2009年12月15日 (火)

09年12月15日の西武線などの電車たちとスマイルビジョンの感想

2009年12月15日(火)は東急車輌から西武 2077Fが戻る甲種鉄道車両輸送の予定がありましたが、最新の『鉄道ダイヤ情報』誌によると運転時刻が1時間以上 繰り上がった模様で、私は出会うことはありませんでした。

所沢駅を通過する池袋線・朝の上り回送がプラス2本
清瀬駅の夜間帯泊がなかったようで、6111Fの上り回送列車が5時51分、2069Fの上り回送が6時20分に、それぞれ通過しました。いつもはない、回送列車です。
先日、保谷駅の飯能方に渡り線が新設されましたが(架線があるかは不明)、7時1分のひばりが丘駅1番ホームに6111Fの下り回送列車がいましたので、これまでと同様に池袋まで行って折り返してきたのかもしれません。

池袋線のN101系10連、武蔵丘出庫は早出で小手指入庫の模様
久しぶりに池袋線の3106レ(飯能 6時1分発)がN101系10連でした。編成は(<-飯能)271F+1301Fです。夜は2261レ(池袋 19時18分発・急行 小手指ゆき)でしたので、小手指入庫と思われます。
なお小手指出庫はいつものように遅出だった模様で、4869レ(池袋 19時13分発・通勤準急 小手指ゆき)が(<-飯能)287F+1241F+1239Fでした。
どちらも、昨日も遅出で走っていた編成です。

2009年12月15日、所沢、271F+1301Fの3106レ。
2009年12月15日、所沢、271F+1301Fの3106レ。

新宿線 5806レはN2000系4+4連
いつもは3000系の新宿線 5806レ(新所沢 6時27分発・各停 西武新宿ゆき)が(<-西武新宿)2517F+2525Fでした。

日中の新宿線にN101系2+8連
新宿線の4619レ(西武新宿 12時10分発・準急 本川越ゆき)がN101系2+8漣でした。甲種輸送で空振りに、高田馬場駅近くの踏切で待っていると、3322レ(拝島 15時10分発・快速 西武新宿ゆき)が(<-西武新宿)281F+1311Fでやって来ました。折り返しは2649レ(西武新宿 16時2分発・急行 本川越ゆき)でした。

2009年12月15日、高田馬場~下落合、3322レの281F+1311F。
2009年12月15日、高田馬場~下落合、3322レの281F+1311F。

いつもの新宿線 N101系10連、1本は4+2+4から2+4+4へ
朝のN101系は異状なしで、2604レ(本川越 5時33分発・急行 西武新宿ゆき)が(<-西武新宿)1251F+277F+1253F、4806レ(新所沢 6時35分発・準急 西武新宿ゆき)は(<-西武新宿)1309F+285Fでした。
前日の4806レは(<-西武新宿)1253F+295F+1249Fでした。また本日夜の4644レ(本川越 19時22分発・準急 西武新宿ゆき)は(<-西武新宿)277F+1253F+1251Fでした。

2009年12月14日、所沢、1253F+295F+1249Fの4806レ。
2009年12月14日、所沢、1253F+295F+1249Fの4806レ。

JR根岸線で見かけた209系は1本だけ
1時間も前に2077Fの甲種輸送列車が通過していたとは知らずに、根岸線 山手駅で撮影していましたが、E233系ばかりで、209系は1本だけしか来ませんでした。

2009年12月15日、JR根岸線 山手、クハ209-65ほかの快速 大宮ゆき。
2009年12月15日、JR根岸線 山手、クハ209-65ほかの快速 大宮ゆき。

