2020年10月17日 (土)

2020年7月25日(日)の西武球場前駅・プロ野球ナイター試合の復路輸送、その2

2020年7月25日(日)は西武球場前駅が最寄りの野球場で開催されたプロ野球 西武ライオンズ対ロッテマリーンズの試合は、18時開始で、観客は4811人、20時59分に終了。
その復路輸送の様子です。

2020年7月25日 20時半ころ。西武球場前。改札口前の臨時特急 池袋ゆき告知の立て看板と、6番ホームで待機する特急車両001系。
2020年7月25日 20時半ころ。西武球場前。

改札口前の臨時特急 池袋ゆき告知の立て看板と、6番ホームで待機する特急車両001系。

復路輸送を西武球場前駅で見ました。
 6114Fの8370レは乗車率100%な感じ、
 6157Fの8272レは全員着席かも、
 001-Fなはずの88レは50人ほど?
21時ころのおよそ20分間だけ球場から人の波が続いてました。

2020年7月25日 21時過ぎ。西武球場前。人が多くてピークのような感じですが、入場規制はなく、本来の混雑と比べたら可愛いものなはずです。
2020年7月25日 21時過ぎ。西武球場前。

人が多くてピークのような感じですが、改札の入場規制はなく、本来の混雑(一度出たらしばらく入れない)と比べたらかわいいものなはずです。

2020年7月25日 21時15分ころ。西武球場前。ホームの根元で特急券を販売。行列ができていました。
2020年7月25日 21時15分ころ。西武球場前。

ホームの根元で特急券を販売。行列ができていました。
通常は改札口横のプレハブのブースで特急券を販売していますが、この日は閉まってました。

2020年7月25日 21時26分ころ。西武球場前。4番ホームから6114Fの快速 池袋ゆき(左)が発車。最後尾の車内には多くの乗客が見えます。先頭車はガラガラな可能性はあります。
2020年7月25日 21時26分ころ。西武球場前。

4番ホームから6114Fの快速 池袋ゆき(左)が発車。最後尾の車内には多くの乗客が見えます。先頭車はガラガラな可能性はあります。

2020年7月25日 21時半ころ。西武球場前。閑散とした状態に戻りました。
2020年7月25日 21時半ころ。西武球場前。
閑散とした状態に戻りました。
2020年7月25日 21時36分ころ。西武球場前。閑散とした駅から上り特急ドーム88号(左端)が発車。
2020年7月25日 21時36分ころ。西武球場前。

閑散とした駅から上り特急ドーム88号(左端)が発車。

2020年7月25日 21時40分ころ。西武球場前。6157Fの急行 池袋ゆきが発車待ち。車内は余裕があります。21時44分に発車して行きました。
2020年7月25日 21時40分ころ。西武球場前。

6157Fの急行 池袋ゆきが発車待ち。車内は余裕があります。21時44分に発車して行きました。

2020年7月25日 21時47分ころ。西武球場前。閑散とした駅構内。
2020年7月25日 21時47分ころ。西武球場前。

閑散とした駅構内。
2020年3月のダイヤ改正で土休日は、この後も8連の定期列車が、ときに保谷や池袋へ直通します。

新宿線との直通列車はありませんでした。

プロ野球は、6月19日から無観客で公式戦を開始。
そして7月8日に政府が、COVID-19感染防止対策実施を前提に7月10日〜31日開催のイベントについて屋内・屋外ともに5千人を上限に容認したため、プロ野球も7月10日から観客を入れた試合となりました。この日の試合はその上限近くだったわけです。
なお西武球場前駅が最寄りの野球場「メットライフドーム」の収容人数は32,725名とのことです。

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2013年10月 6日 (日)

13年10月6日の西武線とクリケット、3003Fお別れ・30000系10連搬入・川越ビール・曼珠沙華

2013年10月6日(日)の西武線です。

クリケットについては末尾をご覧ください。ちょっと嬉しいニュースがありました。

3003Fのお別れ運転&横瀬車両基地公開


西武鉄道は「西武トレインフェスティバル 2013 in 横瀬」を開催、3000系初の編成廃車と告知された3003Fのお別れ運転を兼ねた快速急行が池袋駅から横瀬駅へ運転されました。

