2026年2月22日 (日)

2026年2月16日(月)は長野県へ行ってました、その2、姨捨駅と長野電鉄ほか

松本から、JR東日本のE127系2連の普通列車で長野へ移動しました。
有名な姨捨駅では、上り特急「しなの号」の通過後、Z字状に、行ったり来たりしてから長野へ向かいました。

2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。長野ゆき普通列車の最後尾から見ています。左下の長野方面から左上の松本方面へ通過する上り特急しなの号のお尻が見えています。
2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。

長野ゆき普通列車の最後尾から見ています。左下の長野方面から左上の松本方面へ通過する上り特急しなの号のお尻が見えています。

2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。運転士がいない運転台を前にして、普通列車が松本方面へ戻っています。
2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。運転士がいない運転台を前にして、普通列車が松本方面へ戻っています。
2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。

運転士がいない運転台を前にして、普通列車が松本方面へ戻っています。
後部運転台で前方監視をしているのだと思います。

2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。左手の線路へ入って、踏切の手前まで進みました。
2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。

左手の線路へ入って、踏切の手前まで進みました。

2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。長野方面の本線へ入った後です。右上が駅のホーム。
2026年2月16日 13時過ぎ。姨捨。

長野方面の本線へ入った後です。右上が駅のホーム。
運転士が乗っているはずの運転台を前にして走行中。

長野電鉄の本郷〜桐原駅間です。寒かったです。

260216hongo1432
2026年2月16日 14時32分ころ。本郷〜桐原駅間。

元・JR東日本と元・小田急の、特急のすれ違い。奥が長野駅です。

2026年2月16日 14時48分ころ。本郷〜桐原駅間。元・東京メトロお信州中野ゆき。
2026年2月16日 14時48分ころ。本郷〜桐原駅間。
元・東京メトロお信州中野ゆき。
2026年2月16日 14時48分ころ。本郷〜桐原駅間。元・東急の長野ゆき。
2026年2月16日 14時48分ころ。本郷〜桐原駅間。元・東急の長野ゆき。
2026年2月16日 14時48分ころ。本郷〜桐原駅間。
元・東急の長野ゆき。

長野電鉄の善光寺下〜本郷駅間。善光寺下は地下駅です。

2026年2月16日 15時14分ころ。善光寺下〜本郷駅間。地下トンネルから出てきた元・東京地下鉄の須坂ゆきです。
2026年2月16日 15時14分ころ。善光寺下〜本郷駅間。

地下トンネルから出てきた元・東京地下鉄の須坂ゆきです。

新幹線で帰宅しました。
キャスター付きの細長い物体を引く白人さんたちが多かったです。新幹線の前で記念撮影する東南アジア系っぽい家族連れも。
乗車した列車には、大きな荷物を持ってもしかするとアメリカ軍の兵隊さん?と思わせるような若い白人男性 数人のグループがいて、自分と同じ種類の動物とは思えんなと、ついボケーと見とれてしまいました。

2026年2月16日 15時55分ころ。長野。手前が敦賀ゆきの「はくたか567号」。
2026年2月16日 15時55分ころ。長野。
手前が敦賀ゆきの「はくたか567号」。

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2026年2月16日(月)は長野県へ行ってました、その1

JR東日本の平日・乗り放題(新幹線・特急は2回可)1万円の切符(西武池袋線でも車内広告ありました)を使って長野まで行ってきました。

松本駅です。JR東日本とJR東海の車両が見られます。

2026年2月16日 10時過ぎ。松本。左がJR東日本のE127系の松本ゆきで、右奥が入換中のJR東海の313系。
2026年2月16日 10時過ぎ。松本。

左がJR東日本のE127系の松本ゆきで、右奥が入換中のJR東海の313系。

アルピコ交通の電車に初めて乗車。終点の新島々駅へ行きました。
奥地へ向かうバスに乗り換え可能で、想像していたよりにぎやかな感じでした。駅の横には水力発電所も。新島々まで乗車したのは10名未満だったと思います。

2026年2月16日 10時45分ころ。新島々駅前。左手の電車は留置中で寝ていました。乗車してきた車両は一旦、右奥の引き上げ線へ移動して車内整備しているようでした。
2026年2月16日 10時45分ころ。新島々駅前。

左手の電車は留置中で寝ていました。乗車してきた車両は一旦、右奥の引き上げ線へ移動して車内整備しているようでした。

2026年2月16日 10時45分ころ。新島々駅近く。右奥が駅です。左手前は株式会社レゾナックの赤松発電所。
2026年2月16日 10時45分ころ。新島々駅近く。