自然環境保護並みに人権保護はいかがでしょうか?
091215kazi 今月の西武鉄道のイメージポスターは、同社による自然保護活動をPRするものです。武蔵丘車両基地の近くの「飯能・西武の森」で植林を進めているビデオが、30000系のスマイルビジョンでも流れていました。
車内で動画を見ていて思ったのは、どうして人権保護には無関心なのだろう、でした。言わずと知れた、西武グループのプリンスホテルが日教組の使用を拒否した件です。
「駅シェルパサービス」で西武鉄道と提携関係にある書店・リブロは、商品の内容に関わらず販売するという非常に民主的な企業です。
リブロは金がすべてだけど、西武グループはそこまで堕落していない、と考えることも可能ですが、リブロが売りたがる商品と、プリンスホテルが結果的に支援した方々の主義主張が似通っているのは偶然でしょうか?
私企業が人権保護活動にまで力を注がねばならないようでは、世も末、かもしれませんが。
そう言えば、「西武グループ企業倫理規範」には"人権の尊重"という項目がありました、ね。

変更後の2077Fの甲種輸送スケジュールは、逗子発 12時43分、大船 12時57分、桜木町 13時25分、新鶴見(信) 14時35分着・50分発、新秋津着 15時29分と、『とれいん』誌のサイト(etrain.jp)にありました。当日の12月15日更新となっています。(12月16日 20時35分追記)

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2009年12月14日 (月)

西武モハ10312の車体裾にステッカーを剥がした跡(?)あり

2009年12月9日(水)の午前中に気づいたのですが、西武新宿線を走る特急車10000系のモハ10312は、車体中央の裾に、ステッカーを剥がしたような跡があります。
本川越方を向いて右側の側面に、編成内のこの車両だけです。
写真は14日(月)朝に撮影したものです。

2009年12月14日、西武 モハ10312の側面。左側が西武新宿方。
2009年12月14日、西武 モハ10312の側面。左側が西武新宿方。

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2009年12月13日 (日)

09年12月3日夜の秩父夜祭見物客輸送の西武線

2009年12月3日(木)の夜は秩父市内で秩父夜祭が開催され、西武池袋・秩父線は臨時ダイヤで運転されました。前年からダイヤ改正がありませんので、ざっと見た感じ、臨時列車のダイヤは前年と同じだったようです。
今年は天候が悪く、乗客は多くはありませんでした。
この日は、柄にもなく残業などしてしまい、私は21時前に飯能駅に到着。西武秩父へ行くことなく、上りの最終列車まで観察することにしました。

まず、2・3番ホームから(<-飯能)4007F+4009Fの各停 西武秩父ゆきが20時54分に発車。

そして21時13分、西武秩父 20時15分発の急行 池袋ゆきが2・3番ホームへ到着しました。2069Fでした。折り返し、21時17分に池袋へ発車して行きました。
2069Fは下り回送で23時18分に飯能駅 4番線へ戻ってくると、武蔵丘車両基地方へ23時24分に発車して行きました。

2009年12月3日 21時13分頃、飯能、2・3番ホームに到着の西武秩父始発・急行 池袋ゆき2069F。
2009年12月3日 21時13分頃、飯能、2・3番ホームに到着の西武秩父始発・急行 池袋ゆき2069F。

続いて、西武秩父 20時35分発の各停 飯能ゆきで2063Fが21時20分に到着(定刻)。折り返し、西武秩父ゆき各停となり21時23分に発車して行きました。

西武秩父 20時55分発の快速急行 池袋ゆきは21時41分に到着。(<-飯能)1239F+1243Fでした。21時48分に池袋へ発車して行きましたが、21時43分発の急行が先発する事もあり空いていました(編成中央はチラホラ立ち客もいましたが)。

2009年12月3日、21時45分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ1239F+1243Fの快速急行 池袋ゆき
2009年12月3日、21時45分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ1239F+1243Fの快速急行 池袋ゆき

西武秩父から次に到着したのは、同駅21時5分発の(<-飯能)4005F+4011Fの各停で、21時57分着でした(2・3番ホーム)。
各停 西武秩父ゆきで22時5分に折り返して行きました。

次いで、西武秩父 21時33分発の2079Fの各停 飯能ゆきが22時26分に2・3番ホームへ到着。折り返し、22時33分に西武秩父ゆき各停で発車して行きました。

2009年12月3日 22時32分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ2079Fの各停 西武秩父ゆき。
2009年12月3日 22時32分頃、飯能、2・3番ホームで発車を待つ2079Fの各停 西武秩父ゆき。
左の10000系は、西武秩父から到着する上り特急 むさし号の10004F。

