2026年9月 5日 (土)

2026年8月29日(土)〜9月4日の西武線ほか見ただけ、金の力に勝てる魔法使いが時計を時計回りにしてくれないかな?

8月29日(土)

東急の車体広告電車 4104Fが58K運用で、1708レの時に西武4009F(52席)と武蔵藤沢駅から500メートルほどの所ですれ違ってました。

2026年8月29日。武蔵藤沢。東急4104Fの1708レ。左奥に4009Fの下り列車の尻が見えてます。
2026年8月29日。武蔵藤沢。

東急4104Fの1708レ。左奥に4009Fの下り列車の尻が見えてます。

8月30日(日)

午前中は自転車で吉祥寺へ行ってエルサルバドルの朝食を食べてました(結構 食べごたえがありました)。

2026年8月30日。井の頭公園〜吉祥寺。吉祥寺ゆきと渋谷ゆきの各停のすれ違い。
2026年8月30日。井の頭公園〜吉祥寺。
吉祥寺ゆきと渋谷ゆきの各停のすれ違い。

帰りは小手指車両基地へ寄り道して、48101Fと1251Fを拝見。

2026年8月30日 午前。小手指車両基地。公道側に48101F・トキイロが留置されていました。
2026年8月30日 午前。小手指車両基地。
公道側に48101F・トキイロが留置されていました。
2026年8月30日。小手指〜狭山ヶ丘駅間。53K運用の東急4104Fの1701レ(右端)と、小手指車両基地内に留置の1251F(左端)。
2026年8月30日。小手指〜狭山ヶ丘駅間。

53K運用の東急4104Fの1701レ(右端)と、小手指車両基地内に留置の1251F(左端)。

中村橋駅は、上り側のホームドアが稼働開始し、下り側にもホームドアが設置されていました。

2026年8月30日。中村橋駅。左側が下り線で、設置されたホームドアはまだ非稼働なので列車の到着前・発車後に安全確認してました。上り側のホームドアは稼働が始まり、列車の発車の前に閉じられています。
2026年8月30日。中村橋駅。

左側が下り線で、設置されたホームドアはまだ非稼働なので警備員さんが列車の到着前・発車後に安全確認してました。上り側のホームドアは稼働が始まり、列車の発車の前に閉じられています。

2026年8月30日。中村橋駅。開いたままのホームドアの前を通過するY515Fの準急 石神井公園ゆき4807レ。左奥に38114Fの5717レが見えてます。
2026年8月30日。中村橋駅。

開いたままのホームドアの前を通過するY515Fの準急 石神井公園ゆき4807レ。左奥に38114Fの5717レが見えてます。

以下の<つぶやき>も。

天皇をやりてー!と思って産まれてくる人はいません。

8月31日(月)

6354Fの3104レ、40158Fの4221レ・東急4108Fの3703レに乗車してました。

小手指車両基地の4番線の飯能方は朝も夜も、飯能方から1251F・30000系2連・263Fが並んでました。

西武池袋駅。2番ホームから見た、縁を角材で底上げしている1番ホームを見ています。
金の力で逆回転させられてる時計も近くにあります(観光客が魔法をかけると逆回転するのはダメでしょうか? AIの画像認識で可能かと。忙しい帰宅客とウィンウィンで逆回転させていただけると良いかな、と(特許取得済みな人がいる?)。)。

2026年8月31日 朝。池袋。2番ホームからみた1番ホームの床。線路脇には補強の柱が入ると思われる穴ができてます。
2026年8月31日 朝。池袋。

2番ホームからみた1番ホームの床。線路脇には補強の柱が入ると思われる穴ができてます。

続行運転の、郡山・福島ゆきと新潟ゆきの高速バス。車間距離をもう少し詰めても安全は確保できると思われ、スリップストリームを活用した空気抵抗削減で省エネ運転をしていただいても良いのかなと思ったり。

2026年8月31日 午前8時過ぎ。池袋駅近くの明治通り。手前が郡山・福島ゆきJRバス、奥が新潟ゆき越後交通バス。
2026年8月31日 午前8時過ぎ。池袋駅近くの明治通り。

手前が郡山・福島ゆきJRバス、奥が新潟ゆき越後交通バス。

9月1日(火)

6152Fの2102レと6158の4325レ・40155Fの2185レに乗車してました。

小手指車両基地の4番線の飯能方は、朝は1251F・30000系2連・263Fが飯能方から並んでました。夜は飯能方から263F・30000系だったかも(1251Fを見失いました)。

遺憾ながら、以下の<つぶやき>も。

(続けて)
2185レは40155Fでした。
本来であれば4325レから練馬で3705レへ乗り換えできたので、所沢で4325レから延長6753レへ乗り換えさせてほしかった。
6753レの30M運用も3705レの28M運用も、終着駅に着いたら次の仕事はないはず。
乗務員さんの残業時間のためであれば仕方がないと思うけど。
28M運用表示の40151Fの上り回送が元加治を20:33に通過でした。
西武球場前駅に急いで回送されて、プロ野球帰りの皆様の輸送に駆けつけた訳ではなさそう。
延長6753レのおかげで2185レの便乗者が減った事実はありますな。 ただ、(部外者目線で)大した手間を掛けずにもっと減らせたのも事実。

9月2日(水)

20103Fの2104レ・(<-飯能)32105F+38112Fの4204レと、6153Fの3107レに乗車してました。
稲荷山公園駅 05:58、40050系の下り回送通過。
清瀬駅4番ホームの夜間滞泊がメトロ10016Fだったようです(06:23)。

朝の手指車両基地の4番線の飯能方は、263F・1251F・32106F?が飯能方から並んでました。
夜は飯能方から263F?・1251F?・30000系2連でした。

お昼の高田馬場界隈は少しだけ青空が見られました。

2026年9月2日。高田馬場〜下落合。10112Fの120レ。
2026年9月2日。高田馬場〜下落合。10112Fの120レ。

9月3日(木)

自宅で静かにしてましたが、早朝、真っ白なジェット機が横田基地へ着陸する風情でした。
「250」はなくて、胴体後部に「N702CK」という標記だけがありました。

2026年9月3日 午前6時半ころ。元加治駅近く。北から横田基地へ着陸する風情の真っ白なジェット機。
2026年9月3日 午前6時半ころ。元加治駅近く。
北から横田基地へ着陸する風情の真っ白なジェット機。

