅を去って行った編成。
狭山ヶ丘駅で空席はなくなり、所沢駅で一気に乗客が増え乗車率は200%近くに見えました。
保谷駅からは乗車できない(しない)人がホームに残り、大泉学園駅では尻押も発生。7時9分に到着した練馬駅で下車しました。
この間、すれ違う列車は8連ばかりで、行き先が確認できた列車はすべて飯能ゆきでした。

途中、狭山ヶ丘駅側線は空いていました。14日(月)午後から狭山ヶ丘駅側線に止まっていた6115Fは17日(木)夜には消えていました。
小手指車両基地の入り口付近には(<-池袋)1241F+285F+281Fらしき編成が見えました。
所沢駅の電留線には9104Fと2083Fがいました。
清瀬駅4番ホームには6158Fが留置されていました。16日(水)朝もいました。19日(土)朝も。引き上げ線には20151Fが止まっていました。

練馬駅で30分ほど観察。
7時16分発、38104Fの各停 保谷ゆき。
7時17分、2079Fの各停 池袋ゆき。
7時18分発、2097Fの各停 飯能ゆき。
7時21分発、20158Fの各停 池袋ゆき。
7時23分着、38109Fの各停 豊島園ゆき。
7時25分発、20152Fの各停 池袋ゆき。
7時32分発、2089Fの各停 飯能ゆき。
7時35分、2069Fの各停 池袋ゆき。
7時38分着、38109Fの各停 池袋ゆき(豊島園発)。
そして7時37分発の各停 飯能ゆき(2085F)に乗車しました。

2011年3月18日 7時32分頃、練馬、2089Fの各停 飯能ゆき。
2011年3月18日 7時32分頃、練馬、2089Fの各停 飯能ゆき。

飯能方からの上りの各停は、練馬駅では7時25分から7時35分まで10分ほど開いていましたが、その後は続行していました。中村橋駅で7時39分発の38109Fの各停 池袋ゆき、そのすぐ後ろに2083F(所沢駅の電留線にいました)の各停 池袋ゆき、7時41分の富士見台駅に2075Fの各停 池袋ゆきと、3本が続行。
清瀬駅引き上げ線にいた20151Fは、8時4分 東久留米駅発の各停 池袋ゆきとなっていました。

午前中は自宅が停電・電車は正常、自宅の停電が終わっても電車は動かず
午前中は所用があり自宅にいました。9時20分頃に停電(東電の計画停電)となりましたが、池袋線は正常に運行していました。
11時1分頃には、10000系の下り列車が仏子~元加治間を通過。
停電も終わったし、ということで出かけようと元加治駅へ行ったら、電車は14時前まで運休でした。

2011年3月18日 12時30分頃、元加治、一時運休で通行止めの改札口。
2011年3月18日 12時30分頃、元加治、一時運休で通行止めの改札口。

運転再開、18日午後の池袋線
小手指~飯能間の運転再開後 初の元加治駅の上り列車は、13時53分発(所定 13時52分発)の各停 池袋ゆきでした。20153F。
架線電圧計を見ていたら、入間市駅停車中は1.5kVで、発車直後は1.3kVほどにまで低下しました。すぐ横に変電所がある区間。いつもはもう少し高い電圧な気がします。
所沢~秋津間を走行中の14時17分、6117Fの下り回送列車とすれ違いました。

2011年3月18日 14時30分ころ、秋津、3015Fの各停 飯能ゆき。
2011年3月18日 14時30分ころ、秋津、3015Fの各停 飯能ゆき。

秋津駅で下車し、しばらく観察。
14時22分、2085Fの各停 小手指ゆき。
14時30分、3015Fの各停 飯能ゆき。
14時38分、2097Fの各停 小手指ゆき。
14位46分、3001Fの各停 飯能ゆき。
15分サイクルに、飯能ゆきと小手指ゆきが1本ずつでした。

この後 池袋まで行きましたが、38109Fは池袋~豊島園間を一人 往復していました。

3月18日夕方の新宿線
3月18日(金) 夕方の新宿線は計画停電のため、18時半頃まで新所沢~本川越間が運休でした。西武新宿~新所沢間の8連 各停が6分ごと、小平~拝島間は8連の各停が12分ごと、国分寺線も12分ごと(いつもの6連)でした。多摩湖線は国分寺~西武遊園地間を直通運転していたようです。
新宿線の各停には1301Fが入っていました。小平 16時56分発の各停。また本川越まで運転再開の初列車(所沢 18時29分)も1301Fでした。

2011年3月18日 17時5分頃、小平、到着した2539F+2513Fの各停 小平ゆき。
2011年3月18日 17時5分頃、小平、到着した2539F+2513Fの各停 小平ゆき。
駅は心なしか閑散とした雰囲気でした。

小平~拝島間の各停は、20157F、2007F、(<-西武新宿)2539F+2513F、2001F、38108Fの5本が入っていました。
小平駅では、上りは 3番ホームに到着、引き上げ線で折り返し、1番ホームから発車。この間 10分ほどです。

2011年3月18日 17時38分頃、小平、引き上げ線から1番ホームへ入る各停 拝島ゆきの38108F。。
2011年3月18日 17時38分頃、小平、各停 拝島ゆきの38108F。。
引き上げ線から1番ホームへ入るところです。

3月18日夜の池袋線
池袋~小手指間に10連の準急が運転されていました。池袋駅の発車案内によると、17時0分発が最初で、17時16分発・31分発となっていました。
所沢駅 18時30分の準急 小手指ゆきは6106F、清瀬駅 18時42分の準急 池袋ゆきや同駅 19時43分の準急 小手指ゆきは9106F、所沢駅 18時25分発や秋津駅 19時45分の準急 池袋ゆきは9105Fでした。
池袋~飯能系統は夜間(20時ころ)も8連の各停だけが15分ごとに運転されていました。
狭山線は、2503Fが30分ごとに折り返し。西所沢 20時7分発など。

前日17日(木)は寒さが厳しく、大規模停電の怖れがあると早めの帰宅を政府が促したりもしていました。池袋駅のあの大行列もそのせいかと思ったりもしたのですが、そうでなくとも、8連だけではやはり厳しい輸送量なのでしょう。

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停電で特別ダイヤの11年3月15日~3月17日の西武線

下の写真は2011年3月17日(木)19時15分頃のJR池袋駅 地下1階の南通路です。大勢の人が並んでいますが、すべて西武池袋線の乗客です。西武・池袋駅地下1階の改札口から、JRの線路の下を通ってぐるっと、行列が続いていました。

2011年3月17日 19時15分頃、JR池袋駅南通路、西武の乗客
2011年3月17日 19時15分頃、JR池袋駅南通路、西武の乗客
右端の緑色は、JRの券売機です。
警官も出てロープを張り、行列を整理していました。

3月14日(月)の夕方は、こんなに沢山の方々が練馬高野台駅へ電車で送り込まれたのだとしたら、練馬高野台駅がパンクして当然。乗客がホームから線路に降りて石神井公園駅へ歩いてくれて一番 助かったのは実は、西武鉄道だったのでは、と勘ぐりたくなるような混雑でした。
西武鉄道では池袋駅南口の改札口は閉鎖していました。地上1階の改札口前も大勢の人たちが、整然と、並んで入場を待っていました。
18時ころには地下1階改札口前に行列ができていました。500人ほどが並んでいたかもしれません。
20時半には行列もほとんど消え、20時半頃は並ぶことなく駅へ入れました。

また20時すぎのJR山手線・埼京線や東武東上線の状況も見ましたが、西武ほどには込んでいませんでした。山手線には空席も。
東武東上線はこの時間帯 志木までの運転だったので、川越市以遠に行く乗客も多いであろう東上線を諦めた人たちが多かったのかもしれません。

ご提案
来週の平日朝の運転がどうなるか不明ですが。
各停が飯能~池袋間を往復していても、混雑のため、都区内からの乗車はそもそもかなり困難です。各停では10連も使えません。しかし、混雑の平準化の観点からは、すべて飯能始発は利にかなっています。
そこで、飯能始発を各停ではなく、準急ないし区間準急とし10連を投入してはいかがでしょうか?
区間準急を東長崎駅に停車させるというオプションも可能と思います。
都区内ならば駅間距離は短く、20分も余計に歩けば隣の駅から乗車できます。

一方 夕方は、所沢駅で系統分割します。
池袋方は8連の各停、または10連の準急ないし区間準急で統一します。所沢駅では、下りは4番ホーム着、上りは3番ホーム発とし、電留線で折り返します。
飯能方は、所沢~飯能間の各停を10連で運転します。所沢駅は5番ホーム着発とします。