次は、西武秩父 22時3分発の各停 池袋ゆきで3011Fでした(2・3番ホーム)。22時51分に到着し、22時56分の発車でした。

2009年12月3日 22時51分、飯能、西武秩父から到着した3011Fの各停 池袋ゆき。
2009年12月3日 22時51分、飯能、西武秩父から到着した3011Fの各停 池袋ゆき。
それなりに乗客は多かったです。

そして(<-飯能)4007F+4009Fが23時10分、各停で西武秩父から戻って来ました(秩父 22時20分発、飯能 2・3番ホーム着)。各停 西武秩父ゆきで23時16分に折り返して行きました。

西武秩父(20時15分発)から池袋へ急行で走った2069Fが23時18分に下り回送で4番ホームへ到着し23時24分に下り方へ出発すると、入れ替わりに2063Fが西武秩父(22時40分発)から4番ホームへ各停で戻って来ました。23時30分の到着でした。
2063Fは回送で池袋方へ23時34分に発車して行きました。

2009年12月3日 23時18分、飯能、4番ホームに到着した2063Fの西武秩父始発・各停 飯能ゆき。
2009年12月3日 23時18分、飯能、4番ホームに到着した2063Fの西武秩父始発・各停 飯能ゆき。

秩父夜祭輸送には無関係ですが、(<-飯能)4013F+4015Fの上り回送列車が2・3番ホームへ23時37分に到着。折り返し、5081レの各停 吾野ゆきとして23時48分に発車して行きました。
5081レの発車直前に、4番ホームへ西武秩父(22時55分発)から到着したのは1303Fの各停 所沢ゆきでした。23時47分着・23時50分発でした。

2009年12月3日 23時47分頃、飯能、左が4番ホームに到着した1303Fの各停 所沢ゆき。
2009年12月3日 23時47分頃、飯能、左が4番ホームに到着した1303Fの各停 所沢ゆき。
右は4013Fほかの5081レ(各停 吾野ゆき)。

続いて2071Fの各停 所沢ゆきが西武秩父(23時15分発)から0時10分に2・3番ホームへ到着。0時12分に発車して行きました。
そして次に西武秩父から到着したのが、(<-飯能)4005F+4011Fの各停 所沢ゆきでした。西武秩父発は23時35分で、飯能駅 2・3番ホームへ0時29分着でした。0時35分に所沢へ発車。
飯能から池袋方へ4000系の各停など聞いたことがありませんでしたので、この列車に元加治まで私は乗車しました。

2009年12月4日 0時30分頃、飯能、発車を待つ4011Fほかの各停 所沢ゆき。
2009年12月4日 0時30分頃、飯能、発車を待つ4011Fほかの各停 所沢ゆき。

4000系を元加治で下車。
今回の夜祭輸送で最後の臨時列車となる、西武秩父 0時0分発の各停 所沢ゆきは元加治駅でチェック。2079Fでした。0時53分着でした。

このエントリーでは割愛しましたが、特急列車も多数増発され、西武秩父ゆきや所沢ゆきのむさし号が見られました。
私がいた時間帯、特急ホーム(5番ホーム)に特急が入るときはほぼ確実に隣の4番ホームにも列車がおり、まともに写真を撮れませんでした。

ふくろう協定HMの4009Fと4011Fは、(<-飯能)4005F+4011Fと4007F+4009Fに分かれて運用に入っていました。この日がHM掲出の最終日でした。

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2009年12月12日 (土)

副都心線対応改造が終わった西武6112Fの出場試運転に遭遇

2009年12月12日(土)、西武新宿線の3313レ(西武新宿 14時20分発・快速 拝島ゆき)に乗車中の14時37分、武蔵関~東伏見間で6112Fの上り試運転列車とすれ違いました。
小平駅で待つこと1時間、15時36分に6112Fの試運転列車が戻って来ました。2番ホームに停車し1分ほどで本川越方へ発車して行きました。