9月4日(金)

6154Fの3102レと、40154Fの2177レ・6154Fの3107レに乗車してました。

小手指車両基地の4番線の飯能方は、朝は飯能方から263Fと1251F、夜は263Fだけでした。

以下の<つぶやき>も。

山手線の最高速度は80km/h程度に抑えて、代わりに東海道線や東北線・高崎線の最高速度を120km/hに上げていただくと良いかも。

| | コメント (4)

2026年8月30日 (日)

2026年8月22日(土)は外房線を見に行ってました、その2

大網から東金線(11時22分発)に乗車し、成東経由で千葉へ戻りました。大回りなので、茂原からであれば、代行バスの方が20分は速いと思います。

2026年8月22日 11時40分ころ。成東。右の到着した東金線の列車から左の総武線の千葉行ゆきへ多くの人が乗り換えてました。
2026年8月22日 11時40分ころ。成東。

右の到着した東金線の列車から左の総武線の千葉行ゆきへ多くの人が乗り換えてました。

蘇我駅から発車した、誉田ゆきの京葉線直通快速。

2026年8月22日 12時49分ころ。蘇我。発車していったE233系の快速 蘇我ゆき。
2026年8月22日 12時49分ころ。蘇我。
発車していったE233系の快速 蘇我ゆき。

昼の蘇我駅前。代行バスが行き交います。

2026年8月22日 13時前。蘇我駅前。右は茂原から到着した代行バスで、運転台の下に「【緊急災害対応】JR代行輸送」と掲出していました。その左は発車を待つ茂原ゆき代行バスです。奥が蘇我駅。
2026年8月22日 13時前。蘇我駅前。

右は茂原から到着した代行バスで、運転台の下に「【緊急災害対応】JR代行輸送」と掲出していました。その左は発車を待つ茂原ゆき代行バスです。奥が蘇我駅。

2026年8月22日 13時前。蘇我駅前。右は「外房線 代行バス」と運転席の上に掲出し回送されてきたバス(この直前にも、別の会社のバスが代行バス用に回送されてきてました)。その左は発車を待つ茂原ゆき代行バスです。奥が蘇我駅。
2026年8月22日 13時前。蘇我駅前。

右は「外房線 代行バス」と運転席の上に掲出し回送されてきたバス(この直前にも、別の会社のバスが代行バス用に回送されてきてました)。その左は発車を待つ茂原ゆき代行バスです。奥が蘇我駅。
さらに奥に、乗客を降ろしている茂原から到着した代行バスのおしりが見えてます。

千葉駅へ入る、京葉線色のE233系。

2026年8月22日 13時15分ころ。蘇我。千葉駅から到着する誉田ゆきのE233系10連。
2026年8月22日 13時15分ころ。蘇我。

千葉駅から到着する誉田ゆきのE233系10連。
前の週はホームの発車案内表示などで8連となっていましたが、この日は10連と正しくなっていました。

2026年8月22日 13時28分ころ。本千葉。209系の誉田ゆきは前面は「外房線」表示でした(内房線の列車も線名表示だけ)。
2026年8月22日 13時28分ころ。本千葉。

209系の誉田ゆきは前面は「外房線」表示でした(内房線の列車も線名表示だけ)。
左奥に、京成千葉線の折返し待ちの電車が見えています。

京葉線から外房線へ直通の快速と、総武線から内房線へ直通の快速が蘇我駅で接続するダイヤでした。

2026年8月22日 13時44分ころ。蘇我。手前が京葉線から外房線へ直通の快速 誉田ゆき、右奥に総武線から直通の君津ゆき快速の頭が見えてます。
2026年8月22日 13時44分ころ。蘇我。

手前が京葉線から外房線へ直通の快速 誉田ゆき、右奥に総武線から直通の君津ゆき快速の頭が見えてます。

2026年8月22日 13時44分ころ。蘇我。京葉線から2番ホームへ到着する、外房線へ直通の快速 誉田ゆき。
2026年8月22日 13時44分ころ。蘇我。

京葉線から2番ホームへ到着する、外房線へ直通の快速 誉田ゆき。

2026年8月22日 13時45分ころ。蘇我。京葉線へ入らずに千葉駅へ向かう京葉線のE233系。
2026年8月22日 13時45分ころ。蘇我。
京葉線へ入らずに千葉駅へ向かう京葉線のE233系。
2026年8月22日 14時11分ころ。千葉。京葉線のE233系使用の誉田ゆきが発車していきました。
2026年8月22日 14時11分ころ。千葉。

京葉線のE233系使用の誉田ゆきが発車していきました。

2026年8月22日 14時46分ころ。蘇我。左が誉田から千葉へ向かい、右は京葉線から誉田へ行く、2本の京葉線色のE233系。
2026年8月22日 14時46分ころ。蘇我。

左が誉田から千葉へ向かい、右は京葉線からの快速列車で誉田へ行く、2本の京葉線色のE233系。
この時は総武線が遅れていて、君津ゆき快速との同時到着とはならず。

2026年8月22日 15時4分ころ。千葉。内房線の209系と、外房線の京葉線色E233系の誉田ゆきの並び。
2026年8月22日 15時4分ころ。千葉。

内房線の209系と、外房線の京葉線色E233系の誉田ゆきの並び。
誉田ゆきは下り列車ですが、列車番号は「264M」と上り列車を表示中。発車までまだまだ時間はあります。

2026年8月22日 15時4分ころ。千葉。発車した誉田ゆきの京葉線色のE233系。
2026年8月22日 15時4分ころ。千葉。

発車した誉田ゆきの京葉線色のE233系。
ホーム停車中は長らく「264M」と表示されていた列車番号は「263M」の表示になっていました。

総武快速線を走る誉田ゆき。

2026年8月22日 15時23分ころ。千葉。到着する、総武快速線から直通の誉田ゆきの快速列車。
2026年8月22日 15時23分ころ。千葉。

到着する、総武快速線から直通の誉田ゆきの快速列車。

2026年8月22日 16時11分ころ。津田沼。到着する誉田ゆき総武快速。
2026年8月22日 16時11分ころ。津田沼。到着する誉田ゆき総武快速。

夕方の総武快速線の車内。外房線の誉田〜大網駅間は翌日から運転再開、代行バスはこの日の21時が最後と、案内されていました。

2026年8月22日 16時ころ。総武快速線の車内。側扉上の動画案内表示。外房線の23日の全線運転再開を告知してます。
2026年8月22日 16時ころ。総武快速線の車内。