2011年3月17日 6時42分頃、池袋~椎名町、2077Fの各停 飯能ゆき。
2011年3月17日 6時42分頃、池袋~椎名町、2077Fの各停 飯能ゆき。

運転本数は通常の4割というお話もありますが、8連だけの運転ですから、輸送力は実質 3割強に落ちているのが現状です。

3月16日早朝の池袋線運転状況
3月16日(水)朝は電車が動きましたので出勤しました。
元加治駅を5時24分に発車した各停 池袋ゆき(7004レ)は2069F。池袋駅5・6晩ホームへ6時23分に到着しました。所沢駅で満員となり、中村橋駅辺りからは乗車できる人はいないと思われるような超満員となりました。
池袋駅到着後、しばらく観察。電留線は空でした。
2069Fの各停 飯能ゆきは6時29分発。
38109Fの上り各停(おそらく豊島園始発)が1・2晩ホームへ6時25分に到着。折り返し豊島園ゆきで6時31分発。
3015Fの上り各停が5・6番ホームへ6時30分発。折り返し各停 飯能ゆきが6時35分発。
2083Fの上り各停が5・6番ホームへ6時41分着。折り返し各停 飯能ゆきが6時45分発。
20151Fの上り各停が5・6番ホームへ6時52分着。折り返し各停 飯能ゆきが6時56分発。
2079Fの上り各停が5・6番ホームへ7時5分着。折り返し各停 飯能ゆきが7時9分発。
3003Fの上り各停が3・4晩ホームへ7時17分着。折り返し各停 飯能ゆきが7時22分発(ホームの発車案内は7時5分発と表示していました)。
38109Fの上り各停が1・2番ホームへ7時24分着。折り返し各停 豊島園ゆきが7時26分発。
(<-飯能)281F+285F+1241Fの上り各停が5・6番ホームへ7時33分着。折り返し各停 飯能ゆきが7時35分発(発車案内は7時12分発と表示)。
38107Fの上り各停は5・6番ホームへ7時38分着。

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2011年3月16日 7時33分頃、池袋、到着した281Fほかの各停 池袋ゆき。
281F+285F+1241Fは5時39分頃、小手指駅3番ホームに「回送」表示で止まっていました。
下り列車も減ったので、多くの乗客が待っていました。

3月17日(木)早朝の池袋線運転状況
3月17日(木)は6時半頃から1時間ほど、池袋~椎名町間の踏切で観察。
前日と同様に38109Fが池袋~豊島園間の各停を担当していました。それ以外は池袋~飯能間の各停となっていたようで、5~10分おきに各停 池袋ゆきとその折り返しの各停 飯能ゆきが通過していきました。ただし7時19分頃の38104Fの下り列車は保谷ゆきでした。16日朝はなかった列車。
(<-飯能)281F+285F+1241Fは前日と同じ運用に入っていた感じで、7時23分頃に各停 池袋ゆき、7時32分頃に各停 飯能ゆきで私の前を通過しました。

2011年3月17日 7時23分頃、1241F+285F+281Fの各停 池袋ゆき。
2011年3月17日 7時23分頃、1241F+285F+281Fの各停 池袋ゆき。

前日よりは運転本数は多かったようです。遅れが小さかった、ということだと思います。

3月17日お昼の新宿線運転状況
12時10分頃から40分頃まで、高田馬場駅近くで新宿線を見ました。西武新宿~新所沢間を8連の各停が約6分おきに運転されていたようです。

2011年3月17日 12時27分頃、高田馬場~下落合、2419F+2033Fの各停 新所沢ゆき。
2011年3月17日 12時27分頃、高田馬場~下落合、2419F+2033Fの各停 新所沢ゆき。

3月17日夜の池袋線運転状況
冒頭の写真を撮影した後で、池袋駅の外から運転状況を観察しました。
19時28分、2071Fの各停 小手指ゆきが5・6番ホームから発車。
19時35分、20153Fの上り各停が7番ホームへ到着。折り返しは各停 小手指ゆきで19時46分発。
19時37分、38109Fの上り各停が1・2番ホームへ到着。折り返しは各停 豊島園ゆきで19時41分発。比較的 空いていました。3月16日朝から18日午後まで、池袋~豊島園間の各停は38109Fが専用で充当されていたようです。
19時37分、2073Fの各停 小手指ゆきが3・4番ホームから発車。
19時45分、2063Fの上り各停が5・6番ホームへ到着。折り返しは各停 小手指ゆきで19時51分発。
19時48分、3001Fの上り各停が3・4番ホームへ到着。折り返しは各停 小手指ゆきで19時58分発。
19時56分、2077Fの上り各停が7番ホームへ到着。
20時1分、20151Fの上り各停が5・6番ホームへ到着。

飯能以遠への運転再開後の初列車は、3003Fの各停 飯能ゆきでした。5・6番ホームから20時36分発。
次の各停は(<飯能)281F+285F+1241Fの各停 小手指ゆきでした。
私は2087Fの、再開後 2番目の各停 飯能ゆきに乗車しました。7番ホームから20時53分発。発車時の乗車率は100%ほどでした。元加治駅への到着は21時53分頃。

2011年3月17日 20時37分頃、池袋、281Fほかの各停 小手指ゆき。
2011年3月17日 20時37分頃、池袋、281Fほかの各停 小手指ゆき。
小手指到着後はすぐに各停 池袋ゆきで折り返していました。21時36分、西所沢駅で各停 池袋ゆきのこの編成とすれ違いました。

3月15日、元加治駅に乗車可能な列車はなし
3月15日(火)は一日中、元加治駅から乗車可能な列車は来ませんでした。西武鉄道は当初、池袋線は練馬高野台駅までの運転と告知していましたが、午後には小手指駅までに延長しました。しかし、飯能駅まで延長することはありませんでした。
この日に元加治駅界隈で見かけた電車は4本だけ。5時19分にN2000系8連の上り回送(駅に停車)、5時28分に2071Fの下り回送、6時36分頃にN2000系の下り回送、21時34分に上り列車がありました。
また私の自宅を含む元加治界隈は18時25分頃から20時40分頃まで停電しました。池袋線の信号機も消灯していました。しばらく自宅の暗闇で目をならしてから駅まで歩きました。肉眼ではそれなり見えましたが、ISO1600に設定したデジカメで撮って回りましたが、露出補正しても画像は真っ黒なまま。まだまだ、真っ暗闇では人間の方がデジカメより優秀なようです。

2011年3月15日 20時10分頃、元加治駅前
2011年3月15日 20時10分頃、元加治駅前
懐中電灯で駅舎正面の駅名標を照らして撮影しました。

中吊り広告、車端の2列を撤去の模様
3月17日(木)の夜に気付きましたが、車内の中吊り広告のうち車端の2列(計4列)が撤去されていました。
広告が減っているか、節電対策で日中に車内を消灯するための対策なのだと思います。

2011年3月17日夜、クハ2088の車内、中吊り広告が2列分ありません。
2011年3月17日夜、クハ2088の車内、中吊り広告が2列分ありません。

池袋~飯能間の臨時列車、小手指駅で列車番号変更
普段は見られない池袋~飯能間の各停が大量に走りました。
運転室内の列車番号設定器(?)を見ていると、同じ列車が、小手指~飯能間は列車番号が7000番台ですが、池袋~小手指間は5000番台と、小手指駅で変わっていました。
例えば、18日朝に西所沢駅から乗車した2079Fの各停 飯能ゆき(西所沢 8時15分発)は、西所沢発車時点は5143レでしたが、小手指発車時点で7039レに変わりました。

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2011年3月15日 (火)

11年3月15日、大人の対応をお願いします、西武鉄道株式会社様

2011年3月15日(火)は、西武鉄道は池袋~練馬高野台間の限定運行を堅持する方針のようです。
毎日新聞の記事によると、練馬高野台駅で前日 19時に乗客数百人がホームから線路内に降りて隣の石神井公園駅まで歩いたそうです。西武鉄道は15日以降の運行を都内3区間の運行にとどめ、計画停電を東京電力が実施しない場合も運転区間を拡大しない、とのこと。「大変危険な行為」と西武鉄道は話しているそうです。