2009年12月12日 15時36分頃、小平、到着する6112Fの下り試運転列車。
2009年12月12日 15時36分頃、小平、到着する6112Fの下り試運転列車。

6112Fは拝島線の玉川上水車両基地で副都心線乗り入れ用の改造工事を終え、前面FRPが白くなっていました。台車は汚れていましたが、新品の機器箱が床下に設置(追加?)されていました。前面と側面の行き先・種別表示は、他の編成と同様にフルカラーLEDになっています。車内は未確認です。
池袋線の小手指車両基地へ入ったと思われますが、17時前の小手指車両基地は暗く、分かりませんでした。

今回と同じ、副都心線乗り入れ改造を終えた6157Fの出場試運転を2008年11月29日(土)に見かけていますが、その時と、ダイヤは同じだったようです。

「西武6000系スマイルビジョン好き」さんから、次の副都心線対応改造は6113Fとのコメントをいただいていますが、本日は、3306レ(所沢 16時45分発・快速 池袋ゆき)に備えてと思われますが、所沢駅の電留線で見かけました。

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2009年12月10日 (木)

09年12月10日、最近の西武線を中心にまとめて

西武 クハ2067の側面表示が復活
側面の行き先・種別表示がしばらく消えていた池袋線のクハ2067ですが、12月7日(月)は正常に表示されていました。

西武6102Fが復帰
2009年12月9日(水)の西武新宿線 4603レが6102Fでした。検査から出場したようです。ブログ"クロフネ航海手帳"さんの「【西武】6000系6102F出場試運転」によると、前日 8日に出場試運転があったそうです。

2009年12月10日、高田馬場~下落合、6102Fの4624レ。
2009年12月10日、高田馬場~下落合、6102Fの4624レ。

西武38104Fが単独で運用入り
12月10日(木)の朝 6時4分頃、所沢駅を38104Fの池袋線上り回送列車が通過しました。いつものように、この後は5607レで見かけました。
いつもコンビを組んでいた32102Fは、38107Fと一緒に試験かなと思っていたところ、夜は(<-飯能)32102F+38104Fに再び戻り3113レでした。

2009年12月10日、石神井公園、38104Fの5607レ。
2009年12月10日、石神井公園、38104Fの5607レ。

38107Fらしき編成は、10日の早朝・夜ともに小手指車両基地の3番線のもっとも飯能寄りに止まっていました。

メトロ7005Fが10連で副都心線乗り入れ車に
12月9日の池袋線4515レがメトロ7005Fでした。副都心線乗り入れ対応となっていましたが、10両編成でした。7001F・7018Fなどに次いで3本目5本目の、7000系副都心線対応10連です。ほかに7004Fと7010Fも10連の副都心線乗り入れ編成になっている、とのコメントをいただいております。(2009年12月14日 21時15分追記)

2009年12月9日、練馬高野台~石神井公園、メトロ7005Fの4515レ。
2009年12月9日、練馬高野台~石神井公園、メトロ7005Fの4515レ。

メトロ7000(Y)系の各停 飯能ゆき
12月7日(月)の池袋線6507レ(新木場 6時0分発・各停 飯能ゆき)が、有楽町線専用のメトロ7000系でした。おそらく7022Fでした。
久しぶりに、黄色帯の7000系の普通 飯能ゆきでした。
すれ違っただけなので、写真はなしです。

前夜のダイヤ乱れで西武運用を代走のメトロ10000系
12月9日(水)は、22時45分頃に池袋線の東長崎~江古田間の踏切内で男性が電車に跳ねられ即死する人身事故があり、45分ほど運転が止まったそうです。
その影響と思われますが10日(木)朝の4502レ(58M運用)が、代走のメトロ10026Fでした。

2009年12月10日、石神井公園、メトロ10026Fの4502レ。
2009年12月10日、石神井公園、メトロ10026Fの4502レ。

新宿線の3000系運用を2005Fが代走
12月8日(火)の新宿線5806レと10日(木)の5841レが2005Fでした。いつもは3000系の列車です。

「修学旅行」列車に遭遇
12月9日(水)の15時51分頃、JR高田馬場駅の山手貨物線を「修学旅行」表示の183系が新宿方へ通過しました。

2009年12月9日 15時51分頃、高田馬場、183系の「修学旅行」列車。
2009年12月9日 15時51分頃、高田馬場、183系の「修学旅行」列車。

西武 N101系にも話題がありますが、また後日。

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2009年12月 9日 (水)

ATS-Pなし急カーブは多くとも「日勤教育」はJR西日本だけでは?