側扉上の動画案内表示。外房線の23日の全線運転再開を告知してます。

総武快速線の乗換案内などの車内放送では代行バスは紹介せず、成東周りの迂回乗車だけを案内してました。千葉駅の構内にも代行バスの掲示はなかったと思います。

| | コメント (2)

2026年8月22日(土)は外房線を見に行ってました、その1

8月13日から14日にかけて千葉県で大雨が降り、外房線は誉田〜茂原駅間が15日も運転見合わせととなりました。
16日から茂原〜本納駅間、18日から本納〜大網駅間も運転を再開しましたが、誉田〜大網駅間の運転再開は23日となりました。
JRは代行バスを、蘇我〜茂原駅間(直行)と、誉田〜土気駅間で運行しました。
8月22日朝の蘇我駅の改札口の前の掲示です。

2026年8月22日 朝。蘇我駅。改札口の前の掲示。
2026年8月22日 朝。蘇我駅。改札口の前の掲示。
2026年8月22日 朝。蘇我駅。東口の、改札口から一番遠いバス停(写真の中央奥)から代行バスが発車していました。
2026年8月22日 朝。蘇我駅。

東口の、改札口から一番遠いバス停(写真の中央奥)から代行バスが発車していました。
到着は、他の路線バスと同様に改札口に近いところで降車でした。

乗車した代行バスは、蘇我駅前を8時17分に発車。
千葉東インターチェンジから千葉東金道路に入り、東金ジャンクションから圏央道へ入って、茂原長南インターチェンジで降りて、茂原駅へ9時19分に到着してました。
茂原北ICで降りれば本納駅へ寄ることも可能ですが、道草を喰う余裕はないのだと理解しております。

2026年8月22日 朝。東金ICの手前。路肩が崩れて、1車線を閉鎖して補修工事中でした。
2026年8月22日 朝。東金ICの手前。

路肩が崩れて、1車線を閉鎖して補修工事中でした。
途中 稲が倒れている田んぼも見られましたが、全滅という感じはなくて、これくらいならば見たことあるな、といった程度でした。

2026年8月22日 9時20分ころ。茂原駅前。到着した代行バス。
2026年8月22日 9時20分ころ。茂原駅前。到着した代行バス。

8月20日の朝日新聞朝刊では、18日の茂原駅前で午前4時半ころから蘇我駅ゆき代行バスを待つ人たちが行列したので40分前倒して5時20分ころから運行を始めたけれど、午前7時ころまで約150メートルの行列が続いていたと報じていました。

茂原駅の改札口前の掲示です。
振替輸送ではなくて代行バスなので利用者は、定期券以外のスイカ利用者は駅員に申告して自動改札機にタッチする運用だったようです(駅員さんに確かめたわけではないのですが。私はフリーきっぷ利用でした)。蘇我駅でも、代行バス利用者は有人通路を通るようにと案内されてました。

2026年8月22日 朝。茂原駅。改札前の掲示。
2026年8月22日 朝。茂原駅。改札前の掲示。

15両対応の長いホームで、駅は閑散としていました。

私が乗車したバスの2本後の代行バスは、九十九里観光のバスでした。前面に「JR代行バス」と掲示(「JRバス関東様」と掲示した代行バスもあった気がしてます)。

2026年8月22日 9時40分ころ。茂原駅前。蘇我駅から到着したであろう、九十九里観光のJR代行バス。
2026年8月22日 9時40分ころ。茂原駅前。

蘇我駅から到着したであろう、九十九里観光のJR代行バス。

到着した代行バスが乗客を乗せて蘇我駅へ戻るケースは少なく、駅の南西方向へ回送されることが多かったです。
逆に、新しいバスが駅の南西方向から回送されてきて、蘇我駅ゆきの代行バスとなっていました。

2026年8月22日 10時過ぎ。茂原駅前。駅の南西方向から回送されてきたバス。ロータリーを1周して、左手のバス停で蘇我駅へ向かう乗客を乗せます。
2026年8月22日 10時過ぎ。茂原駅前。

駅の南西方向から回送されてきたバス。ロータリーを1周して、左手のバス停で蘇我駅へ向かう乗客を乗せます。
中央上の赤い物体は、茂原駅前から発車した蘇我駅ゆきの代行バスのお尻。右折レーンにいます。

2026年8月22日 10時過ぎ。茂原駅前。中央下がバス停で蘇我駅へ向かう乗客を待つJR代行バスです。
2026年8月22日 10時過ぎ。茂原駅前。

中央下がバス停で蘇我駅へ向かう乗客を待つJR代行バスです。
高架ホームから撮っています。

蘇我駅ゆきの代行バスは、駅前から国道128号線へ右折していました。茂原長柄ICまたは茂原北ICから、圏央道へ入っていったと思われます。

茂原駅から大網駅まで209系4+4連の外房線の上り列車で移動しました。
大網駅の構内も浸水したようで、一部のエスカレーターは地上側に止水板が残り汚れてました。

2026年8月22日 10時半ころ。大網駅。外房線の上り・1番ホームの階段の途中から下を見ています。奥が改札口。
2026年8月22日 10時半ころ。大網駅。

外房線の上り・1番ホームの階段の途中から下を見ています。奥が改札口。
ここが一番汚れてました。

2026年8月22日 10時半ころ。大網駅。1週間以上たち駅構内は基本的には汚れは残っていなかったです。発車案内は、外房線の上りは「運転終了」。
2026年8月22日 10時半ころ。大網駅。