2011年3月15日 5時20分頃、元加治駅、封鎖された改札口。
2011年3月15日 5時20分頃、元加治駅、封鎖された改札口。

混乱の原因をすべて乗客に負わせるこの措置は、異常です。
記事を鵜呑みすると、未来永劫、元加治駅に電車は来ませんし。
地震でも市民は落ち着いていると賞賛する外国人もいるといった新聞記事もありましたが、これでは台無しです。

練馬高野台駅から石神井公園駅の間は線路沿いに道があるので、細い道で分かりにくいかもしれませんが、無理して線路内を歩くほどのことはないと思います。きちんと案内すれば混乱は生じないはず。どこか別の駅で齟齬があったか?
入間市駅~稲荷山公園駅間は線路内を歩くメリットは大きいですが、逆に言うと、大局的に見れば線路が遠回りしているわけです。

14日夜の仏子~元加治間の運行状況
3月14日(月)夜の、仏子~元加治間の運行状況は次のとおり。抜けがあったらごめんなさい。
22時22分、下り列車。徐行でした。私が初めて気づいたこの晩の最初の列車。
22時43分、下り。
22時50分頃、上り。
22時54分、下り。
23時5分、下り。
23時6分、上り。
後は不明です。

15日朝の元加治駅
3月15日(火)早朝の西武池袋線・元加治駅の様子です。
N2000系8連の上り回送列車が5時19分頃に到着。停車し、上り方へ発車。
2071Fの下り回送列車が5時28分に到着。車掌室から3名乗車し、発車。この後 ホームの照明が落とされました。
そして6時36分、N2000系の下り回送列車(?)が仏子~元加治間を通過しました。

2011年3月15日 5時28分頃、元加治、2071Fの下り回送列車と後部運転台から乗り込む3名。
2011年3月15日 5時28分頃、元加治
2071Fの下り回送列車と後部運転台から乗り込む3名。

元加治駅の駅員は3名いました。
練馬高野台駅の事件は教えてくれませんでした。私もその時点では知らなかったので、4月末の計画停電までこの状態で、5月1日から平常運行に戻るのか尋ねましたが、お答えはなしでした。

感想
西武鉄道のウェッブサイトの文面「降車された数百人規模のお客様の線路内歩行を発生させてしまった事実があり」に練馬高野台駅の事件が伺われます。
「発生させてしまった」わけですから、発生させないような対策をきちんと実施し、運行を再開していただきたいと思います。

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2011年3月14日 (月)

計画停電で特別ダイヤだった11年3月14日の西武池袋線

2011年3月14日(月)は東京電力の計画停電のため、西武池袋線は池袋~練馬高野台間だけの運転とアナウンスされていましたが、15時すぎまで、池袋~飯能間は運転されていました。
夕方の練馬高野台または小手指以遠の運転はなくなり、深夜に再開するようです。

朝の運転状況
朝 5時30分頃、元加治~仏子間を下り列車が通過しました。
6時4分頃、9000系の上り列車が同区間を通過。

2011年3月14日6時37分ころ、元加治、発車した2097F+2455Fの各停 飯能ゆき。
2011年3月14日6時37分ころ、元加治、発車した2097F+2455Fの各停 飯能ゆき。

6時37分、(<-飯能)2455F+2097Fの各停 飯能ゆきが元加治駅を発車。
6時54分、準急 池袋ゆきで同じ編成が飯能駅から折り返してきました。
この時点では、午後から夜間にかけて練馬高野台~飯能間は運休と言う情報が流れていました。

この後、しばらく元加治駅で観察。上り列車の乗客はいつもの半分程度かも知れませんが、それなりにいました。
7時29分、3001Fの各停 飯能ゆき。
7時32分、9102Fの準急 池袋ゆき。この列車は、6時30分頃は練馬高野台ゆきと案内されていました。
7時43分、20151Fの各停 飯能ゆき。
7時47分、3001Fの各停 池袋ゆき。
7時56分、20000系(20151F?)の上り列車。
7時50分ころは、10時20分まで運転すると放送されていました。

午前中の運転状況
午前中は自宅で掃除をしながら観察しました。抜けがあるかもしれません。仏子~元加治間の通過時刻です。
8時5分、N2000系の下り列車。
8時19分、2089Fの上り各停。
8時42分、9000系(?)の下り。
8時54分、3015Fの下り。
9時6分、3015Fの各停 池袋ゆき。車内は立ち客が多く、乗車率は60~80%ほどでしょうか。
9時17分、N2000系2+8連の下り。
9時32分、9105Fの下り各停(?) 飯能ゆき。
9時34分、(<-飯能)2455F+2097Fの準急 池袋ゆき。
9時48分、9102Fの準急 飯能ゆき。
10時5分、9105Fの準急 池袋ゆき。この列車の直前、弱い揺れの地震がありましたが、列車は気にせず走っていました。
10時23分、6000系の下り列車。
10時24分、9102Fの準急 池袋ゆき。
10時47分頃、下り列車。
11時4分、上り列車。
11時8分、N2000系8連の上り列車。回送ぽかったです。
11時17分、3001Fの下り列車。
11時34分、3000系の上り列車。
11時48分、2455F+2097Fの下り列車。
12時11分、9105Fの下り列車。

お昼過ぎの運転状況と、狭山ヶ丘駅側線、小手指車両基地
雑用を片付け、仏子駅へ12時40分頃に到着。いつの間にかバリアフリー工事が終わり、エレベーターができていました。
ホームの発車案内を見ると、上下ともに30分毎の運転な感じでした。上りは準急 池袋ゆき。ただしホームの発車案内表示は、下りについてはたまに次発も表示されるものの、上りは先発だけで次発の表示はなし。なかなか、芸が細かかったです。

仏子駅では、12時44分に9102Fの準急 飯能ゆきがありました。
折り返しの9102Fによる、準急 池袋ゆき(13時6分発)に乗車しました。
列車番号設定器(?)の表示は「クジュン / イケブクロ / 6948」でした。練馬まで各駅停車との車内放送もありました。
途中、仏子~入間市間を走行中の13時7分に6106Fの下り列車とすれ違い。
13時17分に到着した狭山ヶ丘駅で下車。側線には6115Fが止まっていました。

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2011年3月14日 13時18分頃、狭山ヶ丘、右は側線に留置中の6115F。
左の発車案内表示器は下り列車用。10両4ドアの各停 飯能ゆきが13時28分と13時58分にあると表示しています。
2011年3月14日 14時10分頃、小手指車両基地
2011年3月14日 14時10分頃、小手指車両基地
公道からの撮影です。右端は(<-飯能)287F+1309F、左端はメトロ10018F。メトロ7000系も駅側に留置されていました。

小手指車両基地は静かでした。何やら点検をされてい係員さんは見えましたが、車両洗浄などの作業はまったくなし。メトロ10018Fなど、多くの車両が留置されていました。

15時前の小手指駅と、小手指~飯能間の運転休止
しばらく小手指駅で観察。
14時32分頃に、おそらく3001Fの上り列車が1番ホームから発車。
14時45分、20151Fの各停 小手指ゆきが3番ホームに到着。引き上げ線へ入りました。
14時38分頃に出庫し2番ホームへ入った3003Fは、準急 池袋ゆきとなっていました。
2455F(?)+2097Fの「準急 池袋」表示の上り列車が1番ホームへ14時52分に到着。多くの乗客が3003Fの準急へ乗り継ぎ。2455F(?)+2097Fは入庫しました。
3003Fの準急 池袋ゆきは14時54分に3番ホームから発車。ちなみに3番ホームの次発は、各停 所沢ゆきと案内されていました。

2011年3月14日 14時53分頃、小手指、左は2番ホームから発車した3003Fの準急 池袋ゆき。
2011年3月14日 14時53分頃、小手指
左は2番ホームから発車した3003Fの準急 池袋ゆき。
右は「準急 池袋」表示のまま1番ホームから入庫する2097Fほか。
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2011年3月14日 15時7分頃、入間市~仏子、各停 小手指ゆきの9105F。
下り列車の最後部から撮影。

小手指駅4番ホームから14時56分に発車した9102Fの準急 飯能ゆきに乗車しました。列車番号設定器(?)の表示は「カクテイ / ハンノウ / 6951」でした。
元加治まで、すれ違った上り列車は、15時7分に入間市~仏子間ですれちがった9105Fの各停 小手指ゆきだけでした。小手指~飯能間で日中 最後の上り列車です。
元加治駅に15時10分に到着しました。上りホームの発車案内表示機に列車の案内はなかったです。
途中、武蔵藤沢駅の池袋方の架線柱では何やら作業中でした。

