池袋線はダイヤが乱れN101系が流鉄へ旅立った09年6月22日朝の西武
2009年6月22日(月)、元(?)・西武N101系2両固定編成の2両が千葉県の流鉄(旧・総武流山電鉄)へ旅立ちました。
所沢駅を9時20分すぎに発車していました。
私はこの後、下の写真を撮ってから、自宅へ戻りました。事情があって、自宅にいなければならなかったのです。
甲種輸送のお役目を終えたE34+E31は、仏子~元加治間を14時17分ころに下って行きました。
また本日はダイヤが乱れたためか、朝のN101系10連は1本だけだった気がします。その埋め合わせか、N101系2+8連(271Fなし)の上り回送列車が17時59分に仏子~元加治間を通過しました。
所沢駅で撮影した、上石神井始発の5807レ(上石神井 9時23分発・各停 新所沢ゆき)です。"端パン"の(<-西武新宿)277F+1311Fでした。
朝の新宿線・N101系10連運用は異状なく、もう1本の(<-西武新宿)1309F+295Fは4806レ(新所沢 6時35分発・準急 西武新宿ゆき)に入っていました。
6月22日(月)朝は、6時40分ころに大泉学園駅で人身事故があり、池袋線は7時35分ころまで運転が止まりました。
ちょうど所沢駅へ到着した4102レ(飯能 6時12分発・準急 池袋ゆき)は秋津まで運転という放送で、6時45分に発車。
その後すぐに6156Fの6508レ(小手指 6時37分発・各停 新木場ゆき)が所沢駅へ到着。こちらは、運用番号表示を残した「各停 池袋」で7時13分に発車しました。秋津までの運転という案内でした。
引き上げ線から出て4番ホームにいた上り回送列車の2071Fはいつのまにか消えていました。
6156Fが出た後、10103Fの上り特急列車が3番ホームへ7時15分到着。
運転再開後の一番列車として7時38分ころに所沢駅を発車しました。
6時40分頃から5番ホームに止まっていたメトロ7018Fの各停 小手指ゆき(6503レ)も7時36分に発車しました。
下の写真は、(<-飯能)32103F+38105Fの通勤急行 池袋ゆきです。8時37分に所沢駅 3番ホームへ到着しました。到着後、上記の甲種を撮影しようと私は駅を出てテクテク歩きこの踏切へたどり着いたわけですが、やって来た30000系の通勤急行はとっくに通過していて当然の32103F+38105Fだったので、驚いた次第です。所沢駅には10分近く 停車していたようです。
帰宅するため所沢駅から乗車した急行 飯能ゆきの6109Fは2105レでした。所沢駅10時8分発でしたから、所定8時32分発より96分の遅れです。
この列車は10時24分に入間市駅へ到着しましたが、間隔調整ということで、発車は10時28分発でした。
上り列車については、入間市駅を急行 池袋ゆきが10時24分に発車した直後の10時28分に、次の急行 池袋ゆきが到着し、2105レが発車しても止まったままでした。
2105レの前、所沢駅には飯能ゆきがしばらく来ていませんでした。先行列車が詰まっている、と言うことはないはずです。後続列車が遅れ、さらに飯能駅に車両が溜まっていたのかもしれません(仏子・元加治で下り列車の運転間隔が開いても、大した問題ではないと思いますので)。
なお上記の甲種貨物列車を撮影後、所沢駅へ戻ると東口の男子トイレが使用停止でした。故障または破壊行為でしょうか、作業員の方が2名ほど何やらされていました。
本日は埼玉県から出なかった、鈴木やすでした。
最後に。
「流鉄」へ会社名が変わりました。車体側面のロゴの「N」はこの車両で最後でしょうか?
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