1週間以上たち駅構内は基本的には汚れは残っていなかったです。発車案内は、外房線の上りは「運転終了」。

2026年8月22日 10時半ころ。大網駅。高架下の店舗の営業再開はまだでした。外壁の掃除をしてました。
2026年8月22日 10時半ころ。大網駅。

高架下の店舗の営業再開はまだでした。外壁の掃除をしてました。

2026年8月22日 11時前。大網駅。外房線のホーム南端から西側を見ています。フェンスが倒れていますが、運転が下手な人が一人だけではこういうふうに倒れないと思われ(倒したあとでわざわざ枯れ草をフェンスへばらまいたりも必要)、水が犯人なのでしょう。
2026年8月22日 11時前。大網駅。

外房線のホーム南端から西側を見ています。フェンスが倒れていますが、運転が下手な人が一人だけではこういうふうに倒れないと思われ(倒したあとでわざわざ枯れ草をフェンスへばらまいたりも必要)、水が犯人なのでしょう。

大網駅へ10時23分に上り列車で到着した車両は、27分ころに千葉方へ発車し、渡り線を通って10時35分ころに下りホームへ据え付けられて、11時9分発の上総一宮ゆきになっていました。

2026年8月22日 10時34分ころ。大網。上り本線から千葉方の渡り線を通って下りホームへ据え付けられる209系の4+4連。
2026年8月22日 10時34分ころ。大網。

上り本線から千葉方の渡り線を通って下りホームへ据え付けられる209系の4+4連。

11時1分に大網止まりの上り列車が到着し、上総一宮ゆきと並びました。

2026年8月22日 11時過ぎ。大網。到着する外房線の209系4+4連の上り列車。
2026年8月22日 11時過ぎ。大網。
到着する外房線の209系4+4連の上り列車。
2026年8月22日 11時過ぎ。大網。左が到着した上り列車で「回送」表示に変わっています。右は発車を待つ上総一宮ゆき。
2026年8月22日 11時過ぎ。大網。

左が到着した上り列車で「回送」表示に変わっています。右は発車を待つ上総一宮ゆき。
上総一宮ゆきの列車番号が4011Aですが、千葉方で折返しの入換中は0250M表示でしたし、その前にこの車両が茂原駅に到着したときも0250Mでした。
部外者にはうかがいい知れない世界が広がっているのかも、しれませんが、他愛のない理由なのかも、しれません。

| | コメント (2)

2026年8月23日 (日)

2026年8月16日(日)は用事があって千葉へ行ってました、京葉線のE233系も千葉駅へ

特急ホームと7番ホームの間の柵がなくなって、飲料の自動販売機がなくなったと以前に書きましたが、復活してました。

2026年8月16日 朝。池袋。特急ホーム側から7番ホームを見ています。
2026年8月16日 朝。池袋。

特急ホーム側から7番ホームを見ています。
7月30日朝は、この飲料の自販機はなかったです。ラビューに不可欠?

京成の町屋駅のホームからの光景。

2026年8月16日 8時2分ころ。町家。3688ほか6連の京成佐倉ゆき。
2026年8月16日 8時2分ころ。町家。
3688ほか6連の京成佐倉ゆき。
2026年8月16日 8時12分ころ。町家。手前から、三ノ輪橋ゆき8092、早稲田ゆき7703、そして東武バス。
2026年8月16日 8時12分ころ。町家。

手前から、三ノ輪橋ゆき8092、早稲田ゆき7703、そして東武バス。

京成高砂駅。

2026年8月16日 8時55分ころ。京成高砂。「KENTY SKYLINER」の下りスカイライナーと、京急1000形の普通 羽田空港ゆき(左奥)。
2026年8月16日 8時55分ころ。京成高砂。

「KENTY SKYLINER」の下りスカイライナーと、京急1000形の普通 羽田空港ゆき(左奥)。

2026年8月16日 9時21分。京成高砂。3209ほか6連の普通 京成佐倉ゆき。
2026年8月16日 9時21分。京成高砂。
3209ほか6連の普通 京成佐倉ゆき。

千葉中央駅。

2026年8月16日 10時29分。千葉中央駅。ちはら台から到着する3516ほか4連の京成津田沼ゆき。奥は引き上げ線で折り返し待ちの8803。
2026年8月16日 10時29分。千葉中央駅。

ちはら台から到着する3516ほか4連の京成津田沼ゆき。奥は引き上げ線で折り返し待ちの8803。

2026年8月16日 10時36分ころ。千葉中央駅。京成のホームから、JR外房線を走るE131系2連の下り回送列車が見られました。
2026年8月16日 10時36分ころ。千葉中央駅。

京成のホームから、JR外房線を走るE131系2連の下り回送列車が見られました。

鎌取駅。京葉線から直通の快速は誉田ゆきで運転されてました。

2026年8月16日 13時54分ころ。鎌取駅。誉田ゆき快速のE233系。
2026年8月16日 13時54分ころ。鎌取駅。
誉田ゆき快速のE233系。
2026年8月16日 14時23分ころ。鎌取。ホームの発車案内では14時23分発 8両 誉田ゆきと表示されていた下り列車は、E233系10連でした。
2026年8月16日 14時23分ころ。鎌取。

ホームの発車案内では14時23分発 8両 誉田ゆきと表示されていた下り列車は、E233系10連でした。

誉田駅。
千葉方面の上り専用の3番ホームは立入禁止になっていました。

2026年8月16日 14時37分。誉田。2番ホームの中線から発車したE233系の千葉ゆき普通。
2026年8月16日 14時37分。誉田。
2番ホームの中線から発車したE233系の千葉ゆき普通。
2026年8月16日 14時45分。誉田。2番ホームへ到着した209系4+4連の下り列車。千葉へ折り返します。
2026年8月16日 14時45分。誉田。

2番ホームへ到着した209系4+4連の下り列車。千葉へ折り返します。
この列車で蘇我へ戻りましたが、途中、内房線が走る臨海工業地帯の煙突からオレンジ色の炎が見られました。

蘇我駅。

2026年8月16日 15時2分ころ。蘇我。外房線の千葉ゆき209系(左)と、留置されるJR貨物のEF210-140とEH200-9。
2026年8月16日 15時2分ころ。蘇我。