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2011年3月14日 15時15分ころ、元加治駅、ホームの発車案内など。
左の上りホームに列車の表示はありません。

小手指~飯能間で日中 最後の下り列車は、6106Fの準急 飯能ゆきでした。所定では15時40分発だったようですが、8分ほど遅れていました。

2011年3月14日 15時48分頃、元加治、6106Fの準急 飯能ゆき。
2011年3月14日 15時48分頃、元加治、6106Fの準急 飯能ゆき。
日中最後の下り列車を見送りました。

本日の西武線運転計画と雑感

2011年3月14日 15時40分頃、元加治駅、改札口にあった本日の運行予定の掲示。
2011年3月14日 15時40分頃、元加治駅
改札口にあった本日の運行予定の掲示。

左の写真は、15時40分ころの元加治駅の改札の掲示です。小手指駅にも同じ掲示がありました。

私が見たところ、コンビニやスーパーは、パンやカップラーメンの棚は多くが空ですが、野菜や飲料は多く残っていました。
鉄道貨物輸送のシェアも低いですから、情報システムがダウンしなければ停電で物流に影響が及ぶことはないはずです。
地震の被災地は東北地方太平洋岸なわけで、首都圏に住む我々は、不便を忍びつつ、冷静に対応していく必要があります。
ただ鉄道の運行状況がこれでは、通常通りの通勤は不可能ですね。本日はたまたま休みをとっていたので、運用チェックはできなかったものの、自宅の片付けはできたので構わないのですが、...。
というわけで、今後 当ブログに不適切なコメントやトラックバックがあっても対応が数日後となる可能性があります。コメントやトラックバックを公開しない設定に変えました。一時的な措置です。

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2011年3月13日 (日)

11年3月12日の西武線とメトロ副都心線、東北大地震の翌日

2011年3月12日(土)の西武線とメトロ副都心線の状況です。
前日午後の東北地方太平洋沖地震(M9.0)の余震を警戒してと思いますが、どちらも特別運行でした。

西武線、基本は土休日ダイヤ
3月12日(土)の西武線は土休日ダイヤを基本に、特急と秩父鉄道・メトロ副都心線直通列車はすべて運休、最高速度は80km(観察によるとです)に抑えての運行でした。
5~10分程度の遅れが恒常的に出ていました。

4000系の快速急行 飯能ゆき
いつもは秩父鉄道へ直通する4000系4+4連の1001レと1005レは飯能ゆきで運転されていました。
飯能以遠が運休ですと、飯能~西武秩父間の各停の間隔が1時間半ないし1時間と広くなるので、何らかの救済策はとられたかも知れませんが、不明です。

2011年3月12日 7時34分頃、東久留米、4003F+4007Fの飯能ゆき1001レ。
2011年3月12日 7時34分頃、東久留米、4003F+4007Fの飯能ゆき1001レ。

1001レは(<-飯能)4003F+4007F、1005レは(同)4009F+4019Fでした。

夕方の、秩父鉄道からの戻りの快速急行 1002レは運休でした。このため、4402レは飯能駅を4分遅れで発車しました。運転間隔調整のためと車内放送がありましたが、イマイチ ピンと来ません。
1006レは未確認ですが、運休と思われます。
1002レと1006レは池袋までの片道運転で、池袋からは回送で飯能へ戻ります。この日は行楽客が多いはずもなく、運休の影響はごくわずかと思われます。

一般車の快速急行 西武秩父ゆきは平常運転
一般車による快速急行 西武秩父ゆきの1003レと1007レは平常通り運転されていたようです。1003レは20158F(?)、1007レは20151Fで、「快速急行 西武秩父」表示でした。
20151Fは、東久留米で19分遅れの5209レだった車両で、折り返しは練馬駅を8時31分に発車した準急でした。3106レのスジを流用した小手指始発の準急でしょうか。遅れのため運用変更があったようです。
夕方の1004レも20151Fでした。

2011年3月12日 8時43分頃、池袋、発車した20151Fの1007レ。
2011年3月12日 8時43分頃、池袋、発車した20151Fの1007レ。

メトロ副都心線
西武の車両が残っているか確認する目的もあり、渋谷~池袋間の折り返し運転となっていた東京地下鉄 副都心線を見にいきました。
東新宿駅の待避線を含め、西武や東武の車両は残っていませんでした。

2011年3月12日 10時18分頃、渋谷、発車を待つメトロ10004Fの各停 池袋ゆき(03S運用)。
2011年3月12日 10時18分頃、渋谷
発車を待つメトロ10004Fの各停 池袋ゆき(03S運用)。

折り返し運転には7本が使われ、約7分間隔(すべて各停)で運転されていました。7032F(01S運用)、7031F(09S)、7019F(04S)、7016F(13S)、7015F(17S)、7030F(05S)、10004F(03S)の7本です。
池袋駅は6番ホームに到着し、引き上げ線を経て5番ホームから渋谷へ発車。
渋谷駅は3番ホームで折り返し。4番ホームは空いていました。
渋谷から池袋へ向かう乗客が比較的 多かったようです。
池袋駅のホームには、オレンジ色のベストを着た、スーツ姿の係員が5~6名、案内に立っていました。
以上、10時ころの状況です。

朝の池袋線にN101系10連が2本
朝の池袋線にN101系10連が2本 見られました。
(<-飯能)287F+1309Fは5103レ(小手指 5時42分発・各停 飯能ゆき)から終日 動いていたようです。
(同)271F+1303Fは6時40分頃は小手指車両基地の飯能方・道路側に見えましたが、その後、4206レ(小手指 7時1分発・準急 池袋ゆき)に投入されていました。東久留米できでは12分遅れの7時27分発でした。池袋からの折り返しは3103レ(池袋 7時50分発・快速 飯能ゆき)で、練馬高野台を8時6分に通過していました。その後は見ていません。

110313takanodai
2011年3月12日 8時6分頃、練馬高野台、上り列車の最後部から。
右が引き上げ線の6156F。表示は「各停 新木場 12M」。
左は271F+1303Fの快速 飯能ゆき(3103レ?)。
2011年3月12日 15時53分頃、元加治~仏子、287F+1309Fの2168レ。
2011年3月12日 15時53分頃、元加治~仏子、287F+1309Fの2168レ。
始発駅を出たばかりということで、この列車はほとんど遅れなしです。

朝の練馬高野台駅引き上げ線に6156F、午後は狭山ヶ丘駅側線
8時6分頃の練馬高野台駅引き上げ線に6156Fがいました。「各停 新木場 12M」の表示でした。上の写真のとおりです。
12M運用は小手指 5時17分発の6502レ(各停 新木場ゆき)で始まり、新木場・清瀬と走り、清瀬 8時19分発の6606レ(各停 渋谷ゆき)と走る運用です。
副都心線直通が中止なので、6606レを救済する特別列車となったのでしょうか?
なお13時45分の狭山ヶ丘駅側線にはこの6156Fが止まっていました。翌 13日6時45分ころも同じ場所にいたので、早めに滞泊へ入ったようです。日中に狭山ヶ丘駅側線に車両が入っているのは極稀ですが、撮影し忘れました。私も疲れていたので。

西武池袋線内のメトロ車両
6時40分頃の小手指車両基地にはメトロ10000系が2本と、7027Fが見えました。
7時ころの西所沢駅 1番ホームや、8時ころの保谷駅の電留線にはいませんでした。

快速急行 1002レの運休で記した4402レは、メトロ車の21S運用です。飯能には3611レで14時36分に到着し一旦 武蔵丘車基へ入るのが所定と思われますが、この日は池袋方から回送されてきたメトロ10009Fが充当されました。
朝、5分ほど遅れの6404レで見た21S運用はメトロ10014Fでした。

また、メトロ10036Fが西武車の20M運用を代走していました。東久留米で10分遅れの6506レでした。

2011年3月12日 7時17分頃、東久留米、メトロ10036Fの6506レ(20M運用)。
2011年3月12日 7時17分頃、東久留米、メトロ10036Fの6506レ(20M運用)。

朝の池袋駅電留線は3015Fだけ
土休日の朝の池袋駅電留線にはいつも8連が2本止まっていますがこの日は3015Fの1本だけでした。上記の、1007レ発車の写真のとおりです。
3015F自体はいつもの土休日(前のダイヤの場合ですが)のように5655レに充当され、2143レにも入っていました。