右奥が駅です。左手前は株式会社レゾナックの赤松発電所。

新島々駅から5分ほど歩いたところで電車を撮らせていただきました。

2026年2月16日 10時54分ころ。渕東〜新島々駅間。20106+20105の松本ゆき。
2026年2月16日 10時54分ころ。渕東〜新島々駅間。

20106+20105の松本ゆき。
私が松本から乗車してきた電車の折返しです。電車はワンマン運転。
松本から新島々へ乗車した列車では、降車客が運転士へ何かを見せて出ていくと、なぜか運転士が運賃箱へ何かを入れて、運賃箱からはジャラジャラと音がしてました。

2026年2月16日 10時56分ころ。渕東〜新島々駅間。飛騨高山ゆき京王バスも通ってました。
2026年2月16日 10時56分ころ。渕東〜新島々駅間。

飛騨高山ゆき京王バスも通ってました。
新宿を7時ころに出発して、高山には13時前に到着のバスのようです。

2026年2月16日 11時13分ころ。渕東〜新島々駅間。20103+20104の新島々ゆき。
2026年2月16日 11時13分ころ。渕東〜新島々駅間。
20103+20104の新島々ゆき。
2026年2月16日 11時半ころ。新島々駅。右手に松本ゆき20104+20103が停車し、20108+20107は集電装置を畳んでお昼寝中。
2026年2月16日 11時半ころ。新島々駅。

右手に松本ゆき20104+20103が停車し、20108+20107は集電装置を畳んでお昼寝中。
左手の新島々ゆきバスから大きなスーツケースを持った乗客が30人ほど、電車へ乗り換えてました。空いた電車でのんびり松本へ戻るつもりだったのでびっくりでした。山の上に温泉があって、泊まって帰る観光客が多いそうです。

沿線に、大きな壁だけが立っているところがありました。少し離れたところには築堤。

2026年2月16日 11時40分ころ。アルピコ交通の線路と沿線風景。松本ゆきの最後尾の車内から撮っています。
2026年2月16日 11時40分ころ。
アルピコ交通の線路と沿線風景。
松本ゆきの最後尾の車内から撮っています。

新しい電車で車内はきれいでした。木枕木が多かったです。最高速度は60km/h未満だったと思います。架線柱はほとんどがコンクリート製でした。
熊よけスプレーを乗務員は携帯していると車内に掲示がありました。熊みたいな人が乗る可能性があると会社が判断しているのでしょう。

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2026年1月24日 (土)

2026年の最初は伊豆と千葉へ行ってました

1月1日(木)

新年早々、伊豆箱根鉄道の駿豆線へ行ってきました。

2026年1月1日 10時3分ころ。韮山〜伊豆長岡駅間。修善寺ゆきの2201ほか3連。
2026年1月1日 10時3分ころ。韮山〜伊豆長岡駅間。
修善寺ゆきの2201ほか3連。
2026年1月1日 10時54分ころ。韮山〜伊豆長岡駅間。JR東日本から直通の修善寺ゆき特急「踊り子1号」。
2026年1月1日 10時54分ころ。韮山〜伊豆長岡駅間。

JR東日本から直通の修善寺ゆき特急「踊り子1号」。
奥に富士山があるはずですが雲に隠れました。

2026年1月1日 13時6分ころ。三島二日町〜大場駅間。3501ほか3連の三島ゆき。
2026年1月1日 13時6分ころ。三島二日町〜大場駅間。

3501ほか3連の三島ゆき。
旧塗装コスプレで、側ドアは缶コーヒーの広告でした。

2026年1月1日 13時48分ころ。大場駅。3011ほか3連の三島ゆき(右)と、JR東日本から直通の修善寺ゆき特急「踊り子9号」。
2026年1月1日 13時48分ころ。大場駅。

3011ほか3連の三島ゆき(右)と、JR東日本から直通の修善寺ゆき特急「踊り子9号」。

東北線の踏切で自動車に列車が衝突して脱線する事故があり、東海道線からの列車は東京で折返しとなっていました。

2026年1月1日 17時27分ころ。東京。転線し下りホーム(9番ホーム)へ到着する上り列車。
2026年1月1日 17時27分ころ。東京。

転線し下りホーム(9番ホーム)へ到着する上り列車。

1月2日(金)

新年の二日目は千葉方面へ。
京成の臨時特急の「成田山開運号」です。船橋競馬場駅の上野方で旧塗装の3681ほかの普通 上野ゆきとすれ違い、都5500形の快速 成田空港ゆきを追い抜きました。

2026年1月2日 9時40分ころ。船橋競馬場。3681ほかの普通 上野ゆき(左奥)と、臨時特急の成田ゆき「成田山開運号」。
2026年1月2日 9時40分ころ。船橋競馬場。

3681ほかの普通 上野ゆき(左奥)と、臨時特急の成田ゆき「成田山開運号」。

2026年1月2日 9時40分ころ。船橋競馬場。通過する臨時特急の成田ゆき「成田山開運号」と、都5500形の快速 成田空港ゆき。
2026年1月2日 9時40分ころ。船橋競馬場。