2回に渡りJR西日本の福知山線列車脱線事故の経営幹部の責任を考えて来ましたが、2回目の「山崎氏の判断が完璧でなかったからあのような重大事故が発生」はちょっと厳しいかな、と思っておりました。
完璧な人などいませんから。

ATS-Pなどない時代から鉄道の急カーブは少なくなく、高速運転の路線もありました。京急に乗っていると、高速で急カーブに突っ込んでいくのでこちらが怖くなるほどです。
強いて言えば、1996年の函館本線の貨物列車脱線事故でしょうか。時速60km制限のカーブに時速120km近い速度で進入し、貨車がすべて脱線し斜面から落ちた、という事故です。旅客列車ならば福知山線事故を上回る死傷者が出たことでしょう。
死傷者が出なかったからでしょう、福知山線の列車脱線事故の時とは異なり、急カーブ区間に速度照査機能のある保安装置の設置を国が鉄道各社に求める、という事態にはなりませんでした。
神戸地方検察庁によると、当時 JR西日本の社長だった井手 正敬氏も、この事故を大して気にも止めなかったようです。
それとも、JR貨物の事故だったから? 「だってあそこ、三流だよ」とか?

閑話休題。
ウィキペディアの「日本の鉄道事故(1950年から1999年)」によると、函館本線で貨物列車が3回、急カーブを高速で通過しての脱線しています。1回目は飲酒運転の居眠り、2回目と3回目は夜明け前の眠たくなる時間帯の居眠りです。脱線箇所も近くです。線路条件が特殊なのでしょう。
これ以外、戦後にこのような事故は発生していないようです。しかしJR西日本の福知山線で発生しました。

JR西日本の特殊要因が疑われますが、思い浮かぶのがJR西日本の「日勤教育」です。
ミスをした運転士に作文書かせたり草取りさせたり、だったと記憶しています。
わざとミスした人には効果的ですね、おそらく。
しかし、運転技術が稚拙な人が、作文や草取りで上達するとは思えません。運転技術を指導できるベテランがいなかったのか、またはそのようなベテランに適切な指導をさせていなかったわけです。

JRの発足時、思想(所属労組)による採用差別をしています。JRになってからも昇進などで差別しています。
優秀な人材が指導に当たる体制をとれなかったのか、とらなかったのか?。

JR福知山線の列車脱線事故は、ATS-Pが設置されているか、または、JR西日本の社内体制が適切であれば発生しませんでした。
そして神戸地方検察庁はATS-Pだけに注目しました。

ATS-Pがあっても、レールがずれていたり、ボルトが緩んでいれば列車は脱線します。
JR西日本は社内風土の改革を標榜しているようですが、「患部」を見誤っていては心許(もと)ない。

(12月9日 22時追記)
JR西日本は井出氏との絶縁を宣言しました。ご本人は馬耳東風のようですが、JR西日本は変わりつつあるのかもしれません。
神戸地検は患部(と幹部)を見誤ったまま終わりとなるようです。わざと、かもしれませんね。いわゆる「国策捜査」。
組合差別については、JR貨物が、差別していた国労と和解したとの報道が以前にありました。JR西日本については知りません。


(1回目)「尼崎事故でJR西日本の歴代社長に責任なし? 捜査機関はあなたですよ、地検さん
(2回目)「そこまで言うなら、JR西・山崎鉄道事業本部長(当時)も赦してあげない?

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2009年12月 8日 (火)

そこまで言うなら、JR西・山崎鉄道事業本部長(当時)も赦してあげない?