110313busikazi
2011年3月12日 16時55分頃、仏子~元加治、3015Fの2143レ。
2143レは元加治で3分ほどの遅れでした。

早朝、JR東日本・八高線の音が聞こえました
6時23分頃、元加治駅のホームで八高線の走行音が聞こえました。金子~東飯能間の入間川を渡る橋梁の走行音です。
聞こえること自体はよくあることですが、地震を口実にサボっているかのようだったJR東日本にしてはオカシイ、と思った次第です。
いま調べたら、八高線は12日始発から、間引き運転(通常の3~5割)ではありますが運転を再開していました。


東北地方太平洋岸の被害状況を見るにつけ、あの程度の揺れで帰宅難民だとなんだと騒いでいた首都圏はおめでたい、という気もします。亡くなった方もいらっしゃいますが。
本日午前、ビルの中にいたときは余震を2回 感じましたが、外にいるときはまったく感じません。
警戒が必要なことは言うまでもありませんが。

今回、大きな被害を受けた地域はこれまでも、数百年単位のスパンで見れば同じような被害を受け、そして立ち直って来たのだと思います。
自然の営みの一環なのでしょう。
その昔、原発はなかったわけですが。

被災が自然の営みの一環ではあっても、義援金などで、被災者のお役には立ちたいと思います。

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2011年3月12日 (土)

11年3月11日夜、大地震の影響、高田馬場~元加治

2011年3月11日(土)の14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震では大きな被害が発生し何とも言いようがありませんが、帰宅時に見た様子をまとめます。
震度は、東京23区が5強、西武沿線の川越市・狭山市・新座市・秩父市・横瀬町が震度5弱、所沢市・入間市・飯能市は震度4でした。

18時ころの高田馬場駅、閉鎖開始中
18時ころに高田馬場駅へ着くと、シャッターを閉めるので駅から出てくださいと案内がありました。

18時10分頃の目白駅、外回り電車が放置
クハE231-522他の外回り電車が、お尻がホームから外れた状態で止まっていました。真っ暗でした。
駅の出入り口のシャッターは閉じられていました。

2011年3月11日  18時20分頃、目白、放置されたクハE231-522ほかの外回り電車。
2011年3月11日 18時20分頃、目白
放置されたクハE231-522ほかの外回り電車。
2011年3月11日  18時20分頃、目白、出入り口はシャッターで閉鎖。
2011年3月11日 18時20分頃、目白、出入り口はシャッターで閉鎖。

19時前の池袋駅、西武は改札口まで到達可能
19時ころの池袋駅は、私が見た限り、東武とJR・東京メトロは駅出入り口のシャッターが閉じられたり立入禁止になったりで、改札口まで到達できない状態でした。
西武は、駅舎のシャッターは開いており、改札口まで行けました。頼めば構内にも入れたかもしれません。N101系10連を含む3本がホームに在線していたようですが、照明は点きドアは開いていました。
1階改札口前は電車を待つ人が大勢 座り込んでいました。ただ、運転再開見込みは不明なので駅から出て安全なところへ移動してください、との構内放送も流れていました。

鉄道会社の幹部には映画「ホテル・ルワンダ」のDVD鑑賞を義務とすべきかもしれません。自社の建物に疑念をいだいているようなのも、気になります。

池袋駅から練馬駅まで徒歩と、運転見合せの真相
池袋駅で待っていても仕方がないので、線路沿いの道を選んで歩き始めました。
駅間に停車している車両はなく、信号も点灯していました。
椎名町駅上りホームに3001F、江古田駅下りホームに2079Fが留置。車内照明は点いていましたが、行き先・種別表示は消灯。
東長崎駅は空いており、桜台駅は未確認。

2011年3月11日 19時50分頃、椎名町、上りホームに留置の3001F。
2011年3月11日 19時50分頃、椎名町、上りホームに留置の3001F。
2011年3月11日 20時20分頃、江古田、下りホームに留置の2079F。
2011年3月11日 20時20分頃、東長崎 江古田、下りホームに留置の2079F。

線路点検中で運転再開見込みは不明と各駅で案内されていましたが、点検している様子はまったくなく、線路に異常も見られませんでした。そもそも軌道が破壊されるほどの揺れではなかったと感じていたこともあり、おかしい、これはサボダージュかと疑っていたところ、江古田駅で保線の方々と遭遇。お尋ねしたところ、余震が怖いので電車を走らせられない、とのお話でした(私はそう理解したということですね)。
実際、歩いていると、フワリフワリと感じることもあり、それならば仕方がないかと思いつつ、千川通りに出ると、郊外方向へ歩く人が大勢いました。チョコレートを配っているおばさんがいましたが、誰ももらわないので、ありがたく、私は二ついただきました。
休憩したいと思い始めた20時40分頃に練馬駅へ到着しました。

練馬駅で試運転列車が到着、希望の明かりが灯る
元加治までは歩けないしどうしようかと不安を覚えつつ、練馬駅は改札フリーで構内へ入れるようだったので、ホームに出てみました。
ちょうど2番ホームから3011Fが回送で飯能方へ出発したところでした。20時44分頃です。安全確認のための試運転列車との放送がありました。
そのすぐ後、20時47分頃に、メトロ7027Fと2079Fの下り回送列車がそろって到着。2079Fは江古田に止まっていた編成。すぐに豊島園方向へ発車しました。

12011年3月11日 20時47分頃、練馬、到着する2079F(左)とメトロ7027Fの下り回送列車。
2011年3月11日 20時47分頃、練馬
到着する2079F(左)とメトロ7027Fの下り回送列車。

20時56分には20151Fの上り回送列車も3番ホームに到着。20時58分に池袋方へ発車。

2011年3月11日 20時56分ころ、練馬、到着する20151Fの上り回送列車。
2011年3月11日 20時56分ころ、練馬
到着する20151Fの上り回送列車。

6112Fの上り回送列車も3番ホームへ21時1分に到着。
これらの回送列車は安全確認のため、非常にゆっくりとした速度(時速20kmほど?)でした。

20時45分頃に私がホームへ上がったときは、メトロ7016Fが4番ホームに留置されていました。車内は消灯。「13S 回送」表示でした。

6112Fが到着したところで、動きがなくなりました。
21時36分ころには都営 大江戸線の運転再開が放送されました。
そして21時41分頃に、運転再開を準備しているとの放送が入りました。ホームに人がどっと増えました。この時点で改札へ行くと、出入りは自由のままで、PASMOの自動改札機へのタッチは不要との貼紙がありました。
51分頃には、21時55分に運転再開予定の放送も入りました。1番ホームのメトロ7027Fは「15S 各停 小手指」、3番ホームの6112Fは「快速 池袋」の表示が入りました。4番ホームのメトロ7016Fは「 13S 回送」のまま。
2番ホームの発車案内表示は、「準急 飯能 10両3ドア / 前々駅」となりました。池袋駅にいたN101系2+8連が安全確認の試運転で江古田に移動していたと思われます。

約7時間遅れで運転再開、287F+1309Fの準急飯能ゆきは4135レ
運転再開して最初の発着は、豊島園からやって来た2079Fの各停 池袋ゆきでした。練馬駅3番ホームへ22時0分に到着。

2011年3月11日 22時3分頃、練馬、到着する287F+1309Fの準急 飯能ゆき(右)。
2011年3月11日 22時3分頃、練馬、到着する287F+1309Fの準急 飯能ゆき(右)。
左は2079Fの各停 池袋ゆき。
クモハ287の運転室には保線の方々が4名 添乗されています。女性らしきお姿も。

そして22時3分、287F+1309Fの準急 飯能ゆきが2番ホームへ到着しました。約7時間遅れなものの、4135レでした。ガラガラで到着し、22時4分に発車。急行線へ入りました。ゆっくりとした走行。
22時6分、練馬~中村橋間で6111Fの急行 池袋ゆきとすれ違い。
石神井公園駅には22時14分に到着。
おそらくメトロ10006Fの準急 池袋ゆき(33S?)と22時18分に石神井公園~大泉学園間ですれ違い。
大泉学園駅の手前で、踏切の安全確認ということで最徐行。
22時24分、大泉学園~保谷間で9102Fの快速急行 池袋ゆきとすれ違い。
22時25分の保谷駅には、メトロ7003Fの準急 池袋ゆき(02S?)が停車していましたが、22時27分に発車。引き上げ線には「各停 池袋」表示の3011Fが止まっていました。
22時32分のひばりが丘駅4番ホームには9103Fの準急 池袋ゆきが止まっていました。 22時38分の清瀬駅では30000系の急行 池袋ゆきとすれ違い。
22時47分の所沢駅 3番ホームには9104Fの準急 池袋ゆきが停車。
22時51分の西所沢駅は、1・2番ホームともに空いていましたが、この時間には珍しく1番ホームに照明が入り、発車案内にも列車が表示されていました。
そして小手指駅3番ホームへ22時55分に到着。隣には38109Fの急行 池袋ゆきが22時56分に到着しました。