池袋駅(地下改札周辺)ではこの列車の告知はなかったですが、1・2番ホームにそれらしき乗客は見えました。

小手指駅では7レに追い抜かれました。下の写真は、3003Fが小手指駅3番ホームに到着した直後。左横に6807レだった東急4010F、右横に1704レのメトロ10032Fが並びました。



2013年10月6日 8時53分頃、小手指、中央が3003Fの横瀬ゆき臨時快速急行。


2013年10月6日 8時53分頃、小手指、中央が3003Fの横瀬ゆき臨時快速急行。

朝5時40分頃、白い丸形のヘッドマークを付けた黄色の3000系が見えました。3003Fだったと思われますが、HMにはわざわざカバーをつけて隠していたようです。

池袋への送り込み回送の時にはHMは露出していました。

HMは両端とも同じデザイン。「西武 / トレインフェスティバル 2013 in 横瀬 / 3003F / Forever / 2013.10.6」と書かれていました。3000系のお顔が線描されていました。


「西武トレインフェスティバル 2013 in 横瀬」へは結局 行けなかったです。

30000系10両固定編成が搬入される


日立製作所・笠戸工場からJR貨物の甲種鉄道車両輸送で運ばれて来た、西武30000系初の10両固定編成がJR新秋津駅に到着。

2回に分けて、263Fに牽引され小手指車両基地へ取り込まれました。


3003Fの臨時列車を小手指駅で撮影し、JR新秋津駅の側線に行くとすでにJR貨物の機関車は姿を消していました。


10時30分頃に、30101から30501までの5両が263Fに牽引され所沢駅6番線に到着。10時41分頃に小手指駅へ発車して行きました。30501の貫通路はベニヤ板でふさがれていました。



2013年10月6日 10時42分頃、所沢、発車した263F+30101~30105の下り列車。


2013年10月6日 10時42分頃、所沢
発車した263F+30101~3010538101~38105の下り列車。

(10月10日 21時35分修正)

JR新秋津駅へ戻る263Fは、西所沢駅を12時31分頃に通過。


そして残りの5両を牽引した263Fは西所沢~小手指間を14時21分頃に通過でした。

川越ビールイベントの臨時列車、前日と車両は一緒


10月5日(土)と同様に6日も、「川越WORLD BEER&OKTOBERFEST」の臨時列車が2本運転されました。車両は前日と一緒。

西武新宿から本川越へノンストップの臨時特急は所沢駅1番ホームを11時8分頃に通過。10112Fでした。



2013年10月6日 11時8分頃、所沢、通過する10112Fの下り臨時特急。


2013年10月6日 11時8分頃、所沢、通過する10112Fの下り臨時特急。

所沢から本川越へノンストップの一般列車も38106F。本川越方から所沢駅4番ホームへ11時32分頃に回送で到着。11時41分に本川越へ発車。川越方2・3両は乗客がいましたが(本川越駅の改札口に近いです)、それ以外の車両は誰も乗っていなかったかも。