外房線の千葉ゆき209系(左)と、留置されるJR貨物のEF210-140とEH200-9。

2026年8月16日 15時28分。蘇我。到着する誉田ゆき表示のE235系の総武線直通の快速。
2026年8月16日 15時28分。蘇我。

到着する誉田ゆき表示のE235系の総武線直通の快速。

14時半過ぎに誉田駅で千葉への発車を見送ったE233系を蘇我駅で待っていたのですが、1時間近く待っても来ないので千葉ゆきへ乗車したら、誉田ゆきでやって来るE233系とすれ違いました。背後に京成千原線の3500形の上り列車が写っています。

2026年8月16日 15時48分ころ。蘇我〜千葉中央駅間。上り列車の車内から見られたE233系の誉田ゆきと、京成千原線の3500形の上り列車(奥)。
2026年8月16日 15時48分ころ。蘇我〜千葉中央駅間。

上り列車の車内から見られたE233系の誉田ゆきと、京成千原線の3500形の上り列車(奥)。

この後、千葉駅から乗車した総武快速線のモハE234-1008は、台車付近の座席に座っていたら足元から振動が脳天まで伝わる初めての経験を味わえました。
山手線で走っているE235系と同じ電車とは思えなかったです。

以下の<つぶやき>も。

| | コメント (2)

2026年8月16日 (日)

2026年8月8日(土)は逗子と東ドイツの知らなかった一面を発見&金沢八景で入換機関車を目撃ほか

朝の元加治駅の西の空。

2026年8月8日。元加治。6153Fの4101レ。
2026年8月8日。元加治。6153Fの4101レ。

「西武 旅するレストラン」の西武秩父からの復路は8月に入っても運転時間帯は遅くなっていません。

2026年8月8日 17時27分ころ。入間市駅。5番ホームへ到着する4009F(52席)の上り列車。
2026年8月8日 17時27分ころ。入間市駅。
5番ホームへ到着する4009F(52席)の上り列車。

逗子に用事があったこともあり、品川から京急に乗車しました。

2026年8月6日 10時前。品川。到着する1548ほか4連の品川ゆきと、工事中の跨線橋(左)。
2026年8月6日 10時前。品川。

到着する1548ほか4連の品川ゆきと、工事中の跨線橋(左)。

金沢八景駅の横で何やら入換してました。

2026年8月6日 10時半過ぎ。金沢八景駅の横。京急の下り列車の車内から見られた、青色の機関車が、京王向けの車両を入換してる風情。
2026年8月6日 10時半過ぎ。金沢八景駅の横。

京急の下り列車の車内から見られた、青色の機関車が、京王向けの車両を入換してる風情。

京急の逗子・葉山駅で下車し、バスの始発となっているJRの逗子駅前へ行くと、バス停には30人ほどの行列。海水浴へ行く人が多そうでした。いまどき公共交通機関で海水浴へ行く人がこんなに多いのかと、ビックリしました。
1台見送り15分後のバスはよくわからない事情があって発車が5分ほど遅れて超満員でした。京急の逗子・葉山駅前にも20名ほどの乗客が待っていましたが誰も乗車できずでした。

2026年8月6日 12時前。京急の逗子・葉山駅前のバス停。20名ほどの人が待っていましたが、誰も乗れませんでした。
2026年8月6日 12時前。京急の逗子・葉山駅前のバス停。

バスの車内から。左手が京急の駅のホームです。20名ほどの人が待っていましたが、誰も乗れませんでした。
京急バスはすべてJRの逗子駅前のバスのりばから発着していて、逗子駅ゆきバスの京急駅前のバス停は交差点を渡ったところにありました。JRの方は横須賀線の終着・始発列車もある途中駅で、一方の京急は支線の終端駅ということで、逗子においては、京急は脇役のようでした。

私の用事は海水浴ではなくて、いまはなき、共産主義国家の東ドイツの写真家の展覧会を観ることでした。
とりあえず行ってみたのですが、ファッションの写真も多くて予想外でした(他にも想定外の類の写真はありましたが省略)。当時は、西側諸国から野暮ったいファッションとバカにされていたこととは思いますが。
自由のない共産主義国家というイメージが間違いではないと思いますので、写真家へそれなりの自由が与えられていたと言うよりは、プロパガンダに協力させられつつも独自の表現を写真家さんたちが模索されていたということでしょう。

2026年8月8日。神奈川県立近代美術館 葉山館。「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」の展示(写真撮影禁止は一部の作品だけでした)。8月30日まで開催されています。
2026年8月8日。神奈川県立近代美術館 葉山館。

「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」の展示(写真撮影禁止は一部の作品だけでした)。当然、写真作品の展示がたくさんです。8月30日まで開催されています。

2026年8月8日 お昼。逗子(近代美術館から10分ほど駅へ向かって歩いた所)。美術館の前の海岸は海水浴場になっていて賑わっていました(写真の奥)が、波は高かったです。
2026年8月8日 お昼。逗子
(近代美術館から10分ほど駅へ向かって歩いた所)。

美術館の前の海岸は海水浴場になっていて賑わっていました(写真の奥)が、波は高かったです。

美術館の前の停留所から三つほど歩いて、漁港の脇の芝崎バス亭から逗子駅へ戻りました。
駅から来るバスを3本ほど見送りましたが、駅へ行くバスはなかなか来ず、やって来たバスはそれなりに混んでいて、途中の乗降もありましたが、乗られない乗客は出ませんでした。

2026年8月8日 14時過ぎ。芝崎。漁港の脇を走る葉山一色ゆきの京急バス。前面窓ガラスの裏に「増発」と書かれた白紙が置かれてました。
2026年8月8日 14時過ぎ。芝崎。

漁港の脇を走る葉山一色ゆきの京急バス。前面窓ガラスの裏に「増発」と書かれた白紙が置かれてました。

以下の<つぶやき>も。

| | コメント (2)

2026年8月 9日 (日)

2026年8月1日(土)・2日の西武線ほか見ただけ、ジャッキアップされたホーム床も

<お知らせ>ブログのデータ量が上限に達したので、過去の記事から画像を削除しました。

8月1日(土)

お昼の池袋〜大塚駅間。コンテナ貨物列車は来ませんでした。

2026年8月1日 12時11分ころ。池袋〜大塚駅間。新宿へ向かうサフィール踊り子の回送列車です。
2026年8月1日 12時11分ころ。池袋〜大塚駅間。
新宿へ向かうサフィール踊り子の回送列車です。