小手指駅で快速急行へ乗り換え
287F+1309Fの準急 飯能ゆき(約7時間遅れの4135レ)は、小手指で快速急行に追い抜かれました。
9101Fの快速急行が小手指駅4番ホームへ22時3分に到着。立ち客は多かったですが、乗車率は90%ほどだったでしょうか(前から数両目)。
22時4分に発車した快速急行は、徐行ながらも各駅を通過し入間市駅へ23時12分に到着。続いて隣に到着した(<-飯能)2455F+2097Fも快速急行の池袋ゆきでした。

2011年3月11日 23時13分ころ、入間市、9101Fの快急 飯能ゆき。 title=2011年3月11日 23時13分ころ、入間市、9101Fの快急 飯能ゆき。
2011年3月11日 23時13分ころ、入間市、9101Fの快急 飯能ゆき。

287F+1309Fの準急 飯能ゆきは23時19分に入間市駅へ到着。
次の列車は、20151Fの急行 飯能ゆき(2141レ)でした。入間市駅を23時27分に発車し、元加治駅へ23位35分に到着。途中の最高速度は時速45kmほどでした。
途中の仏子駅では23時33分、9101Fの急行 池袋ゆきとすれ違いました。

元加治駅で待っていると、287F+1309Fが準急 池袋ゆきで折り返してきました。23時36分。
続いて6117Fの各停 飯能ゆきが23時38分に到着しました。6117Fは、23時5分ころに「回送」表示で小手指車基から駅へ向かっていました。

2011年3月11日 23時38分頃、元加治、6117Fの各停 飯能ゆき。
2011年3月11日 23時38分頃、元加治、6117Fの各停 飯能ゆき。

翌12日朝は下り列車が混雑
一夜明けた3月12日(土)の西武池袋線は、特急列車と副都心線直通列車が運休され、最高速度も時速80kmほどに抑えられていましたが、土休日ダイヤでの運転でした。
そして前日 帰宅できなかった皆さんで、朝の下り列車は比較的 込んでいました。

2011年3月12日 8時24分、練馬、9105Fの4117レ。
2011年3月12日 8時24分、練馬、9105Fの4117レ。
この時間帯に下りホームが混雑するのは珍しいと思います。
都営大江戸線からの乗り換え客が多かったようです。

今回の地震はマグニチュード8.8、震源は三陸沖( 北緯38.0度、東経142.9度、牡鹿半島の東南東130km付近)で、深さは約24kmとのことです。なお経緯度は気象庁のページによりますが、M7.9・深さ10kmと記載されているページなのでもしかすると誤りがあるかもしれません。

2011年3月11日14時46分を境に、別の日本になってしまいました。

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2011年3月10日 (木)

11年3月10日の西武線、新宿線の1301Fと朝・昼・晩に対面

2011年3月10日(木)の西武線です。

新宿線・1301Fと朝・昼・晩に出会いました
新宿線の1301Fと朝昼晩の3回 出会いました。
朝は5115レ(西武新宿 8時15分発・各停 田無ゆき)、昼はいつもの5319レ(西武新宿 12時12分発・各停 拝島ゆき)、夜は5618レ(本川越 18時52分発・各停 西武新宿ゆき)でした。
3月8日(火)以来 三日連続で、この運用を1301Fは走っていたのかもしれません。

また1311Fは、朝のいつもの5872レ(狭山市 6時45分発・各停 西武新宿ゆき)と、お昼に5821レ(西武新宿 12時3分発・各停 新所沢ゆき)で見かけました。

2011年3月10日、所沢、1311Fの5872レ。
2011年3月10日、所沢、1311Fの5872レ。
所沢駅の1・2番ホーム新宿方もこのように、人工地盤の床のため暗くなってしまいました。

新宿線、8+2連が増加傾向、6+2連も
新宿線にいる2451Fですが、朝は(<-西武新宿)2451F+2001Fが4206レなどで見かけました。
夜は、(同)2065F+2451Fとなっていました、2669レで確認。2451Fは川越方へ移り、前パンは消えました。

2011年3月10日、高田馬場~下落合、2451F+2065Fの2805レ。
2011年3月10日、高田馬場~下落合、2451F+2065Fの2805レ。

なお2065Fは、朝は(同)2403F+2065Fの2+8連で5609レなど、お昼は単独で5269レに入っていました。

一方、(同)2003F+2411Fの8+2連も走っていました。朝の2613レやお昼の2640レで見ました。

2011年3月10日、高田馬場~西武新宿、2003F+2411Fの2640レ。
2011年3月10日、高田馬場~西武新宿、2003F+2411Fの2640レ。

また5844レも(同)2029F+2401Fでした。8+2連は比較的多いですが、6+2連はあまり見ない気もします。

池袋線のN101系10連、いつも通り
夜の池袋線・N101系10連は、2本がいつもの運用を走っていました。
(<-飯能)271F+1303Fが2166レ、287F+1309Fが2168レでした。


本日は早朝の所沢駅チェックはサボりました。

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2011年3月 9日 (水)

11年3月9日の西武線、とHM付き都電7512

2011年3月9日(水)のお話です。

新宿線の301系
前日は1311Fだった5872レは、所沢駅2番ホームの発車案内が8両4ドアと表示していたので未チェックです。
一方 お昼の5319レは前日に続き1301Fでした。

2011年3月9日、高田馬場~下落合、1301Fの5319レ。
2011年3月9日、高田馬場~下落合、1301Fの5319レ。

夜の池袋線N101系10連
今晩も池袋線のN101系10連 2本は、いつもの運用に入っていました。
(<-飯能)287F+1309Fが2159レ、(同)271F+1303Fは2261レでした。

2011年3月9日、所沢、271F+1303Fの2261レ。
2011年3月9日、所沢、271F+1303Fの2261レ。
前のダイヤでは、2261レが所沢駅4番ホームに到着するとき、5番ホームに停車しているのはメトロ10000系でした(たまに7000系)。ダイヤ改正で西武6000系に変わりました。

本日も新宿線で2451Fと遭遇
お昼の新宿線 2640レは(<-西武新宿)2451F+2001Fでした。折り返しは拝島快速ですが、時間の関係で撮影はできませんでした。
2640レは前日 8日も(同)2409F+2095Fと、(N)2000系2+8連でした。

2011年3月9日、高田馬場~下落合、2451F+2001Fの2640レ。
2011年3月9日、高田馬場~下落合、2451F+2001Fの2640レ。

朝 6時10分頃の国分寺線に送り込みの回送は2419F+2509F
前のダイヤ(平日)では5804レの後の6時21分頃に所沢駅を通過していた、国分寺線への送り込みの回送列車は、3月5日のダイヤ改正で、2606レの前の6時10分頃の通過に変わりました。
その回送列車、本日は(<-西武新宿)2419F+2509Fでした。6日(日)も国分寺線を走っていた2+4連です。

2011年3月9日 6時10分頃、所沢、2419F+2509Fの上り回送列車。
2011年3月9日 6時10分頃、所沢、2419F+2509Fの上り回送列車。

都電7512に「さようなら7500形」HM
今朝であった都電荒川線の7512に「さようなら7500形」というヘッドマークが付いていました。
前後で同じデザイン。
車体広告の「のぞみ証券」はお目が高い、と思いつつ。

2011年3月9日、学習院下~面影橋、さようならHM付きの7512
2011年3月9日、学習院下~面影橋、さようならHM付きの7512

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2011年3月 8日 (火)

11年3月8日、西武新宿線で2451Fに出会えました

2011年3月8日(火)の西武新宿線 2675レ(西武新宿 18時57分発・急行 本川越ゆき)が(<-西武新宿)2451F+2001Fでした。

2011年3月8日、所沢、2451F+2001Fの2675レ。
2011年3月8日、所沢、2451F+2001Fの2675レ。
右は2055Fの5846レ。

3月4日(金)の夜に、手前に列車がいる中で見かけた2690レに2451Fが入っていました。それ以来の出会いでした。

ところで、2011年3月5日(土)にダイヤが改正された西武鉄道ですが、さすがにダイヤ改正だけあって、行き先変更や車種変更、回送列車の異動が見られます。

しかし夜の池袋線 N101系10連は、前のダイヤと同じ列車を走っているようです。3月7日(月)・8日(火)ともに2159レと2261レがN101系10連でした。(<-飯能)287F+1309Fは7日が2159レで8日は2261レ、(同)271F+1303Fは7日が2261レで8日が2159レでした。