2013年10月6日 11時41分頃、所沢、4番ホームから本川越へ発車した38106Fの臨時列車。


2013年10月6日 11時41分頃、所沢
4番ホームから本川越へ発車した38106Fの臨時列車。

曼珠沙華臨時は3015F


飯能駅を15時2分と15時28分に発車した高麗ゆきの臨時各停は3015Fでした。

小手指車両基地へ戻る回送はいつものように、入間市駅を2170レの後、16時26分頃に通過。



2013年10月6日 16時26分頃、入間市、通過した3015Fの上り回送列車。


2013年10月6日 16時26分頃、入間市、通過した3015Fの上り回送列車。

3015Fは朝6時前、「各停 保谷」表示でパンタグラフを上げて、保谷駅24番線に止まっていました。

8時14分頃に電留線から保谷駅2番ホームへ「回送」表示で入線。9時7分に、小手指駅3番ホームへ下り回送列車で到着。小手指車両基地へ入庫しました。




埼玉西武ライオンズがクライマックスシリーズ出場を決めましたが、アフガニスタンはクリケットのワールドカップ出場を決めました

ソビエト連邦とアメリカ合州国という大国に翻弄され、今はテロで苦しむアフガニスタンの人たちのがんばりは励みになります。

このまま平和になってくれれば良いですが、容易ではないでしょう。


日本語版のGoogle様で検索してもこのニュースは出てこなかったです。

クリケットは日本では全く人気がないですが、残念です。

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2012年9月23日 (日)

12年9月23日の西武池袋線と、おめでたい原=巨人監督・消費者

9月23日、東急4104Fが西武16M運用を担当


2012年9月23日(日)も東急4104Fが西武の16M運用を走っていました。

また2110レから始まるいつもの301系運用を1309Fが担当。2回、両者の並びを見ることができました。



2012年9月23日、秋津、左が東急4104Fの4575レ・右は1309Fの5352レ。


2012年9月23日、秋津、左が東急4104Fの4575レ・右は1309Fの5352レ。


2012年9月23日、練馬、左が1309Fの5453レ・右が東急4104Fの6562レ。


2012年9月23日、練馬、左が1309Fの5453レ・右が東急4104Fの6562レ。

本日は土休日デーゲームダイヤだったので、1309Fの5723レは西武球場前ゆきとなりました。通常ならば1309Fの5357レは3811038107Fでした。(9月24日 21時45分修正)



2012年9月23日、ひばりが丘、左から38107Fの5357レ・2089F+2455Fの2156レ・東急4104Fの6510レ。


2012年9月23日、ひばりが丘
左から38110F38107Fの5357レ・2089F+2455Fの2156レ・東急4104Fの6510レ。
2089Fは最近出場したそうですが、パンタグラフはピカピカでした。


通常は301系の4224レは20158Fでした。

ドーピング疑惑で有名選手を米国が追放


世相シリーズに追加、の布石です。

欧米ヨーロッパ(9月25日 21時35分修正)では自転車のロードレースの人気が高いそうですが、その超有名選手 ランス=アームストロング氏について、1998年8月1日以降の全タイトルを剥奪の上、競技からの永久追放が発表されました。

氏は癌を克服した後、1999年から2005年までツール=ド=フランス7連覇の偉業を達成。

癌撲滅運動にも力を注いでいました。


薬物使用(ドーピング)を疑われるも、潔白を主張してきましたが、9月23日に、米国反ドーピング機関(USADA)への異議申し立てを放棄する意向を表明。

翌 24日、上記の処分をUSADAが発表。


癌を克服したと言っても強すぎる、絶対にドーピングしていると、ずっと疑惑の目で見られたそうです。

暴力団に1億円提供の原辰徳氏が監督の巨人がリーグ優勝、世間は大喜び


そして、世相シリーズに追加です。

プロ野球・読売ジャイアンツ(読売巨人軍)の監督に復帰した2006年、自身の浮気をネタに脅された原 辰徳氏が1億円を支払ったと、2012年6月に週刊文春が報じました。


原氏も事実関係を認め、取材に対し「どこかに心のつかえがあった。心のもやもやが取れたような、逆にこういう事柄に感謝したいと思います」と述べたそうです。

原氏が支払った1億円は、「心のつかえ」がとれるような、清く正しい経済活動に使われたんでしょうか?