4009F(52席)の上り列車の運転時刻は変わらず、入間市駅で2164レに追い抜かれて西武新宿へ発車して行きました。

2026年8月1日 17時33分ころ。入間市駅。特別仕様の駅名標の5番ホームから発車していく4009F(52席)の上り列車。
2026年8月1日 17時33分ころ。入間市駅。

特別仕様の駅名標の5番ホームから発車していく4009F(52席)の上り列車。

19時前の、元加治駅近くから南を見た空です。この後、雨が降ることはありませんでした。

2026年8月1日 19時前。元加治駅近く。南の空。
2026年8月1日 19時前。元加治駅近く。南の空。

8月2日(日)

秩父鉄道の武州原谷駅の、羽生方の引き上げ線に貨車を引き込んで、入換作業中でした。

2026年8月2日 8時半ころ。武州原谷駅。車内から見られた、羽生方の引き上げ線に引き込まれた貨車と、ディーゼル機関車。
2026年8月2日 8時半ころ。武州原谷駅。車内から見られた、羽生方の引き上げ線に引き込まれた貨車と、ディーゼル機関車。

御花畑から上長瀞まで乗車した7904ほか2連は「貨物・旅客4社連絡スタンプラリー」のHM付きでした。岡山県から茨城県までの4社で実施中なんだと思います。

2026年8月2日 8時35分ころ。上長瀞。HM付きの7904ほか2連の熊谷ゆき。
2026年8月2日 8時35分ころ。上長瀞。
HM付きの7904ほか2連の熊谷ゆき。

御花畑駅へ到着するSL列車です。ヘッドマークは「2026 SL ガリガリ君エクスプレス」でした。

2026年8月2日 12時20分ころ。御花畑。到着するSL列車。
2026年8月2日 12時20分ころ。御花畑。到着するSL列車。
2026年8月2日12時24分ころ。御花畑。編成が長くホームに入り切らず、最後尾と2両目後部ドアはホームにかかっていませんでした。発車時は最後尾にいる車掌さんがホームに入るまで緑色の手旗を出していました。
2026年8月2日12時24分ころ。御花畑。

編成が長くホームに入り切らず、最後尾と2両目後部ドアはホームにかかっていませんでした。
発車時は最後尾にいる車掌さんがホームに入るまで緑色の手旗を出していました。

西武秩父駅のホームから見た、帰りのSL列車列車です。

2026年8月2日 14時30分ころ。西武秩父(御花畑〜影森駅間)。帰りの秩父鉄道のSL列車。
2026年8月2日 14時30分ころ。西武秩父(御花畑〜影森駅間)。
帰りの秩父鉄道のSL列車。

横瀬の解体線にクハ4023とクハ4024だけが残っていました。

2026年8月2日 朝。横瀬。下り列車の車内から見た、解体線に残るクハ4023とクハ4024。
2026年8月2日 朝。横瀬。

下り列車の車内から見た、解体線に残るクハ4023とクハ4024。

西武の車内から見た、JR東日本の東飯能駅ホームです。床の端はジャッキで支持されてました。

2026年8月2日 朝。東飯能。西武の車内から見た、高麗川方面ゆきホームです。
2026年8月2日 朝。東飯能。
西武の車内から見た、高麗川方面ゆきホームです。

西武秩父駅前からは三峰神社ゆき西武バスが発車していました。

2026年8月2日 12時30分ころ。西武秩父駅前。三峰神社ゆき西武バス。
2026年8月2日 12時30分ころ。西武秩父駅前。
三峰神社ゆき西武バス。

秩父鉄道 荒川橋梁の下流側で撮っていた件を別掲しています。

| | コメント (2)

2026年8月 2日 (日)

2026年7月27日(月)〜31日の西武線ほか見ただけ

7月27日(月)

自宅で静かにしてました。

7月28日(火)

6153Fの2102レと6114Fの2195レに乗車してました。

7月29日(水)

朝の富士見台駅・中村橋駅の様子(環境活動参加者輸送の4009Fも)と、午後の西所沢駅でのメトロ10024Fの単振動を別掲しております。

午後の小手指車両基地の3番線飯能方に(<-飯能)1241F+1251Fが留置されているようでした。

2026年7月29日 15時ころ。小手指〜狭山ヶ丘駅間。下り列車の車内から小手指車両基地を見ています。手前の6000系の奥に屋根が白い車両が留置されています。
2026年7月29日 15時ころ。小手指〜狭山ヶ丘駅間。

下り列車の車内から小手指車両基地を見ています。手前の6000系の奥に屋根が白い車両が留置されています。

中村橋駅飯能方の、上り緩行線の架線です。カラフルなフックが三つ、並んでました。

2026年7月29日 朝。中村橋駅。飯能方のホームから見えた架線。吊架線とトロリー線にフックが三つ、設置されてました。
2026年7月29日 朝。中村橋駅。

飯能方のホームから見えた、上り緩行線の架線。吊架線とトロリー線にフックが三つ、設置されてました。

平日なので、線路内に作業をする人たちがいました。

2026年7月29日 午前中。練馬〜中村橋駅間。上り列車の車内から池袋方面を見ています。
2026年7月29日 午前中。練馬〜中村橋駅間。

上り列車の車内から池袋方面を見ています。
左手の高架橋の壁の付近の作業のためと思いますが、中村橋駅のホームの池袋方に着色の服を着た男性が、急行線を上り列車が通過するたびに無線で何やら話してました。

午後の横田基地を離陸してきたであろう、プロペラ機。
以前に、プロペラの基数が右と左で違うのではないかと書いた飛行機がありましたが、おそらくこれと同型機で、プロペラの基数は右も左も2で、同じだったのだと思います。

2026年7月29日 16時前。元加治駅近く。横田基地を離陸してきたであろうアメリカ軍のプロペラ機。「D75」という表記が見えます。
2026年7月29日 16時前。元加治駅近く。

横田基地を離陸してきたであろうアメリカ軍のプロペラ機。「D75」という表記が見えます。

2026年7月29日 18時前。元加治駅近く。横田基地を離陸してきたであろうアメリカ軍のプロペラ機。「D66」という表記が見えます。
2026年7月29日 18時前。元加治駅近く。