通過する臨時特急の成田ゆき「成田山開運号」と、都5500形の快速 成田空港ゆき。

船橋競馬場駅の1番ホーム(上り本線)のレール継ぎ目付近は、枕木が長手方向でした。

2026年1月2日 朝。船橋競馬場駅。1番ホームから見た線路の継ぎ目付近。枕木がレール方向に置かれてます。
2026年1月2日 朝。船橋競馬場駅。

1番ホームから見た線路の継ぎ目付近。枕木がレール方向に置かれてます。
この上り本線は通過列車があるものの、この駅の中ではカーブが一番きつそうでした。

京成津田沼駅。

2026年1月2日 10時ころ。京成津田沼。左から、新塗装となった8938ほか、千葉から松戸へ直通の旧塗装の8808-6ほか、3019ほかの普通 京成佐倉ゆき。
2026年1月2日 10時ころ。京成津田沼。

左から、新塗装となった8938ほか、千葉から松戸へ直通の旧塗装の8808-6ほか、3019ほかの普通 京成佐倉ゆき。
中央の8808-6は、到着した時は行き先表示の下に運用番号が表示されていましたが、発車した時は消えてました。

早朝の元加治駅のホームです。
前日に人身事故があったためか、下りホームの中央から飯能方にかけて、チョークで印が書かれてました。

2026年1月2日 早朝。元加治。下りホームの所定の停車位置から1両と半分ほどの位置にあったチョーク書き。ここから先にチョーク書きはなかったです。
2026年1月2日 早朝。元加治。

下りホームの所定の停車位置から1両と半分ほどの位置にあったチョーク書き。ここから先にチョーク書きはなかったです。
(クリックすると通常サイズの表示となります)

西武池袋線の車内にあった「ショーリナプキン」広告です。

2026年1月2日 朝。西武池袋線の車内。ドア脇の壁にある「ショーリナプキン」の広告です。

2026年1月2日 朝。西武池袋線の車内。ドア脇の壁にある「ショーリナプキン」の広告です。
この種の広告は初めて見ました(認識しました。気づいたのは前年)。

以下の<つぶやき>も。

JR東日本の大宮駅の駅長が嘱託社員と書かれている朝日新聞紙(埼玉版)は下の写真です(赤線を該当箇所に引いてます)。

2025年12月13日 朝日新聞の朝刊(埼玉版)の「埼京線40年 車掌は大宮駅長に」。

2025年12月13日 朝日新聞の朝刊(埼玉版)の「埼京線40年 車掌は大宮駅長に」。
駅長なのに嘱託社員なのは、学歴差別ではないと思ってます。


2026年も生き延びたいなと思います。いまのところ23日 達成。長かった。
すでにベネズエラとかパレスチナとかで結構な人が政府機関(軍隊)によって殺され、昨日は我が国で総理大臣による450名ほどの大量解雇(衆議院解散)がありました(解雇されたご本人たちが万歳してたのはやけくそ?)

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2026年1月18日 (日)

2025年12月29日(月)〜31日の見ただけ、あちこち行ってました、八高線のキハ110系は風前の灯

12月29日(月)

午後、伊豆箱根鉄道の大雄山線に行ってきました。

2025年12月29日 13時40分ころ。塚原〜和田河原駅間。小田原ゆき。
2025年12月29日 13時40分ころ。
塚原〜和田河原駅間。
小田原ゆき。
2025年12月29日 14時35分ころ。五百羅漢。駅のすぐ北のところを小田急小田原線が通っています。
2025年12月29日 14時35分ころ。五百羅漢。

駅のすぐ北のところを小田急小田原線が通っています。

2025年12月29日 15時5分ころ。五百羅漢。カラフルな電車が交換です。
2025年12月29日 15時5分ころ。五百羅漢。カラフルな電車が交換です。

カラフルな電車がそこそこの乗客を乗せて走り回ってました。
車掌が乗務し、駅員も常駐してました。スタンプラリーも実施。
大晦日は終夜運転をするそうで、掲示がありました。

小田急の電車もカラフルでした。ロマンスカーのコスプレでしょうか。

2025年12月29日 15時半ころ。小田原。JRのホームから見られた小田急の上り列車。1163ほかの4連です。
2025年12月29日 15時半ころ。小田原。

JRのホームから見られた小田急の上り列車。1163ほかの4連です。

朝の西武新宿線 田無駅の様子を別掲してます。

12月30日(火)

午後、流鉄を見に行きました。
新秋津から新松戸までの50分間に、タンク貨車の貨物列車と2回すれ違いました。年末年始も石油輸送は休みなのでしょうか。

2025年12月30日 13時14分ころ。新三郷。EF210-358牽引の貨物列車。
2025年12月30日 13時14分ころ。新三郷。
EF210-358牽引の貨物列車。