また新宿線のN101系は、8連2本が単独で走っていました。
7日は見ていませんが、8日は1311Fが5872レ(狭山市 6時45分発・各停 西武新宿ゆき)、1301Fが5319レと5618レでした。
朝の5872レは7日も、所沢駅のホーム発車案内は8両3ドアと表示していましたが、列車は見ていません。
7日の5618レは2061Fだったので、3ドア車の運用と決まっているわけではないようです。

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2011年3月 6日 (日)

11年3月5日改正、土休日・競輪ダイヤ 夕方の西武 国分寺線・西武園線

西武鉄道、2011年3月5日ダイヤ改正後の土休日(競輪ダイヤ)・夕方の国分寺線・西武園線の様子をまとめてみます。

東村山駅での国分寺線 折り返し、20分ほど休憩など
東村山駅での国分寺線は、国分寺ゆきは2番ホーム着が基本です。西武園直通が3番ホーム、新所沢・本川越直通は4番ホーム着です。

しかし国分寺から同駅へ15時51分に到着の6697レ(東村山ゆき)は1番ホーム。13分ほど休憩し、16時4分発の国分寺ゆき6702レとなります。通常のパターンならば本川越直通していく列車なためです。
15時54分発の国分寺ゆきは、本川越から直通してくる最後の列車 5712レです。

16時1分着の6699レ(東村山ゆき)は2番ホームに到着します。通常ならば16時4分発の6702レで国分寺へ折り返しますが、25分発の6704レまで24分間の休憩。16時4分発の6702レは上記のように1番ホームから発車。

2011年3月5日、東村山、2023Fの5774レ。
2011年3月5日、東村山、2023Fの5774レ。

東村山 16時10分着の5771レは新所沢へ直通なので4番ホームに着発。
そして16時14分発の国分寺ゆきは、新所沢から直通の5774レで、1番ホームに着発します。日中は国分寺線にいなかった車両が担当。

国分寺から16時21分着の6701レは1番ホームに到着。入れ替わりに、2番ホームを占有していた6704レが16時25分に国分寺へ発車していきます。

16時30分着の6703レは、しばらくぶりに空いた2番ホームへ到着。19分ほど休憩し、16時49分発の国分寺ゆき6708レとなります。
16時37分発の6706レは、1番ホームに到着していた6701レの編成が担当。16分の休憩でした。

国分寺から16時44分に到着の5773レは新所沢ゆきで、4番ホーム。代わりに国分寺へ、16時49分発の6708レが2番ホームから発車します。

2011年3月5日、所沢、2023Fの5773レ。
2011年3月5日、所沢、2023Fの5773レ。

東村山 16時55分着の6705レは2番ホーム着。17時2分発の6710レで折り返します。久しぶりに、段落としなしの折り返しとなります。

ここからは、時刻表と所沢駅での観察が元になっています。
東村山 17時8分着の6707レは1番ホーム着。所沢駅を17時13分頃に通過する下り回送列車となります。
代わりに国分寺へ向かう17時12分発の6712レは、西武園から直通。2番ホーム着発です。6695レで国分寺から西武園に入り、しばらく西武園線を折り返していた編成です。

2011年3月6日 17時13分頃、所沢、2023Fの下り回送列車。
2011年3月6日 17時13分頃、所沢、2023Fの下り回送列車。
2023Fは国分寺線の6706レでした。

東村山 17時19分着の5775レは新所沢直通。
代わりに国分寺へ入る、17時23分発の5776レは新所沢始発(17時12分発)。新所沢ゆきの5771レ(新所沢 16時20分着)だった編成です。

東村山 17時29分着の6709レは、17時34分発の6714レで折り返し。
17時40分着の6711レは、17時45分発の6716レで折り返し。
17時50分着の5777レは最後の新宿線直通で、新所沢ゆき。代わりに入るのが、最後の新宿線からの直通(新所沢始発)の5778レ、17時54分発。5778レの編成は、5773レ(新所沢 16時52分着)だったもの。

東村山 18時1分着の6713レは、5分発の6718レで折り返し。以降は、国分寺から到着した編成がすぐに国分寺へ折り返す運用と思われます。

なお、5775レ(新所沢 17時29分着)と5777レ(同 17時59分着)の車両は国分寺線へ戻りません。
また5774レ(新所沢 16時4分発)で国分寺線へ入った編成は、5773レですぐに新所沢へ戻りますが、5778レで再び国分寺線へ戻されます。

結構 複雑な競輪ダイヤの西武園線
競輪ダイヤの西武園線は、国分寺からの直通列車が20分間隔で走っていますが、東村山15時39分発の6267レから乱れます。

6267レは、おそらく南入曽車基から回送されて着た8連が担当。5813レ(西武新宿 14時3分発・各停 新所沢ゆき、新所沢 14時58分着)だった編成が入ると思われます。
6266レで西武園から折り返し、6271レとなるのが前のダイヤのパターンでした(運転時刻はズレました)。新ダイヤでは、東村山 16時3分発の6271レは3番ホームの発車を確認していますが、6267レは未確認。

6267レと6271レの間の、6269レ(東村山 15時46分発)は国分寺からの直通で、6268レ(東村山 16時10分着)で戻ってきます。3番ホームに到着し、14分発の6273レで折り返し。

2011年3月5日、東村山、6268レの3007F。
2011年3月5日、東村山、6268レの3007F。

そのすぐ後の16時16分に3番ホームへ8連の下り回送列車が到着。田無~玉川上水間の区間各停の最後の列車 5474レで玉川上水を出庫した編成です。西武園へ、17分に回送で発車。

6273レで14分に東村山を発った編成は、すぐに6270レで東村山駅 3番ホームに戻ります。16時29分発の6275レで再び西武園へ。

そして16時39分、東村山駅5番ホームに、西武園から西武新宿へ直通する各停 6352レが到着します。2672レと並んで到着。南入曽から送り込まれて、西武園線を1往復半していた8連です。

2011年3月6日、東村山、左が6352レの20155F。
2011年3月6日、東村山、左が6352レの20155F。
右は2672レの20104F。

16時43分には、線内折り返しを担当していた6連が3番ホームに6272レで到着。47分発の6277レで西武園へ戻ります。

16時54分、再び東村山駅 5番ホームに、西武園から西武新宿へ直通する各停が到着。6354レです。玉川上水出庫で、田無から回送されてきた8連です。

2011年3月6日、東村山、38106Fの6354レ。
2011年3月6日、東村山、38106Fの6354レ。

3月6日(日)の38106Fは、最後の西武遊園地ゆき急行 2105レや、最後の玉川上水発・田無ゆき各停の5474レでした。前日の20155Fと同じ。

2011年3月6日、高田馬場~下落合、38106Fの2105レ。
2011年3月6日、高田馬場~下落合、38106Fの2105レ。

17時3分に2番ホームへ、西武園から国分寺へ直通する6274レが到着。西武園線を折り返していた6連はこれで、いなくなります。
代わりに南入曽車基から、4連が回送されてきます。3番ホームへ17時2分に到着。17時6分発の6279レとなり、孤独に線内折り返しを続けることとなります。

2011年3月6日、東村山、(<-国分寺)2419F+2509Fの6274レ。
2011年3月6日、東村山、(<-国分寺)2419F+2509Fの6274レ。
2011年3月6日、東村山、2515Fの6279レ。
2011年3月6日、東村山、2515Fの6279レ。

前のダイヤでは6時55分頃に所沢駅を通過していた、西武園線送り込みの新宿線・上り回送列車が改正で消えました。
前にズレたのだとは思いますが。


年5万円で買収される政治家なんかいないよと、多くの人は日本国で言わないようですね(民主党・前原氏の違法献金問題)。

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2011年3月 5日 (土)