まさか、赤い羽根募金に全額を寄付してもらった、と原氏は納得ってことはないと思いますが、おめでたい人です。


その原氏が率いる巨人は9月21日にセリーグ優勝。22日から全国の百貨店やスーパーで優勝セールが始まり、大盛況とのこと。


暴力団(反社会的勢力)追放運動の生ぬるさがよく分かる、昨今の、原 辰徳氏の処遇です。

憲法に「“国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する”ため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 」と書いてあるのに軍隊(自衛隊)を保有する日本ならではの状況ですね。


なお私の周囲で巨人の優勝記念セールは見かけません。

コンビニのセブン=イレブンはウォルト=ディズニーさんの生誕110周年をやっていました。


9月24日21時45分 「ドーピング疑惑で有名選手を米国が追放」を追加など、補足・追記。


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2011年6月28日 (火)

11年6月28日、早朝のメトロ人身事故で練馬高野台ゆきも走った西武 池袋線

2011年6月28日(火)の西武池袋線です。



早朝の有楽町線人身事故で相直中止


5時17分頃に東京メトロ有楽町線・要町駅で人身事故があったため、西武池袋線は有楽町線との直通運転が中止となりました。



2011年6月28日、所沢、6114Fの6504レ各停・池袋ゆき(16M運用)


2011年6月28日、所沢、6114Fの6504レ各停・池袋ゆき(16M運用)


本来は新木場ゆきの6504レは各停 池袋ゆきで所沢駅を発車。

富士見台駅停車中の6504レは「準急 池袋」表示でした。後続の3104レで追い抜きました。

この6504レに練馬駅から乗車。練馬駅で運転台をのぞくと、列車番号設定器には「クジュン / イケブクロ / 6504」と表示されていました。途中駅は通過し、池袋駅5・6番ホームへ6時33分に到着。

折り返しは準急 飯能ゆきで、東長崎駅を6時42分に通過。



2011年6月28日 6時42分頃、東長崎、6114Fの準急 飯能ゆき(16M運用)


2011年6月28日 6時42分頃、東長崎、6114Fの準急 飯能ゆき(16M運用)

右隣は、夜間滞泊だったメトロ7015F。


池袋駅へ6時50分すぎに戻ると、本来は豊島園ゆきの5417レと5421レが練馬高野台ゆきと表示されていました。池袋駅近くの踏切で撮影。



2011年6月28日、池袋~椎名町、練馬高野台ゆき5417レの20152F


2011年6月28日、池袋~椎名町、練馬高野台ゆき5417レの20152F


5417レは20152F、5421レは20153Fでした。

なお20152Fは、5614レで池袋駅へ上がるときは「各停 豊島園」表示でした。20153Fの5414レはすでに「各停 練馬高野台」表示でしたが。

小手指車両基地で夜間滞泊したメトロ車が走る準急 新木場ゆきの4502レも西武・池袋へ入りました。7時35分頃に池袋駅へ到着したようです。

なかなか折り返して来ませんでしたが、7時46分頃に池袋駅を出たようです。



2011年6月28日、池袋~椎名町、メトロ10012Fの準急 池袋ゆき(93S運用)


2011年6月28日、池袋~椎名町、メトロ10012Fの準急 池袋ゆき(93S運用)

有楽町線との直通運転は中止されましたが、副都心線との直通運転は実施されていました。しかし、8時半ころも副都心線のダイヤは乱れていました。

東長崎駅夜間滞泊だったメトロ7015Fは、いつもの通り6602レ(12S運用)に入ったようです。812Sレの各停 和光市ゆきとなって、6分ほど遅れて池袋駅へ到着していました。

8時29分に池袋駅へ到着した通勤急行 渋谷ゆきは75S運用(所定 池袋8時15分発)だったものの東武車 9003Fでした。



モハ309は健在


昨晩はモハ309が車両故障で使用停止となった1309Fですが、今晩は(<-飯能)287F+1309Fがいつもの4218レを走っていました。



2011年6月28日、東久留米、287F+1309Fの4218レ


2011年6月28日、東久留米、287F+1309Fの4218レ


もう1本のN101系10連 (<-飯能)271F+1303Fも、いつもの2168レでした。



池袋線も覇道系に変更、ライオンズ・クラシック2011広告


池袋線の1303Fと6105Fで気付いたのですが、ライオンズ・クラシック2011の車内中吊り広告が“歴史は勝者によって語り継がれてゆく。敗者であるより勝者たれ。”という覇道系でした。