流鉄にやって来た元・JR東海の211系2連 3本は流山駅で留置のままでした。

2025年12月30日 午後。流山。到着する列車から見た駅構内。
2025年12月30日 午後。流山。到着する列車から見た駅構内。

年末ですが、「賀正」と表示して、2026年の午年ヘッドマークをつけた電車がすでに走り回ってました。
反対側は「謹賀新年」表示でした。

2025年12月30日 午後。小金城址〜鰭ヶ崎駅間。5102ほかの流山ゆき。
2025年12月30日 午後。小金城址〜鰭ヶ崎駅間。
5102ほかの流山ゆき。
2025年12月30日 午後。小金城址。上下列車のすれ違い。
2025年12月30日 午後。小金城址。上下列車のすれ違い。

松戸駅です。JR東日本常磐線のE531系と、京成松戸線となった元・新京成8800形。

2025年12月30日 16時ころ。松戸。常磐線の上り列車と京成の松戸ゆき。
2025年12月30日 16時ころ。松戸。
常磐線の上り列車と京成の松戸ゆき。

いかにも軍隊なヘリコプターが、午前中の元加治界隈を飛び回ってました(飯能の方かも)。

2025年12月30日 午前11時ころ。元加治駅近く。アメリカ軍のヘリコプターと思います。
2025年12月30日 午前11時ころ。元加治駅近く。
アメリカ軍のヘリコプターと思います。

12月31日(水)

上信電鉄を見に行きました。
高麗川駅から乗車した八高線のキハ111-205+キハ112-205は、高崎駅到着後は入庫でした。
高麗川から高崎まですれ違った上り列車は、キハ110系は1本だけで、残りの4本は、無駄に3ドアのHB-E220系の2連でした。

2025年12月31日 8時6分ころ。高崎。入庫するキハ111-205+キハ112-205。
2025年12月31日 8時6分ころ。高崎。
入庫するキハ111-205+キハ112-205。

上信電鉄です。

2025年12月31日 8時53分。山名〜西山名駅間。デハ252+クハ1301の高崎ゆき。
2025年12月31日 8時53分。山名〜西山名駅間。
デハ252+クハ1301の高崎ゆき。
2025年12月31日 11時50分ころ。馬庭〜吉井駅間。クモハ502+クモハ501の高崎ゆきです。
2025年12月31日 11時50分ころ。馬庭〜吉井駅間。

クモハ502+クモハ501の高崎ゆきです。
背後の白いお山は浅間山でしょうか。

2025年12月31日 13時33分。佐野のわたし〜根小屋駅間。クモハ504+クモハ503の下仁田ゆき。
2025年12月31日 13時33分。佐野のわたし〜根小屋駅間。
クモハ504+クモハ503の下仁田ゆき。
2025年12月31日 14時3分。佐野のわたし〜根小屋駅間。クモハ6002+クモハ6001の下仁田ゆき。
2025年12月31日 14時3分。佐野のわたし〜根小屋駅間。

クモハ6002+クモハ6001の下仁田ゆき。
電車の右側に真っ白な浅間山が見えていますが、雲もかかっていました。
巨大観音像と、それと同じくらい大きな木も見えてました。
橋の上からの撮影ですが、木造ですこし揺れて、欄干は私の腰の高さくらいしかなく、写真を撮っていると少し怖かったです(歩くのも)。

JRの高崎駅です。
15時9分に高崎駅を発車した両毛線の新前橋ゆきは4両編成が満員でした。理由は不明ですが、通常の6番ホーム発から4番ホーム発へ変更と放送が入っていました。
2番ホームへ東京方面から到着した15両編成からも沢山の人が乗り換えていましたが、対面での乗り換えとなり、階段の登り降りは免除されてました(八高線が3番ホームです)。

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2025年12月31日 15時9分。高崎。

4番ホームから発車した両毛線の新前橋ゆき(左)。右は信越線の横川ゆき。

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2025年10月18日 (土)

2025年9月4日(木)から広島へ行っていました、その16、最後に駅前大橋ルート周辺を見て帰宅

<お知らせ>ブログのデータ量が上限に達したので、過去の記事から画像を削除しました。

駅前大橋ルートの開業で付け替えられた皆実線の稲荷町電停付近を見に行きました。

2025年9月6日 14時過ぎ。松川町電停。新設された松川町電停のホームから、稲荷町電停方面(下の写真で電車が止まっている所)を見ています。
2025年9月6日 14時過ぎ。松川町電停。