(12月9日20時10分)タイトルの「許し」を「赦し」に修正しました。

JR西日本・福知山線列車脱線事故で唯一刑事責任を問われているのが山崎 正夫氏です。
鉄道事業本部長時代、事故現場を急カーブへ変更したにも関わらず速度照査機能があるATS-Pの設置を見送ったことが起訴の理由です。

事故を契機に、速度制限のある区間に速度照査機能を持った保安装置の設置が進みましたが、逆に言えば、事故現場と同様な危険性を山崎氏と同様に放置していた責任者は少なくなかった訳です。
また山崎氏は、福知山線以外の他線区でのATS-P設置を優先させた訳ですが、これにより、他線区での重大事故発生が防止されていたのかもしれません。福知山線を優先させていたら、例えば、東海道線で三重衝突事故が発生していた、かも、しれない、ということですね。

事故調査委員会の情報漏洩など、山崎氏の人格が高潔とは言えませんが、それほど極悪非道でしょうか?
起訴を免れている歴代社長3名に比べて、彼の責任がより重大とは私は思いません。

事故直前、乗客が遅れの苦情を車掌に言い募っていた、その対応で車掌は忙しかった、との報道もありました。事故後、JR西日本職員への暴行・暴言が多発したとも言われています。
感情的な大衆の批判に迎合した神戸地検が、「具体的な証拠」を簡単に得られる山崎氏をスケープゴートにしたと、私には見えます。

なお山崎氏の判断が完璧でなかったからあのような重大事故が発生しました。
その責任は歴代の社長3名と同様に重く、刑事責任を問われて当然と私は思います。歴代社長3名の刑事責任追求は、検察のお仕事であります。地検にこそ日勤教育が必要です。

あのような重大事故の刑事責任が社長に及ばないのであれば、JR西日本が鉄道事業でいかなる素晴らしい業績をあげようともその責任はすべて鉄道事業本部長に帰するはずです。
社長は道義的責任を負うだけ、となるのでしょう。役員賞与のアップはなし、ですね、当然。

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2009年12月 7日 (月)

尼崎事故でJR西日本の歴代社長に責任なし? 捜査機関はあなたですよ、地検さん

2005年4月のJR福知山線列車脱線事故について、神戸地方検察庁は2009年12月4日、JR西日本の歴代の社長3名を嫌疑不十分で不起訴としました。
業務上過失致死死傷罪で神戸第一検察審査会は起訴相当としたため、神戸地検は1ヶ月半かけて再捜査し、3名からも事情を聴いた結果、とのことです。

4日の発表で会見した山根 英嗣・次席検事は「歴代社長3人に法廷で話してほしいという遺族らの気持ちはわかる。だが、検察は『起訴=有罪』という意気込みで処分を決め、信頼を得てきた」と話したそうです。朝日新聞(12月5日・朝刊)によると、具体的な証拠がないと刑事責任は問えない、との判断なようです。

不起訴と読んで怒りを感じていた私も、検事さんにそう言われると、そうなのか、検事さんも色々 大変なんだな、と思ったりしてしまいます。

乗務員は色々と手当がある、事故を起こした若い運転士は、運転業務から外され手当が減るのを嫌って事故直前のミスを気にしていた、という報道もありました。
JR西日本では、乗務員でなければ人でない、というほど駅員さんなどの待遇が悪いのかな、と思ったりもしました。
事故列車の車掌は40歳台だったと思います。中堅のはずです。ミス連発の後輩を適切に指導することはできませんでした。
二人が所属する労働組合が異なっていたようでもあります。映画『沈まぬ太陽』で日航が話題になりましたが、労組の内ゲバ騒ぎのあった国鉄、その後進のJRがこの面で負けているとはとても思えません。
日勤教育もありました。
そのような訳ですので、「具体的な証拠」を遺族に要求したりせず、自分たちで見つけなさいね、と私は山根 英嗣氏に教え諭(さと)してあげたい、と思い直した次第です。