先日は“我々は王者の道を歩み続けなければならない。”という王道系だった池袋線。買春疑惑の県議(自由民主党)を擁する入間市を通る池袋線に王道は無理、との判断があったわけではないと思いますが、...。

いずれにしても、勝ったときのライオンズ選手は信じちゃダメなんでしょうな。



ホームドア、ホーム下に落ちた乗客には無効


今朝、ダイヤの乱れた副都心線の某駅で、乗客の女子高生が込んだ車内から押し出され、すべって、ホームと車両の間に下半身が落ちた脚の膝から下あたりが落ち、ホームへ体が倒れたところを目撃してしまいました。

そのドアだけ乗客がたまっていました。駅員がいて、押し込んでいましたが、ホームドアが閉まりかけ駅員が離れたところで、女子高生がすべったようです。

無理してそんなところに乗らなくともと横目で見ていたら発生したインシデント。

駅員も気を利かせ、隣のドアに誘導していれば良いわけで、駅員を注意はしておきました。

いずれにしても、ホームドアも万全ではないということです。ホームから線路へ体が完全に落ち込んだら、センサーも検知できず、列車はそのまま発車したかもしれません。




タイトルを「11年6月24日、早朝のメトロ人身事故で練馬高野台ゆきも走った西武 池袋線」から修正。女子高生のインシデントの状況記述を修正。

(7月2日 21時55分)

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2011年6月26日 (日)

11年6月26日の西武線と落ち穂拾い

最後に時事ネタが一つあります。



久しぶり(?)に38013Fの快急 西武秩父ゆき


先週から単独運用となっている38103Fが2011年6月26日(日)は西武秩父ゆき快速急行の1003レを走りました。



2011年6月26日、東長崎、38103Fの1003レ。


2011年6月26日、東長崎、38103Fの1003レ。



本川越発・西武球場前ゆきはN2000系4+4連


西武ドームでプロ野球デーゲーム(ライオンズ 対 東北楽天)の試合があった6月26日(日)、本川越から西武球場前駅へ直通する7602レは(<-西武球場前)2519F+2525Fでした。

この列車、20000系の8両編成(たまに(N)2000系8連)が多い印象でしたが、ダイヤ改正で変わったのでしょうか。



2011年6月26日、所沢、2519F+2525Fの各停 西武球場前ゆき。


2011年6月26日、所沢、2519F+2525Fの各停 西武球場前ゆき。

新宿線・本川越方から4番ホームへ入るところです。



なお西武新宿から球場前駅へ直通する7601レは(<-西武新宿)2505F+2527Fでした。



「ライオンズ・クラシック2011」車内広告、池袋線は別


「ライオンズ・クラシック2011」の車内中吊り広告ですが、池袋線は“我々は王者の道を歩み続けなければならない。”でした。



2011年6月26日、池袋線の「ライオンズ・クラシック2011」車内中吊り広告


2011年6月26日、池袋線の「ライオンズ・クラシック2011」車内中吊り広告


新宿線の“歴史は勝者によって語り継がれてゆく。敗者であるより勝者たれ。”はどちらかというと覇道系ですが、池袋線は王道系なわけで、矛盾しています。ライオンズが現在4位なのも、このあたりに原因があったり?