新設された松川町電停のホームから、稲荷町電停方面(下の写真で電車が止まっている所)を見ています。
奥が広島駅、右手が旧線ルート、左手が紙屋町方面です。

2025年9月6日 14時過ぎ。比治山町交差点。右側が比治山下電停電停からの従来線で、広島駅ゆき電車は、右手前の駅前大橋ルートへ左折してます。左手が従来ルート。
2025年9月6日 14時過ぎ。比治山町交差点。

右側が比治山下電停電停からの従来線で、広島駅ゆき電車は、右手前の駅前大橋ルートへ左折してます。左手が従来ルート。

2025年9月6日 14時半ころ。閉鎖中の段原一丁目電停。
2025年9月6日 14時半ころ。閉鎖中の段原一丁目電停。
2025年9月6日 14時半ころ。閉鎖中の、旧・本線の的場町〜稲荷町電停間。奥が紙屋町方面です。
2025年9月6日 14時半ころ。

閉鎖中の、旧・本線の的場町〜稲荷町電停間。奥が紙屋町方面です。

10月11日に閲覧のグーグルマップを下に載せておきます。

2025年10月11日に閲覧のグーグルマップの広島市内。
2025年10月11日に閲覧のグーグルマップの広島市内。

稲荷町交差点でもしばし撮影させていただきました。
土曜日でしたがポイントをしきりに点検する男性職員1名がいらっしゃいました。

2025年9月6日 15時7分ころ。稲荷町。紙屋町方面を見ています。右手から、3953の2号線、5102の1号線、5206の2号線。いずれも広島駅ゆきです。
2025年9月6日 15時7分ころ。稲荷町。

紙屋町方面を見ています。右手から、3953の2号線、5102の1号線、5206の2号線。いずれも広島駅ゆきです。

2025年9月6日 15時15分ころ。稲荷町。広島駅まで、上の写真は4両、下の写真は5両の電車が見えてます。
2025年9月6日 15時15分ころ。稲荷町。広島駅まで、上の写真は4両、下の写真は5両の電車が見えてます。
2025年9月6日 15時15分ころ。稲荷町。

広島駅まで、上の写真は4両、下の写真は5両の電車が見えてます。

2025年9月6日 15時30分。稲荷町。手前から、3908の2号線・広島駅ゆき、3705の2号線・宮島口ゆき、806の6号線・広島駅ゆき。
2025年9月6日 15時30分。稲荷町。

手前から、3908の2号線・広島駅ゆき、3705の2号線・宮島口ゆき、806の6号線・広島駅ゆき。

2025年9月6日 15時30分。稲荷町。3705の2号線・宮島口ゆきと1001の1号線・広島駅ゆき。
2025年9月6日 15時30分。稲荷町。

3705の2号線・宮島口ゆきと1001の1号線・広島駅ゆき。

広島駅〜稲荷町電停間の沿線で、大きな円筒をクレーンで地下から引き抜く作業中でした。

2025年9月6日 16時前。広島駅〜稲荷町電停間。クレーンで円筒を地中から引き抜いてました。単に、地下に置いてある円筒を地上へ移動しているだけの可能性はあります。
2025年9月6日 16時前。広島駅〜稲荷町電停間。

クレーンで円筒を地中から引き抜いてました。単に、地下に置いてある円筒を地上へ移動しているだけの可能性はあります。

最後に、広島駅の駅ビルの中。電停の上を横切る歩道橋があって、電停を見下ろせます。
子供たちで埋まりそうな ひな壇もありますが、私が行った時は見た目が成人な女性が多かったです。

2025年9月6日 16時過ぎ。広島駅の駅ビルの通路から見た電停。
2025年9月6日 16時過ぎ。広島駅の駅ビルの通路から見た電停。
2025年9月6日 16時過ぎ。広島駅の駅ビルの通路から見た電停。

JRの広島駅にやって来た薄水色の新幹線です。

2025年9月6日 17時31分。広島。鹿児島中央始発の新大阪ゆき「さくら562号」のJR九州・700系です。
2025年9月6日 17時31分。広島。

鹿児島中央始発の新大阪ゆき「さくら562号」のJR九州・700系です。

以下の<つぶやき>も。

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2025年10月12日 (日)

2025年9月4日(木)から広島へ行っていました、その15、1900形の駅前大橋ルート走行を拝見できました

9月6日(土)の午後、期待していなかったのですが、紙屋町方面から稲荷町電停へ15時20分ころに貸切の1909がやって来て、広島駅電停へ入りました。
折返しは回送。

2025年9月6日 15時19分ころ。稲荷町。右から、3705の2号線・広島駅ゆき、1010の1号線・広島港ゆき、1909の貸切。
2025年9月6日 15時19分ころ。稲荷町。