あれだけの大事故を起こした企業の社長に責任がないならば、社長のお仕事は何でしょうか?
また1996年12月の函館線脱線事故の原因が制限速度を超過して急カーブを通過しようとしたこと、と社長が知り得なかったことも不起訴の理由となっています。以前も書きましたが、おかしな話です。
それから、事故の遺族は話を聞きたいだけではなくて、3名に罪を償ってほしいのだと私は思います。

今回不起訴となった3名は次の通りです。

井手 正敬(まさたか)氏
事故現場のカーブを急カーブに変更する工事の時の社長。
南谷 昌二郎氏
井出氏の後任の社長。
垣内 剛(たけし)氏
事故当時の社長。

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2009年12月 6日 (日)

09年12月5日・6日の土日は西武新宿線にN101系が3本

2009年12月5日(土)と6日(日)は西武新宿線にN101系が3本、運用に入っていました。1311Fと(<-西武新宿)1249F+1251Fの8連が2本と、(<-西武新宿)1309F+281Fの10連1本です。

2009年12月5日、中井、1311Fの5258レ。
2009年12月5日、中井、1311Fの5258レ。

1311Fは、5日(土)は5258レ、6日(日)は5810レでした。5日はいつものN101系運用ですが、6日は代走と思われます。
なお1311Fは、秩父夜祭輸送があった3日は池袋線で走っていました。5521レに入っていました。2日夜には小手指車両基地に入っていたようです。
4日(金)夜は(<-西武新宿)1311F+285Fで新宿線の2665レでした。N101系10連が定番の列車です。

2009年12月5日、中井、1251F+1249Fの3311レ。
2009年12月5日、中井、1251F+1249Fの3311レ。

1249F+1251Fは、5日(土)は3320レなど、6日(日)は5346レなどでした。5日は4ドア車の代走と思われます。6日は、5日の1311Fが入っていた運用でした。

2009年12月6日、小平、281F+1309Fの2311レ。
2009年12月6日、小平、281F+1309Fの2311レ。

1309F+281Fは、5日(土)は3310レ、6日は4623レなどで見かけました。こちらも4ドア車の代走でしょう。

通常の土休日のN101系は8連2本が、5258レや5346レなどの運用と、5816レや5265レの運用に入ります。前者は1311F(5日)や1249F+1251F(6日)が担当していましたが、後者は、5日は(<-西武新宿)2533F+2507F、6日は3015Fでした。
なお3015Fは、5日(土)は急行 西武遊園地ゆきの2103レに入っていました。
38106Fには出会いませんでした。

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2009年12月 4日 (金)

09年12月4日の西武、4000系の各停 所沢ゆきとN101系急行 田無ゆき

秩父夜祭の臨時列車ダイヤ観察で寝不足なので、2009年12月4日の西武線の話題を簡単に。

12月3日(木)は秩父夜祭の観光客輸送で西武池袋線・秩父線は特別ダイヤで運転されました。西武秩父 3日23時35分発の各停 所沢ゆきは4000系で運転。(<-飯能)4005F+4011Fでした。
写真は元加治駅に停車する同列車です(12月4日 0時38分頃)。

2009年12月4日 0時38分ころ、元加治、4011F+4005Fの各停 所沢ゆき。
2009年12月4日 0時38分ころ、元加治、4011F+4005Fの各停 所沢ゆき。

4011Fは「ふくろう協定」の秩父市のヘッドマークが付いた編成です。掲出は3日までとアナウンスされていますが、誤差の範囲と言うことで。

そして新宿線では12月4日午前3時20分頃、上石神井駅構内の信号制御装置の整流器が4つすべて故障し、井荻~武蔵関駅間の信号機が赤となり、踏切遮断機も下りたままとなるトラブルが発生。10時すぎまで、西武新宿~田無間の運転が止まりました。
所沢駅の新宿線は始発から、上りはすべて田無ゆきでした。写真は2604レの急行 田無ゆきの(<-西武新宿)1309F+281Fです。

2009年12月4日 5時54分ころ、所沢、1309F+281Fの急行 田無ゆき。
2009年12月4日 5時54分ころ、所沢、1309F+281Fの急行 田無ゆき。

明日の夜は生活の糧を得るための徹夜なので、詳細は後日にまとめます。

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