保谷駅中線のレール締結金具、2種類ありました


ほとんど完成したもののまだ未使用の保谷駅の中線のレール締結金具はパンドロール式なのですが、インシュレーター(バネとレールの間の絶縁材)は小型と大型2種類でした。

駅中央部分が小型で、両端は大型のものでした。写真では左側が駅中央部分です。



2011年6月19日、保谷、下りホーム・池袋方で中線を撮影。


2011年6月19日、保谷、下りホーム・池袋方で中線を撮影。



2071Fの集電装置台枠外側に残る黄色


以前にちょっと書いた、2071Fの集電装置の銀色となった台枠外側に黄色が少し残っている件ですが、6月26日も残っていました。

モハ2171と2271の山側だけに残っているようです。モハ2371は残っていませんでした。



2011年6月26日、東長崎、モハ2171の集電装置をホームから


2011年6月26日、東長崎、モハ2171の集電装置をホームから

モハ2271ではなかったと思います。




国旗・国歌は日の丸・君が代です >上田・埼玉県知事


6月26日の朝日新聞朝刊・埼玉西部版に、上田 清司・埼玉県知事が「国歌や国旗を愛せない教師だったら、日本国の教師にならずに、中国かどこかの教師になってしまえばいいのに」と発言したと載っていました。6月13日の定例会見でのお言葉、とのこと。

公立学校の教職員に国歌斉唱を義務付ける条例案が大阪府議会で可決された感想とのことです。

日本の国歌・国旗はいまのところ君が代・日の丸です。

太平洋戦争の敗戦に至る日本の負の歴史を象徴する君が代・日の丸に嫌悪感を持って自然だと、私は思います。

まして、戦時中に日本は朝鮮・台湾でインフラ整備など良いこともした、などと日本の侵略行為を美化する方々が偏愛するのが日の丸・君が代。

この歌・旗で、オレたちのジイ様たちは近隣諸国でひどいことしちまったんだよな、なんであんなひどいことできたんだろーな、いい人たちなのに、オレたちは気をつけよ、と心に誓っての日の丸・君が代ではありません。

上田氏はもと民主党の衆議院議員。きっと、枝野官房長官ともそれなりのお関係なのでしょう。

この程度の方が政治家なわけです。

自民党の買春疑惑の男性が埼玉県議に当選(入間市)するのも不思議ではありませんが、困ったことです。


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2011年6月25日 (土)

節電ダイヤで白糸台ゆきも、11年6月24日の西武多摩川線

2011年6月24日(金)は休みをとり、久しぶりの電車三昧となりました。

西武多摩川線の節電ダイヤで、武蔵境始発の白糸台ゆきがあるということで、見てきました。

武蔵境駅の西武多摩川線 3番ホームへ10時10分、1259Fの上り列車が到着しました。入れ替わりに1251Fの是政ゆきが発車。



2011年6月24日 10時10分頃、武蔵境、3番ホームに到着する1259Fの上り列車。


2011年6月24日 10時10分頃、武蔵境、3番ホームに到着する1259Fの上り列車。


武蔵境駅の3番ホームに列車が入ることは非常にまれです。

武蔵境駅3番ホームへ入った1259Fが、同駅 10時17分発の白糸台ゆきになっていました。



2011年6月24日 10時21分頃、新小金井~多磨、1259Fの白糸台ゆき。


2011年6月24日 10時21分頃、新小金井~多磨、1259Fの白糸台ゆき。

まっ白な1259Fは別として、夏編成の1249Fと秋編成の1251Fの中間車の側面腰部に、自動車教習所「東京車人」の広告が掲出されていました。電車は広告を選べません。

冬編成の1253Fにも東京車人の車体広告はあるのでしょうね。



2011年6月24日 10時19分頃、新小金井~多磨、1249Fの武蔵境ゆき。


2011年6月24日 10時19分頃、新小金井~多磨、1249Fの武蔵境ゆき。



前のエントリーの「11年6月25日を日記風に、『歴史』をちょっと考えさせられました」でご紹介した、中吊り広告の“歴史は勝者によって云々”を発言したという三原 脩氏。

三原氏が西鉄ライオンズの監督を退いておよそ10年後、「黒い霧事件」と呼ばれるプロ野球の八百長が問題となりました。西鉄ライオンズの選手が処分されています。事件当時も三原氏は近鉄(バファローズ)やヤクルト(スワローズ)の監督でした。“歴史は勝者によって云々”は、この事件に関連してのお言葉だったのでしょうか? 報知新聞・読売新聞が最初に報じたようですが。


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