2011年3月5日、ダイヤ改正の西武線

西武鉄道のダイヤ改正があった2011年3月5日(土)の西武線です。
今回の改正は小幅ですが、新宿線では車種変更・編成短縮が見られました。

ダイヤ改正、土休日に準急 拝島ゆきが誕生

2011年3月5日、高田馬場~下落合、2511F+2515Fの4301レ。
2011年3月5日、高田馬場~下落合
2511F+2515Fの4301レ。

実物を本日 見て知ったのですが、土休日ダイヤに準急 拝島ゆきが誕生していました。4301レ(西武新宿 10時23分発)の1本です。
平日は4301レ(西武新宿 9時10分発)・4303レ(同 9時41分発)の2本がありますが、これは前のダイヤにもありました。

ダイヤ改正、3000系の拝島快速?
本日は、拝島快速の3320レが3009Fでした。2654レも3009Fだったので、3313レも3009Fだったはずです。ほかに2609レや4606レも3009Fでした。
ちなみに2654レの30分後を、3009Fと同じパターンで走ったのが1311Fでした。

2011年3月5日、所沢、3009Fの2609レ。
2011年3月5日、所沢、3009Fの2609レ。
新宿線の3000系 優等列車自体、私はたまに見ただけ、な印象です。
3313レや3320レは撮影できませんでした。

ダイヤ改正、土休日の新宿線・N101系10連運用は消滅?
本日はN101系の10連は見ませんでした。これまでN101系10連だった2605レは20101F、2607レは(<-西武新宿)2517F+2019Fでした。
代わりに1311Fが単独で一日中 走っていました。5609レ・5615レ・4617レ・3315レ・5622レなどで見ました。
また1301Fは夕方に見かけました。5830レでした。

2011年3月5日、小川、高架線から降りてくる1311Fの3315レ。
2011年3月5日、小川、高架線から降りてくる1311Fの3315レ。

ダイヤ改正、西武遊園地ゆき急行は3本とも4ドア車?
運転時刻が一部 変わったものの3本が生き残った、西武新宿から発車する西武遊園地ゆきの急行 3本は、すべて4ドア車でした。2101レが2055F、2103レが2059F、2105レが20155Fでした。
20000系の西武遊園地ゆき急行は、定期ならば初めてでしょうか?

2011年3月5日、高田馬場~下落合、20155Fの2105レ。
2011年3月5日、高田馬場~下落合、20155Fの2105レ。

ダイヤ改正、土休日の新宿線 2614レが編成短縮
これまで、(N)2000系4+6連が定番だった朝の2614レ(本川越 7時2分発・急行 西武新宿ゆき)が、本日は20155Fでした。
車両運用が2105レにつながるための減車でしょうか?

2011年3月5日、所沢、発車した20155Fの2614レ。
2011年3月5日、所沢、発車した20155Fの2614レ。

なお20155Fは2105レの後も、おもしろい運用に入っていました。
田無~玉川上水間の区間各停の最後の5474レ(玉川上水 15時44分発)に入り、田無到着後は西武園に回送されていました。おそらく6354レ(西武園 16時50分発・各停 西武新宿ゆき)になるのだと思います。

2011年3月5日、小川、20155Fの5474レ。
2011年3月5日、小川、20155Fの5474レ。
2011年3月5日 16時17分、東村山、20155Fの下り回送。
2011年3月5日 16時17分、東村山、20155Fの下り回送。
正直に告白すると、20155Fがどこへ行ったか未確認ではあります。
ただ前のダイヤから類推すると西武園駅へ回送され、6354レになるはずです。

3日夜から(?)、38104Fが池袋線で単独運用
玉川上水車両基地へ回送されたという32102F+38104Fの片割れの38104Fが、3月3日(木)の夕方に単独で、池袋線を走っていました。5217レ(池袋 17時50分発・各停 小手指ゆき)でした。
本日 3月5日(土)も単独で、2108レ~1003レと走っていました。
32102Fは見かけません。

2011年3月5日、所沢、1003レの38104レ。
2011年3月5日、所沢、1003レの38104レ。

本日の西武秩父ゆき快速急行は、1003レが上のように38104F、1007レは2073Fでした。
前のダイヤと同様に、1007レだった2073Fが夕方の1004レにも入っていました。

4日夜から2451Fが新宿線へ
3月4日(金)の夜の新宿線 2690レが(<-西武新宿)2451F+2007Fでした。
2451Fは4日朝は、池袋線・小手指車両基地の入り口の、2連だけが入れる短い線に止まっていました。1週間ほど同車基 入り口付近での留置が続いていたようです。
本日は、2451Fを見かけませんでした。2007Fは単独で走っていました。

5日朝、小手指車基に「通勤準急 小手指」表示の2503F
本日 6時45分頃、小手指車両基地の入り口付近に2503Fが止まっていました。「通勤準急 小手指」表示に見えました。
狭山線の線内折り返しは朝から1241Fでした。夕方からは2501Fも入っていました。2503FらしきN2000系4連は18時ころ、小手指車基の朝と同じ場所に止まっていたようです。

2011年3月5日 17時30分頃、所沢、6番線から発車する2501F。
2011年3月5日 17時30分頃、所沢、6番線から発車する2501F。
6番線の、池袋線・下り方 出発信号機が進行を現示し、2501Fの回送列車が発車するところです。
人工地盤の床に覆われ、こうして見ると、別の駅になったかのようです。
2501Fはこの後、狭山線に送り込まれ、6159レから線内折り返しを始めます。前のダイヤと同じパターンです。

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2011年3月 2日 (水)

LED表示の都電8503に出会いました、と小沢一郎クン

2011年3月2日(水)の朝、東京都交通局荒川線で、行先表示がLED式となった8503と出会いました。8500形の表示はこれまですべて幕式でした。

2011年3月2日、学習院下、LED表示となった8503の三ノ輪橋ゆき。
2011年3月2日、学習院下、LED表示となった8503の三ノ輪橋ゆき。

パンタグラフもシングルアーム式に交換されています。以前はZパンタ(長方形が途中で折れている)でした。
ラッピングは変わらずなようです。

最新型の8800形と同じ表示機器を使っているのでしょうか?

2011年3月2日、学習院下~面影橋、早稲田ゆきの8806。
2011年3月2日、学習院下~面影橋、早稲田ゆきの8806。
火災防止を呼びかける旗はすべての車両の前面に付いているようです。

3月13日(日)で引退する7500形とも出会えました。

2011年3月2日、学習院下~面影橋、早稲田ゆきの7512。
2011年3月2日、学習院下~面影橋、早稲田ゆきの7512。

このように、電車は、少しずつ改良されて使われていくわけですが、マニフェスト(マニュフェスト)だってより良く変えても良いのでは?
という少々 強引かもしれない展開で、2月26日に民主党・小沢一郎氏のウェッブサイト掲示板の「ご意見・激励」コーナーに投稿し不採用となった二つをここにご紹介いたします。

一つ目

小沢一郎氏やそのお仲間の国会議員の言動を見ていると、政権交代の立役者は小沢氏である、その小沢氏を処分するなど言語道断と言う、民主党内だけに通用する論理が強調されています。

井の中の蛙 大海を知らず、と似ていますが、実際は、大海を知っているから井にこもる蛙、なのでしょう。ご愁傷様です。

そんな皆さんに翻弄される現・民主党執行部は情けない。

いずれにしましても、井戸の中だけで通用する論理を、衆人環視の中で声高に叫ぶのはみっともない、とご忠告しておきます。

二つ目

小沢一郎氏の政策は、マニュフェストの完全実現となっています。

40年以上 国会議員をやっている人にしては、子供じみています。ねじれ国会の今、妥協は必要です。

増税には今のところ反対なようですが、減税で喜ぶのはお金持ちや大企業、公共サービスの低下で困るのが、税金をもともと払っていなかった皆さんです。

そう言えば、一党独裁を続ける中国共産党の代表と、お仲間の国会議員が一人ひとり握手・写真撮影できたのは、小沢氏の功績です。あれも、同じ日本人として見ていて恥ずかしかった。

ところで、菅直人代表は、理性・議論による政治を志向しているように見えます。理性・議論の通じる政治家ばかりではないし、妥協しすぎているようにも見え、「情けない」状況になってはいますが。

一方で小沢氏は、数による政治を志向しているように見えます。徒党を組んで、数で相手を威圧する政治です。今の状況。勇ましく見えます。中国・胡主席との握手を待つ、日本の国会議員の行列も、こう言った思想のなせる業でしょう。理性の人が見ると、よーやるわ、とビックリ。

外国人の参政権に理解があったのも小沢氏ですが、最近は、話題になりません。

小沢氏は、選挙に勝つことだけが生きがいに見えます。

都電の7500形は1962年から製造が始まりました。小沢一郎氏が衆議院に初当選したのは1969年。

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