右から、3705の2号線・広島駅ゆき、1010の1号線・広島港ゆき、1909の貸切。

2025年9月6日 15時23分ころ。稲荷町。停車中の1909の貸切(車内は満席で、電車愛好者ではない普通の人の団体みたいでした)と、5102の1号線・広島港ゆき。
2025年9月6日 15時23分ころ。稲荷町。

停車中の1909の貸切(車内は満席で、電車愛好者ではない普通の人の団体みたいでした)と、5102の1号線・広島港ゆき。

2025年9月6日 15時23分ころ。稲荷町。交差点を左折し広島駅へ向かう1909の貸切と、5206の2号線・宮島口ゆき。
2025年9月6日 15時23分ころ。稲荷町。

交差点を左折し広島駅へ向かう1909の貸切と、5206の2号線・宮島口ゆき。

2025年9月6日 15時35分ころ。稲荷町。広島駅から出てきた1909の回送(中央)と、5211の2号線・広島駅ゆき(右手前)と、1018の5号線・広島港ゆき。
2025年9月6日 15時35分ころ。稲荷町。

広島駅から出てきた1909の回送(中央)と、5211の2号線・広島駅ゆき(右手前)と、1018の5号線・広島港ゆき。

2025年9月6日 15時36分ころ。稲荷町。1909の回送と、1018の5号線・広島港ゆき。
2025年9月6日 15時36分ころ。稲荷町。
1909の回送と、1018の5号線・広島港ゆき。
2025年9月6日 15時37分ころ。稲荷町〜銀山町電停間。1909の回送と、713の6号線・広島駅ゆき。
2025年9月6日 15時37分ころ。稲荷町〜銀山町電停間。
1909の回送と、713の6号線・広島駅ゆき。

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2025年9月4日(木)から広島へ行っていました、その14、皆実町6丁目電停

9月6日(土)のお昼は、本通電停の東側も少し歩き回ってから(見た目は普通の小学校が高層ビル付属になってて驚きました)3800形に乗車し、皆実町6丁目電停へ移動。
途中、中電前電停までは荷物が大きい外国人観光客が多く、車掌が車内を巡回して運賃を徴収(カードリーダーでチェック)してました。
その車掌さんが交通系ICカード利用の白人さんに「アフター」と言ったら、「アフター?」ナントカカントと白人のおばさんが同行の人たちに喋ってて、フランス人なのかなと思わせる微笑ましい場面も(「私達はフランス人なのにアフターだってさ」と憤慨してたと想像したため。偏見か)
車掌さんは広電本社前電停で降りて、ワンマン運転となりました。

皆実町6丁目電停は、紙屋町方面(北西)・比治山下方面(北)・広島港方面(南)の3方向の路線が交わっています。

2025年9月6日 12時59分。皆実町6丁目。紙屋町方面から広島港方面へ行く5107。
2025年9月6日 12時59分。皆実町6丁目。
紙屋町方面から広島港方面へ行く5107。
2025年9月6日 13時0分。皆実町6丁目。803の5号線・広島駅ゆき。右奥に807の5号線・広島港ゆきが見えてます。
2025年9月6日 13時0分。皆実町6丁目。

803の5号線・広島駅ゆき。右奥に807の5号線・広島港ゆきが見えてます。

2025年9月6日 13時24分。皆実町6丁目。信号待ちの電車。左は1018の7号線・広島港ゆき、右奥は1010の5号線・広島港ゆき。
2025年9月6日 13時24分。皆実町6丁目。信号待ちの電車。左は1018の7号線・広島港ゆき、右奥は1010の5号線・広島港ゆき。
2025年9月6日 13時24分。皆実町6丁目。

信号待ちの電車。左は1018の7号線・広島港ゆき、右奥は1010の5号線・広島港ゆき。

2025年9月6日 13時27分。皆実町6丁目。右奥の1010の5号線・広島港ゆきは乗降に手間取ったのかまだ停車中で、先に5105の1号線・広島港ゆきが通過。
2025年9月6日 13時27分。皆実町6丁目。

右奥の1010の5号線・広島港ゆきは乗降に手間取ったのかまだ停車中で、先に5105の1号線・広島港ゆきが通過。
1010はこの後すぐに発車していきました。

2025年9月6日 13時36分。皆実町6丁目。交差点の北側に移動しました。5209の1号線・広島港ゆきが通過し、807の5号線・広島駅ゆきは信号待ち。
2025年9月6日 13時36分。皆実町6丁目。

交差点の北側に移動しました。5209の1号線・広島港ゆきが通過し、807の5号線・広島駅ゆきは信号待ち。

2025年9月6日 13時41分。皆実町6丁目。紙屋町方面から比治山下方面へ、702の回送がやって来ました。通常の営業列車は走らないルートです。
2025年9月6日 13時41分。皆実町6丁目。

紙屋町方面から比治山下方面へ、702の回送がやって来ました。通常の営業列車は走らないルートです。

2025年9月6日 13時50分ころ。皆実町6丁目。広島港方面からやって来た805の5号線・広島駅ゆきです。
2025年9月6日 13時50分ころ。皆実町6丁目。

広島港方面からやって来た805の5号線・広島駅ゆきです。

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2025年9月4日(木)から広島へ行っていました、その12、土曜日の朝の様子

9月6日(土) 早朝の紙屋町です。
経営難の印象が強く そごうデパートはなくなったと思っていたので、「SOGO」に少し感動しました(ストライキ騒動があった西武デパートはなくなったと思っている広島の方は多いのか?)