横田基地を離陸してきたであろうアメリカ軍のプロペラ機。「D66」という表記が見えます。

夕方、横田基地の周りをアメリカ軍のプロペラ機が周回飛行している風情でした。

2026年7月29日 18時半ころ。元加治駅近く。アメリカ軍のプロペラ機。
2026年7月29日 18時半ころ。元加治駅近く。アメリカ軍のプロペラ機。

7月30日(木)

(<-飯能)32101F+38109Fの2102レと6155Fの2915レに乗車してました。

池袋駅の7番ホームと特急ホームの間にあった柵がなくなって、直接 行き来ができるようになっていました。ホームドアが設置されるまでの一時的な措置かもしれません。
柵に沿って設置されていた飲料自販機もなくなっています。

2026年7月30日 朝。池袋。手前が7番ホームで、奥が特急ホームです。
2026年7月30日 朝。池袋。
手前が7番ホームで、奥が特急ホームです。

お昼の学習院下電停。

2026年7月30日 12時半ころ。学習院下電停。8908の三ノ輪橋ゆき。左手にMEX(福島交通)の高速バスが見えてます。
2026年7月30日 12時半ころ。学習院下電停。

8908の三ノ輪橋ゆき。左手にMEX(岩手県北交通福島交通)の高速バスが見えてます。

終点に到着し乗客をおろした、池袋駅東口ゆき西武バス。

2026年7月30日 8時過ぎ。池袋の西武デパートの前。終点に到着した池袋駅東口ゆき西武バス。
2026年7月30日 8時過ぎ。池袋の西武デパートの前。
終点に到着した池袋駅東口ゆき西武バス。

7月31日(金)

自宅で静かにしてました。

| | コメント (3)

2026年7月25日(土)・26日の西武線ほか見ただけ、1251Fがピカピカになって小手指へ戻ってました

7月25日(土)

試運転表示のピカピカの1251Fが小手指車両基地の入口に留置されてました。

2026年7月25日 午前9時ころ。小手指。車両基地の入口付近に止まる試運転表示の1251F.。
2026年7月25日 午前9時ころ。小手指。車両基地の入口付近に止まる試運転表示の1251F.。
2026年7月25日 午前9時ころ。小手指。

車両基地の入口付近に止まる試運転表示の1251F.。
1枚目の左奥に7102Fが見えてます。

昼過ぎは、1251Fは少し建屋の方へ移動し、その本線側には7110Fが止まってました。

2026年7月25日 13時半ころ。小手指。下り列車の車内から見た、車両基地内の7110Fと1251F。
2026年7月25日 13時半ころ。小手指。

下り列車の車内から見た、車両基地内の7110Fと1251F。

日差しが強い池袋でしたが、IKEBUSは走っていましたが、8月1日(土)〜9月30日(金)は、13時から16時まで運休とバス停に掲示が出てました。

2026年7月25日 12時半ころ。池袋。強い日差しの中を走る黄色のIKEBUS。
2026年7月25日 12時半ころ。池袋。

強い日差しの中を走る黄色のIKEBUS。
IKEBUSは空調装置がありません。

以下の<つぶやき>も。

調査対象者に成果を還元しているから適切なのでしょうか?
あなたの借金はあそこにいくらとここにいくらで計○万円で、現在 交際しているのはAさんとBさんで月×万円かかってますね、ここをこうするとお二人との仲がもっと良くなるかもしれません、ちなみにCさんもお好みかもしれませんょ、こういうお仕事があるのでいかがですか?、すぐに借金は返せますよ、とか、…(うらやましい?)。

7月26日(日)

この日の朝もピカピカの1251Fは「試運転」表示で小手指車両基地の入口付近に止まってました。

2026年7月26日 7時49分ころ。小手指。車両基地の横を通過する4009F(52席)の上り回送列車(左端)と、7106F、「試運転」表示の1251F。
2026年7月26日 7時49分ころ。小手指。

車両基地の横を通過する4009F(52席)の上り回送列車(左端)と、7106F、「試運転」表示の1251F。

2026年7月26日 8時前。小手指。車両基地の入口付近に止まる7106F(左奥)と「試運転」表示の1251F。
2026年7月26日 8時前。小手指。

車両基地の入口付近に止まる7106F(左奥)と「試運転」表示の1251F。

朝の狭山線は7110Fが担当していましたが、西所沢8時9分発(6251レ)から20158Fが追加になってました。

2026年7月26日。西所沢。6116レで到着する7110F。
2026年7月26日。西所沢。

6116レで到着する7110F。
7110Fも種別表示が、池袋方は赤系、飯能方は白系でした。

11時50分の武蔵藤沢駅飯能方で、西武秩父へ向かう4009F(52席)と、東急4108Fの1708レがすれ違いました。

2026年7月26日 11時50分ころ。武蔵藤沢。4009F(52席)の西武秩父ゆき(左)と、東急4108Fの1708レ。
2026年7月26日 11時50分ころ。武蔵藤沢。

4009F(52席)の西武秩父ゆき(左)と、東急4108Fの1708レ。

夕方は灰色にも見える、機体が真っ白なはずのN740CKでした。

2026年7月26日 17時過ぎ。元加治駅近く。横田基地から離陸したであろう胴体後部にN740CKの表記があるジェット機。
2026年7月26日 17時過ぎ。元加治駅近く。

横田基地から離陸したであろう胴体後部にN740CKの表記があるジェット機。

以下の<つぶやき>も。

軍人さんが言う危機なので水不足や飢饉ではないと思いますが、水不足や飢饉が起こらないとは限らない。。

| | コメント (4)

2026年7月26日 (日)

2026年7月19日(日)〜24日の西武線ほか見ただけ

<お知らせ>ブログのデータ量が上限に達したので、過去の記事から画像を削除しました。

7月19日(日)

仏子駅を通過するメトロ17005Fの1704レです。前日は西武秩父発のS-TRAINが東急へ行けなかったけれど、翌日は平常運転。

2026年7月19日。仏子。メトロ17005Fの1704レ。
2026年7月19日。仏子。メトロ17005Fの1704レ。

11時ころの小手指車両基地では263Fが駅側で待機?

