2012年4月3日(火)と4日(水)の西武線見ただけ、と、橋下徹クンです。タイトルが生意気で、申し訳ありません。
4月3日始発前、飯能~仏子間を9000系が往復
4月3日(火)の午前5時4分頃、仏子~元加治間を走る列車の音が聞こえました。始発の前です。
そして5時13分、9000系の下り回送列車が同駅間を通過しました。
年に数回ある、よく分からない一っ走りです。
2102レは9104Fでした。
4月3日朝、東長崎駅へメトロ7000系を送り込み回送
4月3日5時39分、小手指車両基地から駅1番ホームへメトロ7020Fの回送列車が出てきました。
所沢駅を5時47分、2102レの後に通過。同駅 5時50分発の5206レに乗車しましたが、メトロ7020Fに追いつくことはなく、椎名町駅へ6時23分に到着。
椎名町駅下りホームの発車案内は6時25分になっても通過・5603レの順でしたが、その直後に逆転。5603レの後に、メトロ7020Fの下り回送列車が6時29分に通過しました。
2012年4月3日 6時29分、椎名町、メトロ7020Fの下り回送列車。
5411レで追いかけると、7020Fはいつものように東長崎駅1番ホームへ入ってました。いつものように6時50分すぎまで過ごしたと思われます。
3日の東長崎駅1番ホーム夜間滞泊は、8両編成となったメトロ10004Fでした。6時半ころにいました。
1241Fは4月3日午後には小手指車両基地へ戻ってました
(<-飯能)287F+1241Fが方向転換のため新宿線等を経由して武蔵丘車両検修場(?)へ4月2日に回送されたそうですが、1241Fは4月3日午後には小手指車両基地へ戻ってました。
4日19時半ころは、3番線のもっとも飯能よりに、N101系2+2連と1241Fが縦列留置されてましたが、どちらも車内は明るく、何やら起こりそうな様子でした。
271F+1309F、3日はイレギュラー、4日夜は小手指入庫
池袋線の(<-飯能)271F+1309Fは、4月2日(月)は3118レ、3日(火)は4376レで見ました。どちらも、通常はN101系が走らない列車です。
4日(水)は、いつもの小手指入庫運用の2168レでした。
2012年4月3日、西所沢、271F+1309Fの4373レ。
新宿線の2407Fが3日から池袋線へ
4月2日(月)午後には新宿線から2407Fが池袋線・小手指車両基地へ入った、とのコメントもいただいていますが、3日(火)から(<-飯能)2407F+2085Fが池袋線で営業に入ったようです。
私は4日(水)の3109レで初めて確認できました。
2012年4月4日、入間市、2407F+2085Fの3122レ。
東長崎駅の保守用車スペースにマルタイ
東長崎駅の上り副本線脇の保守用車の留置スペースですが、3月25日(日)朝は小型DL(orモーターカー)とレール削正車がいましたが、3月31日(土)朝には小型DL(同)とマルタイに変わっていました。
4日は未確認です。
2012年4月3日 朝、東長崎駅、保守用車スペースに止まるマルタイなど
4番ホーム中央から撮影。
午後は、奥の小型DLがマルタイのすぐ近くに寄ってました。
3月31日は、レール削正車は保谷駅の保守用車の留置スペースにいました。
暴風雨の4月3日午後の西武池袋線の様子
4月3日(火)はお昼過ぎから台風並の強い風が東京地方でも吹き始め、雨も降り、多くの企業は15時ころまでに社員を帰宅させました。
私も早目の帰宅となり、池袋駅から、(<-飯能)271F+1309Fの4373レに乗車できました。池袋発車時は夕方のラッシュ並の混雑で、乗車率は100%ほどだったと思います。4分遅れで到着したひばりが丘まで、車内は込んでました。
ひばりが丘で乗り換えた2143レも4分ほどの遅れで、車内は乗客が詰まってました。所沢でやや余裕が生まれ、西所沢に5分遅れで到着。
30分ほど西所沢駅にいましたが、快速急行の1113レは3分ほどの遅れで通過、特急の30レも3分ほどの遅れで通過。渋谷ゆきの快速 3640レは定時でした。
元加治周辺は、19時20分ころに雷の音が聞こえましたが、19時40分ころには風は収まりました。
コメントに書いたとおり21時前には寝てしまったのですが、午前1時半頃、物音で強い風に気付きました。再び起きた午前5時頃は風は止み空は澄んでいました。
4日は3000系運用を4ドア車が代走
いつもは3000系の5206レと5685レが4月4日(水)はそれぞれ2079Fと20153Fでした。
私の見るかぎり、最近は池袋線の3000系4本はすべて安定的に走っていました。
2012年4月4日、所沢、右が2079Fの5206レ。
左も3000系列車の5107レ。3015Fでした。
橋下徹クン、に文句を言っても仕方がないんですが、...
4月4日の朝日新聞朝刊に「大阪 入学式の唇寒し」が載ってました。
憲法の前文と第9条の規定にもかかわらず軍隊を保有する日本国、買春の現場らしきところをテレビ放映された県議会議員を再度 県議会に送り込んだ埼玉県入間市を擁する日本国、と表面上はおおらかな日本国ですが、ホームの黄色い線の外側に立って電車を撮影すると場外がうるさい日本国、国旗・国歌にはこだわる日本国、そのトップを走る大阪市長・橋下 徹クンが、「橋下市長号令 斉唱監視まで」と、4月4日の朝日新聞朝刊・社会面に紹介されました。
卒業式で起立し国歌を斉唱するようにと大阪府教育委員会が職務命令を出したそうです。そこで大阪府立の和泉高校の校長・中原 徹クン(41歳)は、国歌斉唱時の教員の口元をチェックし、一人を、歌っていなかったと府の教育委員会に報告。
中原クンから経緯をメールで知らされた橋下クンは、「ここまで徹底していかなければなりません」とコメントを付け、市役所幹部や大阪府教育委員に転送しました。
朝日新聞の記事はこの事態を批判的に紹介しています。
国歌を起立斉唱させたいのであれば、国歌を別の歌に変えるのが、人民を愛し国を思う者の思いやりある態度と思いますが、橋下クンに望むべくもありません。
死ぬまでこうして日本国の恥をさらして、橋下クンとその一派は恥じることがないのでしょう。
ところで3月28日の朝日新聞朝刊“政治時評2012”に、東京大学教授・宇野 重規氏と尼崎市長・稲村 和美氏との対談が掲載されていました。
稲村氏はこの中で、橋下 徹クンについて「政治に失望していたであろう多くの人たちを、再び政治に引きつけた。すごいと思います。」、「正解が分からない世の中で『僕はこう思う』と言う。抵抗する勢力を徹底的にたたく手法には危うさも感じますが」と評価しています。
稲村氏は1972年生まれの女性。認識が甘いと私は思います。
稲村氏は、労組や教育関係者が「橋下市長の論理に対抗できる、時代にあった論理と言葉を持っているでしょうか。」と問題提起しています。“橋下市長の論理”を”橋下市長のプロパガンダ“へ置き換えれば、この問題提起は正しいと思います。
つまり、敵、と言うか、相手にすべきは、橋下クン、ではない。
相手にすべきは世間なんだと思います。
サラリーマンにして鉄道ファンの私には、荷が重い。
政治家・労組・教育関係者の皆様の御健闘を期待しております。
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