2025年9月6日 6時ころ。紙屋町。電車は813の3号線・西広島ゆき。
2025年9月6日 6時ころ。紙屋町。
電車は813の3号線・西広島ゆき。

紙屋町東電停のホームです。発車案内表示がイマイチ分からなかったです。
先発が1号線の次発は1号線、9号線も同じ、しかし中央は先発が6号線で次発は2号線(紙屋町から見ると2号線と6号線は同じ方向からやってくる関係ではありますが)。

2025年9月6日 6時ころ。紙屋町東電停。広島駅方面のホーム。
2025年9月6日 6時ころ。紙屋町東電停。

広島駅方面のホーム。
白島ゆきは早朝に2本だけです。江波車庫から白島線への車両の送り込み回送の営業です。

1002「Flower Train」の9号線・白島ゆきが江波から紙屋町へ到着しました。

2025年9月6日 6時18分ころ。紙屋町東。江波から到着する1002「Flower Train」の1002。
2025年9月6日 6時18分ころ。紙屋町東。

江波から到着する1002「Flower Train」の1002。

8時過ぎの八丁堀電停。大きなスーツケースを持った15人ほどの団体さんが、ちょうど到着していた広島駅ゆきへ乗り込みました。

2025年9月6日 8時過ぎ。八丁堀電停。電車は3805の2号線・広島駅ゆき。
2025年9月6日 8時過ぎ。八丁堀電停。
電車は3805の2号線・広島駅ゆき。

白島線は、八丁堀で折返し。背後を本線の電車が行き交います。

2025年9月6日 8時40分ころ。八丁堀。手前は白島線の1002。奥の本線を3700形や3800形が通過中。
2025年9月6日 8時40分ころ。八丁堀。

手前は白島線の1002。奥の本線を3700形や3800形が通過中。

8時50分ころ、江波から809の9号線・白島ゆきがやって来ました。

2025年9月6日 8時51分ころ。立町〜八丁堀電停間。809の白島ゆき。その奥は3809の1号線・広島港ゆき。
2025年9月6日 8時51分ころ。立町〜八丁堀電停間。

809の白島ゆき。その奥は3809の1号線・広島港ゆき。

2025年9月6日 8時52分ころ。八丁堀。本線側の電停で客扱い後、白島線へ入りました。
2025年9月6日 8時52分ころ。八丁堀。

本線側の電停で客扱い後、白島線へ入りました。

2025年9月6日 8時52分ころ。八丁堀。白島線の電停ホームは通過し白島へ向かう809。
2025年9月6日 8時52分ころ。八丁堀。

白島線の電停ホームは通過し白島へ向かう809。

白島線の終点、白島電停です。
八丁堀での折り返し時間を確保するためか、白島では到着後すぐに発車してしまいます。

2025年9月6日 9時20分ころ。白島。809の八丁堀ゆき。
2025年9月6日 9時20分ころ。白島。

809の八丁堀ゆき。
電車を降りて、信号を2回渡ってこの撮影位置に来るまでに、電車は折り返していなくなってしまいます。

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2025年10月 4日 (土)

2025年9月4日(木)から広島へ行っていました、その10、夕方の広島駅前

<お知らせ>ブログのデータ量が上限に達したので、過去の記事から画像を削除しました。

1号線で広島駅へ戻り、駅前大橋ルートが駅から降りてくるところでしばし撮らせていただきました。

2025年9月5日 16時42分。広島駅〜稲荷町電停間。広島駅から出てきた3950形。
2025年9月5日 16時42分。広島駅〜稲荷町電停間。

広島駅から出てきた3950形。
右の超高層ビルの下にはビックカメラが入っていました。

2025年9月5日 16時45分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。広島駅へ向かう、広電の5107(中央奥)と、広電バス(右端・おそらく電気バスです)や広島交通バス、そして歩道を自転車で走る女子高生。
2025年9月5日 16時45分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。

広島駅へ向かう、広電の5107(中央奥)と、広電バス(右端・おそらく電気バスです)や広島交通バス、そして歩道を自転車で走る女子高生。
バスや路面電車を使う中高生は少なくなかったですが、元気に自転車を駆ける中高生も多かったです。
学生に限らず自転車の人は多かったので、気を使いながら撮影してました。