2026年7月19日 11時ころ。小手指。上り列車の車内から見た小手指車両基地。入口側に263Fがいました。左奥の1番線には7000系が見えます。
2026年7月19日 11時ころ。小手指。上り列車の車内から見た小手指車両基地。入口側に263Fがいました。左奥の1番線には7000系が見えます。

中村橋駅の2番ホーム(上り線側)にホームドアができてました。非稼働で、ドアは全開。

2026年7月19日 11時半ころ。中村橋。上り通過列車から見たホーム。奥は富士見台駅。
2026年7月19日 11時半ころ。中村橋。上り通過列車から見たホーム。奥は富士見台駅。

夕方の入間市駅へ到着する「西武 旅するレストラン」。

2026年7月19日 17時25分ころ。入間市〜仏子駅間。4009F(52席)の上り列車。
2026年7月19日 17時25分ころ。入間市〜仏子駅間。4009F(52席)の上り列車。

以下の<つぶやき>も。

7月20日(月)

秩父鉄道へ行っていた件を別掲しております。

仏子〜元加治駅間を通過する、帰りの4009F(52席)の上り列車。

2026年7月20日 17時21分ころ。仏子〜元加治駅間。4009F(52席)の上り列車。
2026年7月20日 17時21分ころ。仏子〜元加治駅間。4009F(52席)の上り列車。

7月21日(火)

自宅で静かにしてましたが、10時22分ころ、仏子〜元加治駅間を7000系4連の上り列車が通過してました。

7月22日(水)

(<-飯能)32104F+38115Fの2102レと、6115Fの3113レに乗車してました。

7月23日(木)

自宅で静かにしてました。

真っ白なジェト機が朝の横田基地へ着陸する風情でした。
まっしろな西武N101系4連へのオマージュでしょうか?(そのうちタイアップした記念乗車券が発売されたりとか)

2026年7月23日 午前8時前。元加治駅近く。胴体後部に「N740CK」の標記がある真っ白なジェット機。
2026年7月23日 午前8時前。元加治駅近く。胴体後部に「N740CK」の標記がある真っ白なジェット機。

7月24日(金)

6155Fの3102レと6158Fの2195レに乗車してました。

夏休みに入って渋滞しているのか、増発しているのか、大阪からの夜行高速バスを朝の池袋で見かけるようになりました。

2026年7月24日 8時過ぎ。池袋駅近くの明治通り。大阪からやって来たはずの、アルピコグループの夜行高速バス。
2026年7月24日 8時過ぎ。池袋駅近くの明治通り。大阪からやって来たはずの、アルピコグループの夜行高速バス。

以下の<つぶやき>も。

| | コメント (3)

2026年7月20日(休日)は秩父鉄道へ行ってました

<お知らせ>ブログのデータ量が上限に達したので、過去の記事から画像を削除しました。

9時25分に上長瀞駅を発車した影森ゆきは7704ほか3連で、七夕ヘッドマーク付きでした。前後で絵柄は異なってました。

2026年7月20日 9時25分ころ。上長瀞。発車していく影森ゆき7704ほか3連。
2026年7月20日 9時25分ころ。上長瀞。
発車していく影森ゆき7704ほか3連。

上長瀞〜親鼻駅間の荒川の川岸で2時間ほど撮らせていただきました。最終的に皆野町へ入っていくと思われる200円をお支払いして(2600年前に天皇から賜った土地を使わせていただいているという意識は低いかもしれない料金徴収係さんがいました(オレの畑はオレのもの、勝手に使った奴は絶対に許さないという、現代人としては普通の意識は高そうでした))

2026年7月20日 10時15分ころ。上長瀞〜親鼻駅間。西武4003Fの長瀞ゆき。
2026年7月20日 10時15分ころ。上長瀞〜親鼻駅間。
西武4003Fの長瀞ゆき。

西武4003Fはすぐに横瀬駅へ回送されました。

2026年7月20日 10時23分ころ。上長瀞〜親鼻駅間。西武4003Fの下り回送列車。
2026年7月20日 10時23分ころ。上長瀞〜親鼻駅間。

西武4003Fの下り回送列車。
長瀞ライン下りの木造船だけでなく、ゴムボードに10人ほどが乗って川下りする皆さんも見られました。

2026年7月20日  11時47分ころ。上長瀞〜親鼻駅間。下りのSL列車が荒川を渡りました。
2026年7月20日 11時47分ころ。上長瀞〜親鼻駅間。
下りのSL列車が荒川を渡りました。

西武秩父駅のホームから見た帰りのSL列車。「熊谷うちわ祭」のヘッドマークが付いてました。

2026年7月20日 14時30分ころ。御花畑〜影森駅間。西武秩父駅のホームから見た熊谷ゆきSL列車。
2026年7月20日 14時30分ころ。御花畑〜影森駅間。

西武秩父駅のホームから見た熊谷ゆきSL列車。
蒸機の乗務員さんはさすがに、ファン付きベストを着たり制帽なし、ではなかったです。

これまで、長瀞駅前の「長瀞ライン下り」を川下りなんだーなとボケーと見てましたが、マイクロバスで長瀞駅から乗船地点へ観光客を運んだり、船をトラックで乗船地点へ運んだり、道路輸送とセットなのだなと、今回、認識できました。

2026年7月20日 12時過ぎ。上長瀞駅前。長瀞駅前から乗船地点へ「長瀞ライン下り」の乗客を輸送するマイクロバス。
2026年7月20日 12時過ぎ。上長瀞駅前。

長瀞駅前から乗船地点へ「長瀞ライン下り」の乗客を輸送するマイクロバス。

2026年7月20日 10時過ぎ。上長瀞〜親鼻駅間の荒川の河川敷。トラックに船を4層積んで、上流の乗船地点へ輸送しているようでした。船泊があります。
2026年7月20日 10時過ぎ。上長瀞〜親鼻駅間の荒川の河川敷。

トラックに船を4層積んで、上流の乗船地点へ輸送しているようでした。船泊があります。

畑は食料生産の大切な場所です。
仮に芸術作品を作成する目的であっても、大切に扱いたいものです(20年前に苦労して開墾された畑かもしれませんし)。

| | コメント (3)

より以前の記事一覧