2025年9月5日 16時46分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。上の写真の5107は広島駅電停前でしばし停車し、6号線の1003の発車を待っていました。
2025年9月5日 16時46分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。

上の写真の5107は広島駅電停前でしばし停車し、6号線の1003の発車を待っていました。

2025年9月5日 17時19分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。日中は広島港電停で留置されていた3802は、1号線で広島駅へやって来て、1号線で広島港へ戻りました。
2025年9月5日 17時19分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。

日中は広島港電停で留置されていた3802は、1号線で広島駅へやって来て、1号線で広島港へ戻りました。
2本の電車が3802の発車を待っていました(左奥)。

2025年9月5日 17時42分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。左から、入線待ちの805の5号線、3908の2号線、そして発車して行く5200形の2号線・宮島口ゆき。
2025年9月5日 17時42分ころ。広島駅〜稲荷町電停間。

左から、入線待ちの805の5号線、3908の2号線、そして発車して行く5200形の2号線・宮島口ゆき。

18時半過ぎの広島駅電停の様子です。
左側のAホームの5号線は18時35分発の表示ですが、発車1分前になっても電車は到着せず、30名ほどのみなさんが行列してました。

2025年9月5日 18時34分ころ。広島駅。Bホームに3703の2号線・宮島口ゆき、Cホームに806の6号線・江波ゆきが見えてます。
2025年9月5日 18時34分ころ。広島駅。

Bホームに3703の2号線・宮島口ゆき、Cホームに806の6号線・江波ゆきが見えてます。
頭上の表示機で、Bホームについては発車直前のためか表示が消えています。

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2025年9月4日(木)から広島へ行っていました、その9、午後の御幸橋ほか

<お知らせ>ブログのデータ量が上限に達したので、過去の記事から画像を削除しました。

5日(金)午後は、1号線を御幸橋で下車し、広電本社前横のお立ち台で千田車庫を拝見し、電停へ戻ってしばし撮影してました。

2025年9月5日 15時過ぎ。広電本社前電停近く。❝電車見望台(みほうだい)「Tram View Deck」❞からの光景です。右手の赤い電車は「TRAIN ROUGE」の768。
2025年9月5日 15時過ぎ。広電本社前電停近く。

❝電車見望台(みほうだい)「Tram View Deck」❞からの光景です。右手の赤い電車は「TRAIN ROUGE」の768。

2025年9月5日 15時26分ころ。御幸橋電停の横。御幸橋を渡って試運転の807がやって来ました。
2025年9月5日 15時26分ころ。御幸橋電停の横。

御幸橋を渡って試運転の807がやって来ました。
広電本社前電停を通り過ぎ、本線上で折り返し、千田車庫へ入庫してました。
宇品にいたときに小雨が降り出したのですが、背後に写る雲の仕業だったのかもしれません。

2025年9月5日 15時37分ころ。御幸橋電停の横。5208の1号線・広島駅ゆきと352の7号線・広島港ゆき。
2025年9月5日 15時37分ころ。御幸橋電停の横。

5208の1号線・広島駅ゆきと352の7号線・広島港ゆき。
右から3つ目の高層ビルが広島電鉄の本社です。電車見望台(みほうだい)から戻る途中、見た目がOLさんの女性とすれ違いました(「スチュワーデス」という単語は消えましたが「OL」はまだ使ってよろしかったでしょうか)。

2025年9月5日 15時38分ころ。御幸橋電停の横。御幸橋を渡って広島港へ向かう7号線の352。
2025年9月5日 15時38分ころ。御幸橋電停の横。

御幸橋を渡って広島港へ向かう7号線の352。

2025年9月5日 15時41分ころ。御幸橋電亭の横。御幸橋を渡って横川駅へ向かう7号線の913。
2025年9月5日 15時41分ころ。御幸橋電亭の横。

御幸橋を渡って横川駅へ向かう7号線の913。
広島港電停に留置されていた車両です。

2025年9月5日 15時46分。御幸橋電亭の横。御幸橋を渡って広島港方面へ向かう5105の回送。
2025年9月5日 15時46分。御幸橋電亭の横。

御幸橋を渡って広島港方面へ向かう5105の回送。

2025年9月5日 15時53分ころ。御幸橋電亭の横。御幸橋を渡って横川駅へ向かう7号線の762。
2025年9月5日 15時53分ころ。御幸橋電亭の横。

御幸橋を渡って横川駅へ向かう7号線の762。

2025年9月5日 15時59分ころ。御幸橋電亭の横。御幸橋を渡って広島港へ向かう7号線の1001。
2025年9月5日 15時59分ころ。御幸橋電亭の横。

御幸橋を渡って広島港へ向かう7号線の1001。

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